杖と魔導技師と少女と魔物3
カルンとイオンが帰り、営業をそのまま続けていた『流れる羽』店であるが、日も暮れ始めたため店じまいとなる。
今日は工房に引きこもるといったこともなく、トール達早々に店に鍵を閉めて家へと戻ってきていた。客が多く来たため、皆少し疲れていたためである。
ナーリャが普段通りに料理の準備をし、リューナがそれを手伝う。ここに来た当初料理がほとんど出来なかったリューナであるが、ナーリャの手伝いをしているうちに徐々に出来るようになっていた。
「さて、それじゃあいただきます」
ナーリャの掛け声とともに、二人は夕飯を食べ始める。本日のメニューはパスタ料理をメインにしたものである。
この世界、というかダナン近郊ではタッリアテッレのような、うどんの麺を薄くしたようなタイプの物を短く切った形状をしているのが主流であった。
それをトールが長くしてみたらどうだとナーリャに行ってみたところ、どこからか長い物を入手してきてそれを調理したものだ。
最初は長い麺の物を食べた事が無かった二人であるが、慣れてくると触感が変わって美味しいとなり、今では長い物がこの家では主流となっていた。ちなみに今日はトマトっぽい物のソースを絡め、ベーコンやほうれん草のような物を入れたパスタだ。
ナーリャとリューナが美味しそうに食べているのを、トールはいつものように横でそれを眺めている。最近では慣れたものだった。
「そういえば、リューナとちょっと話をしていたんだが、そろそろ素材の在庫が尽きそうでな。近々採取に行かないか?」
トールは工房でリューナと話をしていたことをナーリャへと告げる。
「あれ? この前色々と買ってなかったっけ?」
「ペリエ草はかなり在庫があるんですが、そのほかの薬の材料がもうほとんどないんですよ。他にも鉱石類もそうですね。鉱山ギルドで購入できるものはありますが、他のものは入手経路が限られてしまいますから」
リューナはパスタの麺を、フォークを使い器用に丸めながら在庫について話しをする。
ペリエ草は入手が容易で、かつ冒険者たちにも知れ渡っているのでよく店に買い取ってもらえないかという話が来る。だが他の素材はそうもいかないことが多いので、自分達で取りに行く必要が出てきてしまう。
「鉱石となると、北の鉱山にでも行くのか? 結構な距離があると思うが」
「ううん。鉱石だったらファボルの森でも拾えるよ。そんなに数は無いかもだけど、薬の材料とかも一緒に採れるから森が良いかもね」
ファボルの森と言ったら、トールが発見された場所である。そこであれば数日あれば採取して帰ってこれるだろう。
「そうですね。私も森がいいかと思います。ただ、護衛をどうするかですが……」
「トールが居れば大丈夫じゃないかな? そんなに奥までいかないし」
ナーリャはパスタを丸めるのが上手くいかないようで、皿をにらむようにしてフォークを操っている。ナーリャはいまいちパスタをフォークで纏めるのが苦手であった。
「俺か? まぁ、ゴーレムは既に直してあるから大丈夫か。確かあそこって、前に一度見たボアベアより危ないのって早々出ないんだよな?」
トールは前に調査で訪れたときの事を思い出しながら尋ねる。
ボアベアはその名の通り、イノシシの体に熊のような手足を持つ魔物である。前回遭遇したときは、冒険者の大男バッルートの一撃で両断されていた。
「そのはずだよ。とはいってもボアベアって結構怖い魔物なんだからね、トール」
「そうなのか。前はバッルートが一撃で葬ってたから良く分からなかったな」
トールは今更ながら≪知識の泉≫でボアベアの事を調べなかったことを後悔する。調べておけばもう少しまともな情報を得られていただろう。まあ、あの時はすぐに片を付けられてしまったのと、初めて間近でみる冒険者の戦闘に圧倒されていたのだが。
「気を付けていれば問題ないでしょう。街の人もたまに森の恵みを取りに行くくらいですから」
リューナはパスタの入った皿を空にしながら、特に問題はないだろうと言う。その視線は台所の方をちらちらとみている。
その視線に気が付いたナーリャが、まだ残っていたパスタを台所に取りに行き、リューナの皿へとよそった。
「よく食うな、リューナ。夏バテはなさそうだな」
「なっ! 失礼ですよ、トールさん。夏だからこそよく食べておかないと、暑さにやられてしまうんです」
「わたしもお代わりしよっと」
リューナがトールに文句を言っている間に、ナーリャも自分の皿に残っていたパスタを入れる。
「まあ、健康的でいいじゃないか。それより、明日……はさすがに無理だと思うから明後日にでも森に向かうか?」
トールは若干誤魔化しながら、採取の日程について話す。明日出発だとさすがに準備が出来ていないのもあるし、店を休むのにも一日猶予を持っておいた方がいいだろうという判断だ。
そのトールの意見に、特に2人とも文句はないようで同意する。
「そうだね。それじゃあ明後日に森に行こっか」
「はい。準備も済ませないといけませんね」
そうして採取の段取りを決め、食事をとり終えたナーリャとリューナは風呂に向かう。今日は二人一緒に入るとのことで、トールはいつもの様にお留守番である。
なお、風呂のついている家というのはそれなりに珍しい。一般家庭ではお湯を魔法で作って、それで布を使って体をふくというのが普通である。
ただ、ナーリャの祖母がお風呂好きだったという事もあって、設置されているのである。ナーリャはリューナが来るまで、自身の魔力属性のこともありあまり使用できなかったのであるが、祖母の影響でお風呂は好きである。
「さて、俺は勉強でもするかね」
トールはこの時間を利用してリビングで勉強を始める。その内容は文字である。
というのも王都での一件で、トールは文字が書けないことが判明している。杖の機能による自動翻訳は、トール自身に伝えるのが目的であり、言葉と文字を日本語化してくれている。だが自分で文字を書くとなると話は別なのだ。
「え~と、『花は咲いています』か。この単語が花で……」
そうしてトールは2人が風呂から上がってくるまで、文字の勉強を続ける。次いでに辞書作りも進めていた。杖には日本語からこの世界の文字に変換する機能は無いため、それ用の辞書をまとめておいた方が便利だと考えたためである。
なお、トールの使う日本語はナーリャとリューナにはトール文字と言われている。ナーリャは面白がって言っているだけであるが、リューナとしては体系だった複雑な言語に興味を持っているようである。
「さて、結構まとまって来たな。……ああ、パソコンがほしい」
手書きで一つ一つ纏めている辞書のため、あまり進んでは無いのだがそれでも結構な枚数になってくる。そして理解した単語をどんどんと付け足しているため、かなり散雑になってしまっていた。パソコンがあれば、一瞬でソートが出来るため、トールとしては喉から手が出るほどほしかった。
「やっぱパソコンは偉大だったんだな。設計するにしろCADがあればどれだけ進むことか……」
トールは今は無き文明の利器を思い浮かべ、それを振り払うように宝玉部を振ってから勉強に戻る。
「おや、また勉強ですか?」
そうして暫く文字の勉強をしていたトールであったが、かなり熱中したようでいつの間にかナーリャとリューナが風呂から出てきていた。
リューナは寝間着に着替えており、リビングで勉強していたトールに話しかけてきていた。ナーリャは風呂上りにお茶を飲もうと、台所で準備していた。
「ああ、さすがに文字が書けないのは問題だからな」
「そうですね。我々技術者としては自分の発明が後世に残せないのは、さみしいものがありますからね。さて、それでは少しはお手伝いしましょうか」
リューナはトールの勉強に付き合う事にして、その横の椅子に座る。
少しするとナーリャも台所からお茶を持って戻ってきて、トールの勉強に付き合い始めた。
そうして本日の夜は更けていった。
次の日、トール達は目を覚ますと店の回転準備に取り掛かる。今日はあまり商品の在庫がないのと森への採取の準備のため、午前いっぱいの営業で店を閉める予定である。
「さて、それじゃあ開くね」
一通り準備を済ませた後、ナーリャは店を開く。今日の店番はトールが担当だ。
ナーリャとリューナは奥で商品、つまり魔道具を制作している。彼女らは2人いないと、魔力属性が足りないので同時に作業する必要があった。
そのため今日はトールが店番をしている。
トールは店の奥にあるカウンター裏で、ふよふよと浮かびながら店の中を見ている。開店と同時に数人の冒険者がやってきており、それぞれ商品を見て回っていた。
そのうち来店する人数も増えてくると、初見さんもやって来る。そういった人は大抵杖が店番をしていると聞いて、驚くのである。それを知っている冒険者たちがにやにやとしながら見るのも、この店の日課となりつつあった。
「おう、杖のあんちゃん。薬はもうないのか?」
「すまないな。実は品切れなんだ。明日材料を取りに行くから、それまで待っていてくれ」
「そうか、仕方がないな。それじゃまた来るよ」
開店当初はまだあった薬も、徐々に数を減らしていって最終的には断りをいれることになっていっていた。ナーリャとリューナも作ってはいたが、結局素材が無ければ作ることも出来ない。
「さすがにしくじりましたね。もうちょっと在庫の管理をしておけば」
「うん。最近は色々と手を出していたから、完全に見逃してたね」
「まったくだな。反省しないといけないな」
この2人と1本、根っからの技術者であって商売人の気質に欠けている。
トールは基礎的な知識として、在庫管理やら利益率やらの考えは持っているが、それでも実践したことはない。そして店はここ最近で評判になり急に売り上げが伸びたため、気構えというのが出来ていなかった。
「まあ、過ぎたことはしょうがないから早速準備しよ」
午前の営業も終え、ナーリャは鍵をかけて店を閉める。明日から店を休むというのは、来た客たちには伝えてはいたが、念のため表に張り紙を貼っておいている。
「それじゃあ買い出しは私の方で、ナーリャさんは必要なものをまとめておいておらえますか?」
「うん、わかった」
「じゃあ俺はゴーレムの調子でも見ておくか」
それぞれ採取準備のため、行動をとり始める。
ナーリャは家にて食べ物や野営の準備、リューナは必要なものの買い出し、そしてトールはゴーレムの調整を始めたのであった。
本年は本著「インジェリジェンスロッドと双子の魔導技師」をご覧くださり有難う御座いました。
来年も、引き続きご愛読していただけると幸いです。
皆様、良いお年をお過ごしください。




