杖と魔導技師と少女と魔物2
「カルンちゃん、先に行かないでよ」
カルンに遅れて、その相棒であるイオンもまた店の中へと入ってくる。
二人はそれぞれカルンが革鎧を身に着けた格好で、インナーは半そでのシャツを着こんでおり、イオンは全身がすっぽりと入るようなローブを身に着けていた。このローブは、ナーリャとリューナが制作したもので、こちらにも冷却効果を備え付けられていた。
「ごめんっす、イオン」
素直に先に行ってしまったことを詫びているカルンに、トール達はいつもの光景だなと微笑ましく見ていた。
「それで、今日はどうしたの? カルンちゃん」
「そうそうっす。実はちょっと遠出することになったっすから、それを知らせに来たんすよ」
カルンはトール達に事情を説明し始める。
冒険者として活動しているカルンとイオンは、基本的には様々な人々から持ち込まれる依頼をこなして生活をしている。ただ、直接冒険者に依頼するといったことは少ない。というのも、信用できるかどうかが不明な場合が多いためである。
依頼するにあたって、実力が備わっており、かつ信用できる冒険者なんてものは、普通の人はほとんど知らないのである。そのために冒険者に仕事を依頼したい人を取り纏め、斡旋してくれる店というのが存在していた。
カルン達が住んでいる宿は、そういった冒険者向けの依頼も取り扱っている場所でもあり、基本的に彼女達はここで仕事の斡旋受けているのである。
なお、ナーリャ達が採取などの仕事を依頼するときも、この宿を使う事が多い。他には店に来た顔見知りの冒険者などにも依頼していたりするが。
「遠出って、街を離れるの?」
ナーリャは少し寂しそうな顔をして、カルンに聞き返す。
冒険者というのは、街に根を下ろすこともあれば、次から次へと街を転々として旅をする者もいる。そういった意味では、カルンとイオンが違う街に行ってしまうという事も、十分に考えられた。
だがカルンは、ナーリャのその質問を聞くとキョトンとした表情を見せる。そして、何か納得したのか手を振っていた。
「あー、違うっすよ。宿のおっちゃんが、どうしてもあたい達に受けてほしい依頼があるっていうんすよ」
「少し遠出というのは、南にあるフルーテという街まで護衛してほしいという事みたいです」
国境の街フルーテ。
クリーオス王国の南西部に位置する街である。そこは今ナーリャ達が住んでいるダナンから森伝いに南へと向かった位置にあった。
クリーオス王国の南側は、ファボルの森に覆われている。しかし西の海側になるとそれが途切れて南へと続く開けた草原がある。その草原を南に進むと、国境の街フルーテがあった。
「なんでもその街に至急で届けたい荷物があるとかで、私達に話がきたみたいです」
カルンとイオンのコンビは、この城塞都市ダナンにおいて有名になりつつあった。
カルンの超人的な戦闘能力と、イオンのそれをフォローする多彩な魔法は、ダナンに訪れてから様々な依頼を完遂してきたのである。カルン達が泊まっている宿の店主からの信頼もかなりのものであり、そういった意味で今回の依頼につながったのだろう。
「そうなんだ。そうすると往復だから、10日以上だね」
「いえ、その荷物というのが西の港町にあるとかで、もっと掛かりそうなんです」
西の港町、ベーリュイエという名であるが、そこで一度荷を受け取った後、フルーテまで行くのだという。
「そうすると、結構な日程になりますね。西に行って南に行って、そして帰ってくるとなると、20日以上でしょうか?」
「おそらくそのくらいだと思います。ただ南の方は少し危険だという事なので、もう少しかかるかも知れません」
イオンは自分で調べた日程を思い出しながら、リューナへと返答していく。
ナーリャも自分の知識を思い出しながら、その旅すじを思い描いていた。
「そういう訳っすから、挨拶にきたっす。あと薬類を売ってほしいっすよ」
「丁度これが最後の薬ですよ。あまり多くはないのですけど」
リューナは自分が持っていた箱の中を見せる。その中には先ほど工房より持ってきていた薬類が入っている。
「たしがペリエ薬? が塗り薬で、ナリュサ薬っていうのが飲み薬だったっすよね?」
「そうです。あるだけですけど、必要な分は包みますよ」
「じゃあ、これだけお願いできますか?」
イオンはリューナに必要な数を伝える。そして言われた分だけをリューナは種類ごとにまとめて、紙袋へと分けていった。
周りの冒険者たちは在庫が少ない薬が売れていくのを見ても、特に騒ぐことは無かった。これはカルンとイオンが今売り出し中の冒険者であるという事の他に、この店の店主と仲が良いことを知っていたためである。下手に口出しをして、出入り禁止などになったら目も当てられない。
それに何より、数少ない可愛らしい女の子の冒険者である。文句をつけて嫌われたくなかったというのもあった。
「すみません、数があまり準備できていなくて」
「いえ。これだけあれば十分にもつと思いますから」
イオンは笑顔で商品を受け取り、その代金をリューナに支払う。
商品のやり取りをしている間、カルンの周りには何人かの冒険者たちが集まっていた。皆カルンの知り合いらしく、楽しそうに談笑している。
「おっと、そうだったっす。杖の兄さんはいるっすか」
冒険者仲間と話をしていたカルンは、思い出したとばかりに杖の兄さん、つまりトールを探す。
リューナの直ぐ傍にいたトールは、呼ばれたことに気が付いて返事をした。
「どうかしたか、カルン」
「あ、いたいたっす。兄さんに作ってもらった槍、結構頑丈でいいっすよ」
カルンは背に担いでいた槍を取り出す。それは実直な作りをしており、柄の部分はすべてが黒く端の石突は若干丸くなっているが、他はただまっすぐな棒である。そして刃は十字になっており、こちらは金属の輝きが見て取れた。
「おお、そうか。上手くいっているみたいでよかった」
この柄が黒い槍。実はトールが試作したものであった。
というのも、トールはゴーレムに使えそうな新しい素材を考えているうちに一つ閃いたものがあった。カーボン製である。材料は木炭でもあればはずだし、強度も申し分ない。
トールは大学時代に、カーボン技術を研究していた研究室にお邪魔したことがあり、そこで教授にカーボンについてあれこれと教わったことがあった。
大半は忘れてしまっていたのだが、それでもいくつか覚えていたことがある。その一つがカーボンナノチューブの成形技術であった。通常カーボンナノチューブとは、その名の通り極細のカーボンで出来ているが、それを巻いて加工を施して棒状にするという技術を開発していたのである。
その技術を魔法陣を応用し、こちらの世界に転用できないかと考えたのである。
結果は出来た。できてしまっていた。
材料に木炭を使用し、形状変化の魔法陣をカーボンチューブの炭素構造をイメージしながら使ってみた。それは学校等で習う、分子構造のイメージであり、実際とは異なるはずであったのだが、無事に生成出来てしまったのである。
ただ、これには難点もあった。非常に疲れたのである。
ただの炭からカーボンナノチューブが形成されている姿に、トールは最初感動と驚きを覚えていたのだが、すぐさま疲労が襲ってきた。
この形状変化の魔法陣は、精密な構造の物を作ると多くの魔力を消費する。トールは王都の一件であった契約によって魔力を作り出すことが出来るようになっていた為、何とかカーボンナノチューブを作り出す事が出来ていた。
しかしトールが保存出来る魔力量というのは、それほど多くはなく、作っているうちに蓄えていた魔力はすぐさま空っぽになりそうになる。そのため、魔力を消費すると同時に、生成する必要があった。
だが、トールは魔力を自身で生み出すと、かなり疲労に襲われるという事が判明したのである。今まで、正確には杖の体になってからだが、トールは疲労というものをほとんど感じた事が無かった。例外としてはハーピー達との戦闘では精神的に疲れた事はあったのだが、肉体的なものは感じたことがなかったのである。
しかし魔力を生み出すという事をすると、肉体的な疲労感を感じるようになった。ひどい時には、そのまま寝入ってしまう事もあるほどだ。
そういった理由で、トールはこの作業を継続し続けることが困難であった。最終的には、何とかパイプ一本程作れる材料は出来たのだが、それ以上は無理だった。
そこでトールはゴーレムに使う事を一旦保留にし、他の用途を考えたのである。また、この材料が本当にカーボン製であったのも確かめる必要があった。
トールが悩んでいると、そこにやって来たのはカルンであった。彼女は王都での獅子型ゴーレムとの戦いで槍を失っていたため、新しい物を探しているという。
その話を聞いて、トールはピンときた。どうせならこのカーボンを使って槍を作ったらどうだろうかと。
早速カルンに提案し、カルンはすぐに快諾する。そうして使い心地を教えてもらう代わりにこのカーボンで槍を作ることになった。
ナノチューブ形状から棒状への成形は思いのほか上手くいき、細かな調整と刃の部分は鍛冶師のボーダに依頼をした。
そうして出来上がったのが、カルンの持っている黒い槍である。
「堅い魔物に攻撃しても、刃の部分はちょっとかけるんすけど、柄の部分は問題ないっすね。曲がったり折れたりもしないっすよ。さすが杖の兄さんっす。それに結構軽い割いは使いやすいんで、重宝しているっすよ」
カルンの感想は、かなりいい物であった。今までカルンが使用していたのは、柄が木で出来た槍である。そのため、ちょっと強く力を籠めると、すぐに壊れてしまっていたのである。ちなみに木製を利用していたのは、金属製だと高かったためである。
しかし今回トールが作った黒い槍は、カルンが相当力を込めても壊れるどころか曲りもしない。なのでカルンとしては大満足なのだ。
その言葉を聞いた、カルンの周りにいた冒険者がどよめく。カルンの怪力っぷりはすでに有名であり、その彼女が頑丈と太鼓判を押していたからだ。
「一応試作品だからな。予備はちゃんと持っておいた方がいいぞ」
「大丈夫っすよ。今は持っていないけど、ちゃんと遠くに出かけるときは持って行ってるっすから」
カルンはにひひと笑いながら、トールの話に応える。
「それならいいか。まあ、何かあったら持ってくると良い。直すのはたぶんできるからな」
トールとしても、カルンがそれなりに乱暴に使っても壊れないというのは、上々の出来だと判断していた。思いのほか上手くいっていると。
「カルンちゃん、そろそろ行くよ」
トールとカルンが話をしていると、イオンの呼ぶ声が聞こえてくる。
イオンは薬類を受け取った後、ナーリャとリューナの二人と話をしていたが、護衛の依頼に行かなくてはならないと思いだし、カルンを呼んだのである。
「分かったすよ、イオン。それじゃ杖の兄さん、またっす」
「おう、気を付けてな」
カルンはトールに手を振ると、イオンの元へと向かう。そしてナーリャとリューナにも別れを告げて、二人は店の外へと出ていった。
ナーリャとリューナ、そしてトールは二人を見送ると、店の方へと戻る。ナーリャは奥のカウンターへと戻り会計をし、リューナは先ほど持ってきた薬類の残りを棚へと陳列する。
そしてトールもリューナの手伝いをしようとしたが、すぐさま冒険者の一行に囲まれた。
「えっと、何か御用でしょうか?」
一応客であるため、トールは冒険者たちに丁寧語で話しかける。
冒険者達はなぜか少しの間けん制し合い黙っていたが、一人が口を開いた。
「さっきの槍は売ってもらえないのだろうか?」
そう、冒険者たちは先ほどのカルンとの会話を聞いて、黒い槍を手に入れたいと考えたのであった。怪力自慢のカルンが壊れないといった槍である。それだけで試す価値はあると思ったのだろう。
冒険者が扱う武器は、総じて耐久性が求められる。簡単な話、戦闘中に武器が壊れたらお陀仏だからだ。
ほとんどの冒険者はそういった事態のために、第二の武器を用意している。しかし戦闘の真っ最中に壊れた場合、それは致命打になりかねない。
そのため、出来る限り使用している武器は大切に扱っているし、壊れない武器というのも探しているのである。
「ああ、すまないがあれは試作品でな。希少な材料を使用しているため、今のところ新たに作れないんだよ」
トールは冒険者の問いに対して、無理だと告げる。
実際多くは作れないし、何より疲れ切ってその日一日ほとんど何もできなくなるので、今のところ新しい物を作る気はしなかった。
「そうなのか。それでは仕方がないか」
冒険者はその返答をトールから聞くと、あっさりと引き下がる。
彼らとしても、そのような頑丈なものがすぐに出来るとは思っていなかったのだろう。希少なものと聞けばなおさらである。
「すまないな。また手に入ったら店頭に並ぶかもしれないから、その時はよろしくな」
トールは営業トークをして、リューナの手伝いをすべく浮かんでいった。




