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杖と魔導技師と少女と魔物1

 

 少女は今、自分がどこにいるのか全く把握出来ていなかった。

 自分は夜、帰宅の途に就いていたはずであった。友達たちと学校でおしゃべりをして、学校が終われば今日はバイトへと。そして帰宅して、疲れた体でお風呂に入ってさっぱりとして、母が作ってくれた夕飯をだべて。そうしていつものようにベッドに入り、また次の日は学校に行く。

 それが今では全く知らない場所にいる。あたりは暗く、街灯の光どころか、人は全く見当たらない。それもそうだ。今いるのは、見知らぬ森の中である。

 彼女に唯一見えているのは、木々の合間から見える月に照らされる部分だけである。携帯のライトは、ほとんど充電も切れていたこともあって、すぐにつかなくなってしまっていた。


「何なの…… ここ何処……?」


 おぼつかない足取りで、不慣れな森の中を進む少女。先ほどまでは、顔は自らが流した涙であふれていたが、それも今は収まっている。泣いているうちに少し落ち着けた。

 今は少しでも人がいる所を探して歩いていた。こんな怖い森は出来ればすぐに抜け出したかったからだ。


「なんで…… 何……?」


 混乱する頭で出てくる呟きは、とりとめもなく出てきた。どうして、なんで、なにが、なぜ。

 もちろんその答えは誰も答えてはくれない。聞こえてくるのは、自分の声の他には木々を押しのけたときの葉の擦れる音、そして森に棲む生き物たちの鳴き声だけである。

 そうして暫くの間暗い森の中を歩いていた少女であったが、疲労の限界が来た。学校、バイトを終えた後、慣れない森で歩いていたのである。疲れは相当溜まっていた。

 少女は少し周りを見渡して、腰が下ろせそうな場所を探す。それはすぐに見つかり、木の出っ張っている根に座った。


「何なんだろ。こんなの……」


 座り込んで、肩に掛けていたカバンを下ろす。そうして落ち着くと、またしても涙が溢れてくる。どうして、という言葉が頭の中で繰り返される。

 少女はうずくまり、声を漏らさないよう泣いている。その足元では、一匹の狐に似た生き物が首をかしげて少女を見つめていた。




 □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □




 トール達が王都で魔道具コンテストに参加して、早2か月。季節は真夏となっていた。

 王子からの報奨金と保護免状を受け取り、そしてカルンとイオンの体調の回復を待って城塞都市ダナンへと帰ってきたトール、ナーリャ、リューナの3人は、帰ってきて早々に魔道具店「流れる羽」を再開していた。

 王都へは約1か月ほどの滞在となっていたが、その間の商品はナーリャ達が懇意にしている、ダル爺さんが街はずれに構えている雑貨店「たぬきの尻尾」にて扱ってもらっていた。


 ペリエ薬にプラーミア、冷気の筒に乾かしの石。こういった魔道具の消耗品から、各種魔法陣を描いた紙や簡単に火を起こしたりする棒、水を生み出す水筒などをあらん限りの在庫を渡して置かせてもらっていたのだ。

 評判は上々のようだったみたいで、渡していた商品はほとんど売り切れていた。それも旅立って早々に、という話である。


 そうして得た資金と、王都での報奨金、そしてダナン家からの依頼の達成に当たっての契約金で、かなりの資産を得た2人と1本であったが、それを使って遊びほうけるようなことはせずに、必要な機材等に投資をしていった。

 ナーリャが壊してほったらかしにしていた調合機材の新調に、一部古くなっていた店の棚も直し、そしてほとんど在庫がなくなっていた調合素材を手配する。

 今までは、自分達で調達していた素材であったが、もう少し在庫がほしいという事で、別口から調達を依頼していた。市場に流通している物は卸売店と交渉し、ある程度の数をまとめて購入する。そして他に流通していない物は、冒険者に依頼をすることで調達する事になっていた。


 例えばペリエ薬の素材になるペリエ草は、基本的には栽培している農家はおらず、ほぼ自生のものに頼っている。そのため市場に流通しているのはわずかであるが、よく自生している草原に魔物を狩りに行く冒険者は多い。そういった冒険者たちに、狩りのついでに採取してきてもらうのである。

 幸いそのままでも簡単な傷薬になるペリエ草を知っている冒険者は多く、ちょっとした小遣い稼ぎにもなるという事で、すんなりと依頼を引き受けてもらえることが多かった。

 ただ、珍しい物や冒険者が知らない物というのは、採取依頼は難しかった。特徴を記した物を渡したりしていたが、結構な割合で間違った物を持ってきてしまうのである。

 そうすると、必然買取をするわけにもいかないのだが、それで黙って帰ってくれない冒険者も多くいた。たいていの場合は、トールが追い返したり、カルンが投げ飛ばしたり、店にいた他の冒険者たちに追い出されたりしているのだが。


 そんな風に素材となる物を調達し、店の商品を作るといった日々であったが、もちろん新しいモノづくりも行っていた。

 トールは自分のゴーレムの改修と改良、そして銃器の安全性を高めるといった事を当分の目標としている。

 王都から帰った後、壊れた自分のゴーレムを調査した結果、いくつかの課題が浮き彫りになっていた。

 一つは各部材の強度不足である。パイルバンカーで吹き飛んだ腕はさすがに不明であったが、無事であった腕や足、腰回りや脊椎などの部分の多くが、かなり曲がっていたのである。

 おそらく獅子型ゴーレムとの戦闘で、相手を殴ったり攻撃を受け止めたりした際に歪んだものと考えられたが、あのまま戦っていたら確実に関節に異常を来したであろうことは明白である。

 そのため、どうにか強度向上出来ないかと試行錯誤をしていた。


「インゴットをそのまま魔法陣で変形させた場合、組成がそのままだから、結晶の変態しないよな? 他にも不純物が混じっているはずだから、それもそのままになって強度が確保されないのかもしれないな」


 トールはぶつぶつと一人事を言いながら、検証を進めていた。

 鉄を扱う際に、重要な要素として、焼き入れや焼きなましといった熱処理がある。これらは炭素鉄の組成において、内部に含まれる組成を変える効果があり、強度と密接な関係がある。

 他にも鋳造品などに発生しやすい内部ひずみも考えられる。これは鉄に限らないが、型取りをしたものが冷やされる過程において、外側から冷却されることで、まだ冷えていない内部が外に引っ張られることで発生するひずみのことである。これが存在していると、中に余計な力がかかってしまうので、強度的には弱くなる。

 そんな前世の記憶を頼りに、トールは強度不足の改善策を考えていた。ただ、この世界においてどこまで地球の技術が通用するかわからないので、とりあえず色々試験をすることから始めていたのであった。


「とりあえずフェッルム鋼にカリュプス鋼、っと。違いは……」


 トールは知っている鉱物をまずは調べようと、店の奥にある工房へと入り浸っている。

 評価するにあたって、ゴーレムの鎧を作ってくれた鍛冶屋のボーダに色々と協力を仰いでいた。魔法陣で形作ったフェッルム鋼とカリュプス鋼の板と、ボーダに依頼して鍛造で作った板との強度比較をしたかったのだ。

 トールは自分で魔法陣で作った鋼板と、ボーダに打ってもらって作った鋼板を並べる。そして両方の板の端を机から数十センチほどはみ出させて、固定する。そのはみ出た板の先に同じ重さの重りを括り付けて、曲がった量を測っていく。


「やっぱりたわみ量は変わらないか。ヤング率に変化なし、っと。さて、どうやって降伏点を探るかなぁ」


 そうやって疑問に思ったことを一つ一つ試験していると、工房の中に人が入って来た。緑色のローブを纏ったリューナである。

 このローブは、以前王都でコンテスト前に話をしていた、所属を表わすものだ。つまりは制服のようなものである。

 実はこのローブは結構画期的なもので、内側に設けられた魔法陣で冷却することもでき、真夏でも快適に過ごせる優れものである。魔力は細かく砕いた魔石をローブの各所に設け、それにナーリャが火の属性のものを込めているため、火の属性がないリューナにも使えた。

 彼女はトールの方をちらりと見ると、工房の棚に置かれている作り置きしてあった薬類をいくつか取る。店の棚にある商品がなくなったので、補充のため取りに来たのだ。


「トールさん、何やっているんです?」


 トールが鋼板を並べて変な事をしていると思ったのか、リューナは薬を棚から取り出しながらトールに尋ねる。


「今はカリュプス鋼の機械的性質について調べているんだよ。どれだけ力を加えたらどんだけ伸びるのかとか、どこまで伸びたら戻らなくなるかとかだな。簡単に言えば強度を調べているってところか」


「そんな事をしているんですか? 強度を調べたかったら、お互いに叩いてみれば早いと思うのですけど」


「それも良いかもだけどな。それだけだと金属の特徴は見られないからな。例えば変形したとしても、折れ曲がったのか、折れて切断されたのかでも違いがある。前者は粘りがあり、後者は小さい。分かるのはそれだけだからな。相対的な比較にしかならんのよ。それに衝撃と静荷重は違うからな」


 トールはリューナに違いを説明するが、リューナは首をかしげている。いまいち理解しきれていないようであった。


「まあ、色々な金属の特性を数字上で表したいと思っているだけなんだけどな。これがまた難しい。短期間で出来るものでもないし、気長にやるしかないんだろうけどな。まずはゴーレムの強化するにあたって、必要な項目だけを絞ってやるしかないとは思ってるんだがな」


「金属に関する事は、私はあまり詳しくないのでわかりませんが、トールさんが必要という事であれば。あまり根を詰めないで下さいね」


 リューナはトールにそう言い、棚にあった薬を全部持ち出した。

 結構な重量のようであったが、持ち出すために持ってきていた重量軽減の魔法陣が刻まれた箱に入れていたため、リューナは軽々と持っていた。


「やっぱり在庫がもうないですね。ペリエ薬にナリュサ薬、それにチルト薬もですか。これは一旦採取にでも出た方がいいかもしれませんね」


 ペリエ薬は言わずと知れた傷薬で、塗るタイプの物である。それに対してナリュサ薬は飲むタイプのもので、内部に対するダメージを回復してくれるものだ。

 これは先に王都でカルンとイオンにペリエ薬を飲ませるといった失敗を糧にして、ナーリャとリューナが薬師に師事して開発したものである。効果はペリエ薬程強くはないが、体調不良を引き起こすことなく内部を治療でき、また若干の鎮痛作用を持っていた。

 そしてチルト薬は熱さましである。これは以前よしリューナが製法を知っており、そのまま店に陳列することとなっていた。


「やっぱり薬類は結構売れてるのか?」


「そうですね。冒険者の方たちには傷薬類が多く売れています。他にも奥様方が、子供の怪我や病気の時に使うものとしても買っていきますから。総じて結構な数が出ています」


 こういった薬類は、もちろん他の店でも販売されていた。ペリエ薬なんかは、魔導技師の入門と言われるほどの難易度のため、結構簡単に作れたりするので、結構な数が出回っているのである。だが、なぜかナーリャとリューナが作ったそれは一般的なものより効果が高いとして、冒険者のみならず街の守備隊からや近所に住んでいる住人からも購入者が来ていたりしている。


「その分製造が追いつかないんですけどもね。如何せん作る時間も掛かれば、素材が足りないというのも結構キツイところですね。他にもプラーミアや冷気の筒、それに風神の玉も冒険者に売れています。咄嗟に使えるのがいいのだとか」


 風神の玉も王都より戻ってから作られたものである。玉を中心として、半径数メートルほどの範囲に強い風を吹かせるといったもので、これは小型の飛翔する魔物に結構な効果をもたらす。風で飛ぶことが出来なくなった魔物を狙うのにちょうどいいと評判であった。


「そのあたりの素材の在庫も、ほとんどなかったんじゃなかったか?」


「そうなんですよね。なのでやはりここらで一回採取に行っておきたいですね」


 冒険者に採取の依頼をしてはいたが、やはり数が足りなくなってきているとリューナは漏らす。一般的に知られていないようなものだと、どうしても違うものを持ってくるなど難しい面がある。


「そうだな。明日あたりでも行く方がいいか?」


「そうですね。早い方がいいでしょう。後でナーリャさんに相談してみましょう」


 このあたり、結構雑である。ナーリャの店のような個人店は、この世界では結構頻繁に休みを取っている。理由は様々であるが、住人もそんなもんだろうと特に気にしない。

 と、トールとリューナが話し込んでいると、もう一人の住人であるナーリャが工房の中へと入ってくる。


「リューナちゃん、薬あった?」


 ナーリャは在庫を持ってくるため工房に入っていったリューナがなかなか戻ってこなかったため、気になって顔を出したのである。


「あ、すみませんナーリャさん。すぐに戻ります」


「忙しそうだな。俺も手伝うか」


 リューナは薬の入った箱を持ち直して、そのまま工房の外へと出ていく。トールもその後に続く。

 工房から出ると、そこは店の中である。中は盛況なようで、冒険者らしき男たちが多く商品を見ている。そのほかにも、近所に住んでいる職人や住人なども来ている。

 彼らは色々と仲間と相談しながら、商品を選んでいるようであった。


「お待たせしました。薬類はすみませんがこれで最後です」


 リューナは冒険者たちの合間を縫って商品棚へと向かうと、一つずつ薬を置いて行く。その後を付いて行ったトールも、手伝うべく≪守護者の巨人≫を使って作り出した腕で、薬を棚へと置いて行った。

 その光景はもう見慣れたもので、トールの≪守護者の巨人≫に驚く者はいない。当初は驚かれていたが、人間馴れは大切である。


「おいっす! 元気っすか?」


 そうして商品の棚だしをしていると、一本の黒い槍を持った少女、カルンが店へとやって来た。


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