幕間4
壁は白く、窓の外は緑色の光が差し込んできている。
その部屋には多くのヒトが働いており、そのほとんどが自分の机に向かって機械を操作している。一部は立ち上がっているが、そのほとんどは別の席で働いているヒトの機械を眺めながら、何やら相談しているようであった。
「課長、報告がまとまりました」
そんな中、アイニスはまとめた書類を片手に、自分の上司であるファルサの机の前に立っていた。
「おう、ご苦労さん。それで、経過の方は?」
「現時点で使用量は産出量の6割程度。ですが10年程でその割合は9割近くに上るかと思われます」
「そうだよなぁ。こう、明確に数字で出てくるとかなりキツイもんがあるな」
「分かっていたことですから」
アイニスは手に持っていた書類をファルサの机の上へと置く。
それをファルサは手に取り、じっと眺めていた。
「……拡張予定の範囲はこれでほぼ決定だっけか?」
「はい。10ヶ年計画ではそうなっていますね。近年は人口増加率も高く、御上としてもこれで行くしかないと考えているのでしょう」
「はぁ……。それでこの産出量ってのは」
「最大値での話です。平均ですと現状は7割ほど使用している計算になります。ですから10年後は、最悪現状のままですと使用量が産出量を上回ります」
だよねぇ、とファルサは手に取っていた書類を机の上に置く。そしてそのまま手を頭の後ろで組んで、椅子の背もたれに寄りかかる。
現時点では爆発的な人口の増加でもない限り、これ以上の産出量は見込めない。とすると、一人当たりの量を増やすしかなかった。
「だとすると、やっぱりあの部署の計画は採用確定って感じだな。これ以上反対を続けても、意味はない、か」
「……そうなると思います。私個人としては、とても賛同できないのですが」
ファルサの机の前に立っているアイニスも、顔を曇らせながらそう言う。
ファルサは椅子にもたれ掛かったまま一旦目を閉じ、数秒後に開けて体勢を元に戻した。
「仕方がない。せめてやりすぎないように監視するしかないな。ところで、彼は今どうなっている?」
ファルサは彼、森宮透の状況を確認する。
アイニスはファルサが机に置いた書類を何枚かめくり、該当する部分を表に出す。
「特に目立った動きはまだありません。技術拡散にはよほど慎重になっているみたいですね」
「そうか。まあ、彼の世界の事を考えると、それも妥当といったところか。あんな規模の戦争を経験している世界だ」
ファルサは透のいた世界、地球についての報告書の内容を思い出しながら発言する。自分たちの世界では、到底あの規模の戦争は出来ないだろうと。
「少し誤算でしたね。ただある意味では有難いともいえますが」
「そうだな。下手にひっかきまわしすぎると、どんなことが起こるかわかったもんじゃないからな。我々が手を出して、あれを推進しましたなんて、馬鹿みたいな話になりかねん」
自分が反対している計画を、自分が手助けしたとしたら、馬鹿もいいところだろう。
「で、なんだが次は……」
ファルサがアイニスに次の指示を出そうとした時、部屋に1人の男が入ってくる。
自分の部署ではない部屋に、彼は慣れていないのかキョロキョロとあたりを見回す。そして自分の目的の人物、ファルサを見つけると、駆け足で傍までやって来た。
「失礼します、課長。緊急のお話が」
ファルサは小さく発せられたその言葉に、ウゲと唸る。たいてい緊急の話など、良い事は無いからである。
「彼の杖に外部からアクセスがありました。現在調査中ですが、まずは課長に一報と思いまして」
やって来た男は、周りに聞かれないよう手を口元に当てながら、小さな声でファルサへと伝える。それを聞いたファルサは表情を一変させた。
「どこからだ? それと被害状況は?」
「まだ不明です。ですが相当な技術であると考えられます。我々に発見をここまで遅らせられるとなると、かなり厄介です」
報告してきた男は、それなりに技術を持っているという事を自負している。それが発見するのに時間を要した事、そして何よりアクセスした事を見つけられなかったのだ。
「少人数での監視だからな。それも仕方がない。だが何処からかが……」
そうファルサがつぶやいた時、ある考えが頭をよぎった。
「……アイニス。ついてきてくれ。君も頼む」
ファルサはそう言い放つと、すぐに席を立つ。そして後ろに掛けられていたジャケット、作業服のような物を着込み、すぐに部屋の外へと向かっていった。
その後ろに慌ててアイニスと報告にきた男も付いて行く。
「課長、どこに向かわれるので?」
「第3ラボだ」
一言そうアイニスに応えると、ファルサは早歩きで廊下を進んでいく。
無言で進んでいき、階段を下りていくと目的の場所、第3ラボへとたどり着いた。
「主任、主任はいるか?」
ラボの中は他の部屋と同様に白い壁に覆われており、閑散として中には人がほとんどいない。その代りに中央には、大きなガラス管のような透明の筒が機械と接続されており、その周辺にはケーブルや管が所せましと設置されている。
その様子を一目見た後、ファルサはラボの中に入り目的の人物を探す。その後ろにはついてきたアニエスと、報告にきた男が続いてラボへと入ってくる。
ファルサは探していた目的の人物、主任をすぐに見つけることが出来た。
「おうおう、ファルサ課長じゃないか。どうしたんだよ、こんなところに」
主任と呼ばれた男は、大きなガラス管の前に設置してある自分の席に座り、何かしらの端末をいじっている最中であった。その端末に映し出されている文字列が高速で流れていっている。
彼はファルサの方へと振り向くことなく、端末に映し出される端末を見続けていた。
「一つ、聞きたい事がある。アレはお前の仕業か?」
ファルサはすぐに主任の近くに行き、小声で話しかける。
その言葉に、主任は眉を一度動かすと、端末からファルサへと視線を変えた。
「おや、一体何のことかな」
「とぼけるな。透君が入っている杖にアクセスしたのは、お前だろう?」
主任はファルサの眼を見る。それはもはや確信していると語っていた。
主任はやれやれとつぶやくと、肩をすくませる。その表情はいたずらを咎められた子供のようであった。
「確かに俺がやったよ。上には黙っておいてくれよ?」
「内容次第だ。なぜアクセスを仕掛けた?」
「簡単な話だよ。理論の実証と、ついでに彼を助けるためさ」
「理論……? まさか!?」」
ファルサは主任の返答に一瞬考えるが、すぐにその答えにたどり着いた。
「そう。魔力生成論だよ。我々には毒でしかない魔素を魔力へと変換する理論だ」
今トール達が生活をしている世界には、魔素と呼ばれるものがあらゆる箇所に存在している。それをあの世界の住人は、体内器官で魔力へと変換し、魔法をはじめとする技術を使用しているのである。
「それが出来れば、他人任せだったマナの生成も自分達で行えることになる。その実験さ」
「……今まで出来なかった事、下手したら不可能とまで言われていた技術だぞ。一体どう……!」
ファルサは話をしている間に、またも一つの考えが浮かび上がった。そしてそれは、到底彼には受け入れられない物でもあった。
「察しが良くて助かるよ。そう、彼の魂の改変だ」
ファルサがその考えに至ったと察した主任は、まるで自分のおもちゃを自慢するように話す。
「魂の改変は、本人の承諾が得られなくてはならないからね。丁度いい時期を探っていたんだが、つい先日彼が魔力をほしがっていてね。それで話を持ち掛けたんだ。なに、理論が正しければ特に問題は無いはずさ。多少の変化はあるかもしれないが、それも許容範囲内だろう」
「馬鹿をいうな! そんな技術あって、何が得られるというんだ!! 貴様は!」
魂の改変。
この技術は、ファルサやアイニスが住む世界において古来より存在する技術体系である。そしてその危険性も、十分に認知されていた。
失敗すれば魂ごと体は消滅し、周囲に莫大な被害を与える。そして成功したとしても、その見返りは少なく多少の体の強化や普段見えない物を見るといった特殊能力だ付与されるだけである。
それならば現在主流のマナ理論に基づいた技術の方が数段安全で、安定しているのである。
そしてもう一つ。禁忌とされる副作用が存在している。
「なにって、魔力生成手段の確立だよ」
それらのデメリットを把握してなお、主任はすんなりとファルサの問いに応える。その表情は先ほどの叱られた子供のようなものから、あまり変わってはいない。
「馬鹿をいうな! 改変された魂は……!」
「理から外れる。そのため転生の流れに乗れなくなる。知っているさ」
魂の存在を把握し、それをいじる事の出来るこの世界において、転生というのは特別な意味を持つ。たとえ今世で息絶えたとしても、次があると信じる、というより確信しているのである。なので今生きているモノたちは次を考え行動をする。次を。
だが魂の改変を行えば、その次が無くなるのである。まったく未知の現象に身を置くこととなり、それは恐怖以外の何物でもない。
「だとしたら!」
「今更じゃないか、ファルサ? あの世界を発見して、そして透君を連れてきた。魂の状態で、だ。しかも彼の世界では、この分野には疎いみたいで転生の存在も人によっては認識していない。つまりは知識のない者を、お前は騙して連れてきたんだろう? ほら、今更じゃないか」
主任はファルサの眼を見ながら、話しをする。
自分がやっている事と、お前のやっていることの何が違うのかと。
「くっ! だが……!」
「まだ転生できる見込みはあった、かい? それこそ不明だよ。彼の世界と我々の世界で、『魂の法則』が同じかどうか分かっていないんだよ? つまりは未知の状態だ。安全かも『しれない』、問題ないかも『しれない』 そうすると俺が行ったことも、彼の魂に関しては、問題ないかも『しれない』な」
ファルサは主任の話を屁理屈だと認識している。しかし、法則が同じとは言い切れない状態で、透を引っ張ってきた事は事実である。
「ほら、それに彼自身もそれを望んだんだ。魔力がほしいって。そうでもなきゃ、彼のご主人様が危険だったからな。それもお前の望みだろう?」
言外にお前が仕組んだんだろう、と主任は含みを持たせる。
「だからと言って!」
「分かってるさ、俺もな。だから可能な限りバックアップはするつもりだ。なにも俺も彼に恨みがある訳じゃない。むしろ上手くいってほしいと願っているわけだからな。この計画もそうだし、彼自身があの世界で楽しく生活することもさ」
主任は嘘じゃないぞ、と付け足している。
ファルサはもう一度何かを言いかけ、しかしそれをやめると一度目をつむった。そして数秒後に目を開けると、口を開いた。
「今後何かを行う時は、俺に相談をしてくれ。そして、出来る限り彼を援助してやってくれ」
「了解だ、課長殿。今後は一言断りを入れるし、俺に可能な限りでバックアップもするさ。任せておいてくれ」
ファルサはもう一度主任の眼を見る。主任もまた、それを見返す。
「分かった。この話は以上だ」
そう残し、ファルサはそのままラボを出ていこうとする。それに慌ててアイニスと報告にきた男も付いて行った。
そしてラボに残されたのは、ファルサ達が来る前を同じ主任だけとなった。
「もちろん、バックアップはするさ。魔力生成なんぞ、途中経過にすぎんからな。さあ、透君。至ってくれよ」
主任はそうつぶやくと、端末のディスプレイへと体を向き直した。




