杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト58
手の中でうねうねと曲がるトールを見て、ナーリャとリューナは微妙な表情で掴んでいた手を放した。
「それはともかくとして、トールさん。何か不調とかないですか?」
「今のところは特にないな。しいて言えば、匂いを感じるようになったことか?」
「……匂いの分かる杖って、なんだか変な感じだね」
ナーリャの感想に、それもそうだなと考える。浮かんで動き、話せて変な腕を作り出し、その上匂いも分かる。これが杖だと言われても、だれが信じるだろうか。
「匂い、ですか。トールさんは今まで匂いを感じることはできなかったんですね?」
「そうだ。さっきのお茶の時、いい香りがしていたんだがそのことをカルンに言われて、気が付いたんだよ」
「そう、ですか。分かりました。とりあえずトールさんについては、経過を観察することにしましょうか。……ほかには無いですよね?」
リューナは疑いの目でトールを見る。トールの今までの行動からして、まだ何かあるんじゃないかと思っているのである。
「ああ、あとは最初に言ったが魔力を生み出せるようになったことくらいかな」
そのトールの言葉に、全員一斉にトールの方へと振り向いた。その顔には驚きの表情が浮かんでいた。
「魔力を生み出せるようになったって……トール、それって本当?」
「ああ、そうみたいだ。ただ俺が保持できる魔力の量は変わっていないっぽくてな。今は制限いっぱいになってるから、これ以上は生成できていないみたいだな」
「……魔道具、というか魔力を人以外に作り出させることは、多くの研究者にとって命題となっています。その意味が分かりますね、トールさん」
魔力の製造というののは今現在実現していない。そんなことをできる魔道具というのは、世紀の発明となる。つまりはそんな事を言ってしまったのは、やっちゃったという事である。
ここにはナーリャとリューナ以外にもカルンにイオン、それにクリシュがいる。そんな中で、魔力が作れるようになっちゃいました、などと言えばどうなるか。つまりは他人に秘密を漏らしたこととなる。
無論、トール達は彼女達、カルン、イオン、クリシュが自分たちを害するような行動をするとは考えていない。だが機密というものは得てしてそういった信用から漏れるものである。
「あ、ああ。理解した。その、なんというか、あの」
トールは機密が漏れるという事に、実は異様に恐怖感を感じる気質である。それというのも、前世の記憶のせいだ。
設計者として、機密が一つ漏れるだけでどれだけ会社に損害が出るのか理解できてしまうのである。それまでの研究コスト、製作費のみならずにかかった設計に評価といった時間、工数を考えると手が震えてくる。他にも得られるはずであった利益がゼロになりかねないというのもある。他にも様々な損害が考えられる。
そういった損害があるという理解から、機密が漏れるという事に対しては、トールは恐怖を感じるようになっていったのである。ある意味職業病である。
ただ、今回の事に関しては違った被害が考えられた。それは、費用的なものではなく、ナーリャのリューナの安全がかかっているという事だ。
トールが魔力を生成できるようになったという情報は、魔術師と魔導技師には喉から手が出るほどの情報である。そのため、それが外部に漏れれば、今まで警戒していた貴族だけではなく、そういった人に狙われる危険性が出てくるということだ。
もちろん、トールはそのことを今更理解しており、なので口ごもった様子で、リューナに返答したのであるが。
「はあ、トールは案外抜けてるよね」
ナーリャにも呆れたように呟かれ、トールはますます自分の軽はずみな発言に落ち込む。
そんな風に宝玉部を下げて落ち込むトールに、カルンがよしよしっすよ、と撫でながら慰めている。それを見たナーリャが、なんだか不満そうに見ていた。
「ご安心ください。私は今の発言は聞かなかったことにします。たとえ、お父様やお兄様に聞かれたとしても、答えることはしません」
トールが落ち込んでいる中、そういったのはクリシュである。
彼女はいつものように微笑を浮かべている。しかしその目は、真剣に何かを訴えるような眼差しである。
「……ありがとうございます、クリシュ様。このことはいずれ解明できた暁に、ちゃんとご報告しますので」
「いいのです、リューナ様。私はあなた方に助けられました。それに何より、お友達が追い込まれるようなことは、したくはありませんから」
胸に手をあて、目をつぶりながらそう言い切るクリシュ。その様子は、他者から見て何かしらの決心をしたように見えた。
「私も、クリシュ様に賛同します。とはい言っても、私達がそんな事を言っても、信じてもらえないと思うのですけれどね」
今度はイオンが、トール達にクリシュに賛同、つまりは黙っていると宣言する。
魔術師であるイオンには、トールが魔力を生成できるということが、どれほど偉業、というか異常であるかを理解できる。そしてそれが世に知れ渡れば、どういったことが起こるかもである。
「えっと、杖の兄さんが魔力を作れるってことを言わなければいいんすよね? 大丈夫っすよ。それならあたいにもできるっすから!」
一方のカルンは、魔術師でも魔導技師でもないため、魔力生成の道具に関する貴重性はまったく理解していない。なので軽い感じで宣言している。
「ごめんね、みんな。それとありがとう。ちゃんと調べて、それから報告するから、もうしばらくの間黙ってもらえると助かります」
ナーリャもリューナに続いて感謝を述べる。
そして当人、というか当杖のトールは、もう一度床に降りて先ほどの正座状態でいる。
「あー、その、なんだ。すまないが秘密にしてもらえると助かる」
「トールさん、その言い方はなんだか偉そうですよ」
「そうだよ、トール。ちゃんとお願いしなきゃだめだよ」
ナーリャとリューナの二人に駄目だしをされたトールは、もう一度きちんとお願いします、と口にする。
それに皆は笑顔で快く答えていた。
そうしてトールの魔力生成騒動もひと段落を終え、さすがに疲れが来ていたのか解散の運びとなった。
それぞれは自分の部屋へと戻り、ナーリャとリューナもまたランプの明かりを消してベッドに入っていた。なお、トールは二つ並べた椅子の上に置かれている状態である。杖に専用のベッドなどあるはずもないので、ここに来てからはそう過ごしていた。
しかしいつもとは違うことが一点あった。トールがあっさりと眠りについたのだ。
「ねぇ、リューナちゃん。起きてる?」
横並びになっているベッドの片方から、ナーリャはもう片方で寝ているリューナの方を向きながら声を出す。
「はい、起きてますよ。ナーリャさん」
そしてリューナもまた、ナーリャが寝ている方へと体を向けて答えていた。
「トールは寝ちゃってるんだよね?」
「そうですね。トールさんでも今日のは疲れたのでしょうか」
「ふふっ。疲れる杖っていうのも、なんだか変な話だよね?」
「そうですね」
二人はクスクスと小さく笑いあう。
「王都に来てからなんだか色々あって疲れちゃったんだけど、それでもいい経験が出来たと思うんだ」
ナーリャは小さな声で、王都に着いてからの出来事について思いついたことを話していく。
きた当初に魔道具店を見て回り、そして命を狙われたこと。その後防御のために魔道具を作り対策をしたこと。まあこれは今回無駄になっているが。
他にもコンテストまで様々な準備をしたことや、本番ではかなり緊張をしていたことも話す。
そういったナーリャの話に、リューナも相槌を打ちながら自分が思った感想を述べる。
ナーリャが命を狙われたことに対して憤りを感じていたこと。そのため対策を練りたいと考えたこと。
コンテストまでの準備期間では、自分が発表者ではないので少し気が楽だったという事。これはナーリャにちょっとすねられた。
「そして最後の襲撃。あんな風に魔道具を使う事って考えてもみなかったんだ。あんな風に人を傷つける魔道具なんて」
アーリャは犬型の木で出来たゴーレムと、金属の塊で出来た獅子型のゴーレムを思い出しながら口にする。
「魔道具というのは、人を助けることも出来れば、人を傷つけることもできます。まあ、これは魔道具に限ったことではありませんが」
「そうだよね。わたしも分かっていたつもりだったんだけど、ちゃんと理解できていなかったみたい」
ナーリャはそういいながら、横になりながらも少し俯く。自分に掛けてある布団の下では、握りこぶしを作っている。
「でもね、だからこそわたしは人の役に立つ物を作りたいと思うの。今日色んな人達が怪我をして、それをペリエ薬が役立ってくれたけど、それでも足りないと思うんだ」
ペリエ薬は基本塗り薬である。そのため内部に追った傷は基本治癒出来ない。
今回は危険を承知でイオンとカルンに飲ませているが、それも正しい使い方ではないし、効果があったかも定かではない。
「もっと勉強をして、もっといろんなことを知って、もっといろんな魔道具を作れるようになりたいの。それもこれも、リューナちゃんが家に来てくれたから出来ることなんだって、何となく改めてそう思ったの」
「私の方こそ、ナーリャさんに会えたおかげで、夢を諦めなくて済みます。魔道具をもっと知りたい、もっと魔道具でいろんなことをしたい」
二人はそれぞれが相手へと布団から手を伸ばし、繋ぐ。
「これからもよろしくね、リューナちゃん」
「私の方こそ、これからもよろしくお願いします、ナーリャさん」
そして手をつないだまま、二人は眠りについていった。




