杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト52
リューナの眼に飛び込んできた光る手は、その数を増やしながら犬型ゴーレムをどんどんと押さえつけていく。
そして、その押さえつけられた犬型ゴーレムに対し、騎士たちがその頭を砕いてとどめをさしていった。
「トールさん……」
思わずつぶやいたリューナの表情は、驚き半分、呆れ半分といったものだ。
その様子を見た貴族たちは、トールの価値を上げることだろう。それはすなわち、トール本人はもちろんのこと、保有者であるナーリャと自分、リューナにも厄介ごとが来るという事である。
「まぁ、仕方ありませんか。今は待つことにしましょう」
リューナはその光景をとりあえず放置することにして、イオンの治療に戻る。
ペリエ薬を飲ませたイオンは、意識は戻らないもののとりあえずは安定した呼吸をしている。まだ予断は許さないであろうが、急に容態が変わるといったこともないだろうと、リューナは判断していた。
「カルンちゃんは平気?」
一方でカルンの容態を見ていたナーリャは、カルンに状態を聞いている。こちらもペリエ薬を飲んでいるため、その経過が気になっているのである。
「あたいは大丈夫そうっすよ。なんだか体の痛みも引いてきたみたいっす」
「そっか。それならよかったぁ」
ほっと息を吐くナーリャ。流石に塗り薬を飲ませるという行為に対して、不安があったのである。現状問題なさそうだと聞いて、ホッとしていた。
そしてカルンも立ち上がれる様になったため、ナーリャと二人でイオンが横になっている傍へと腰を下ろした。
「カルンさんも大丈夫そうですね。イオンさんも大丈夫そうです」
近くへとやってきたリューナは、イオンの容態を彼女へと伝える。
それを聞いたカルンは嬉しそうに笑い、イオンが横になっているすぐそばでその容態を見守り始めた。
「これでひとまずは安心、といったところでしょうか」
「そうだね。後はトールの方がどうかなんだけど」
ナーリャが犬型ゴーレムとの戦闘が行われている方へと視線を向けると、トールが作り出したと思われる光る手が、派手に動きながらも次々と犬型ゴーレムを補足し続けていく所であった。
それを時には騎士たちがとどめをさし、時にはその光る手が犬型ゴーレムの頭を砕く。そして半刻ほど後には、動いている犬型ゴーレムの姿は見られなくなっていた。
「これで終わったのかな?」
「どうでしょう。いま騎士の方々が確認しているみたいです」
貴族たちを中心に陣を構えていた騎士たちであるが、動いている犬型のゴーレムが見られなくなると、何人かで周囲の確認をし始める。
暫くの後、指揮を執っていた騎士に報告が上がると、その騎士が大声で知らせる。
「皆様、大変お待たせいたしました。不逞の輩どもはすべて排除いたしました! ただ念のため確認を行いますので、いましばらくの間お待ちくださいますよう、お願いいたします」
その声を聴いた貴族たちからおお~、という感嘆の声が上がる。そして安堵からか、今まで緊張で黙っていた貴族たちから話声が聞こえ始める。
ナーリャとリューナの二人は、トールがまだ戻ってきていないのでそれを探す。
きょろきょろとあたりを伺っていると、一本の杖がふよふよと飛びながらこちらに向かってきているのが見えた。
「トール!」
「トールさん!」
本日何度目かの声を上げ、自分たちの方へと向かってくるトールをナーリャ達は迎える。そしてトールは、ゆっくりとナーリャ達のところへと戻ってきた。
「よう、お疲れさん。イオンの様子はどうだ?」
「うん、何とか大丈夫そうだよ」
「そうか、それは良かった」
トールはホッと一息吐くと、地面へと刺さる。疲労を感じていたため、浮かんでいるのが少々億劫になっていたのだ。
「トールさん? どうかされましたか?」
「ん? いや、少し疲れてな」
いつもは浮かんでいるトールが、わざわざ地面へと降りるのを見て、リューナは疑問に思い口にする。それに対してトールは、普段と変わらぬ口調で返す。
リューナはトールが疲れたといったことに疑問を思うと、そこに数人の貴族たちがやってきた。クリシュにアトラ、そして王子ディベルシオンである。
「皆さん、ご無事ですか!?」
まず最初に口を開いたのはクリシュであった。彼女は心配そうな表情をしながら手を胸元で組み、トール達の様子をうかがっていた。
「ええ、何とか大丈夫です。ただイオンがあのゴーレムに吹き飛ばされて意識がないので、出来れば医者に見せたいのですが」
「ふむ、それはいけない。すぐに手配させよう」
トールの申し出に、アトラは快く応じる。すぐに近くにいた騎士に命じていた。
クリシュもまたイオンに意識がないと聞いて、彼女が横になってい元へと向かう。一人ではと考えたナーリャとリューナがそれに付き従っていった。
トールはこの混乱している状況で、医者の手配をするというのも少し問題かと考えたが、今はイオンの容態の方が先だと思い、権力に頼ることにし、イオンの元へと言ったクリシュ達を見送る。
「君たちの戦いは見ていたよ。実に優秀な者たちだ」
トールが考えをしていると、そこに声がかかる。王子ディベルシオンである。
「お褒めに預かり恐縮です」
トールは杖の柄の部分を曲げ、ディベルシオンに向けて一礼をする。
その様子を見たディベルシオンは、少し大きな笑い声をあげた。
「いやはや、面白いな。杖に礼をされるというのは初めてだ。ゴーレムの事と言い、君は実に面白い」
「王子殿下、この者は我が領民であるナーリャ女史とリューナ女史の所有物です。あげませんよ」
ディベルシオンがトールをほめていると、アトラがその横から口を挟む。
言われたディベルシオンは少し口を曲げると、分かっているさと声に出す。
「しかしこの襲撃、と言っていいのかな? 誰を狙ったものだと思うかい、アトランクス」
「十中八九王子殿下でしょうな。その目的以外だったとしたら、よほどのアホでしょう」
アトラはディベルシオンに問われたことに対して、あたりを見渡しながら答える。
貴族には被害が出ていないが、それ以外にはかなり出ている。今回のコンテストの主催地である学院の職員、従者、魔導技師。そのほかにも、学生とみられる若い男女が怪我の治療を施されていたりしている。
「ふむ、確かにそうだな。私以外を狙ったとしたら、私を巻き込むのは道理では無い、か」
一国の王子を、他者を狙った騒動に巻き込むというのはリスクが高すぎるという事である。
この件で、国は犯人捜しを本格的に行うであろう。国主の子を害そうとしたので当然であるが、仮に犯人が王子以外を狙っていたとすれば、ただ単に自分が国から追われる立場になるだけである。
「とすると、犯人は……」
ディベルシオンがそう口にしようとした時、何やらあたりが騒がしくなる。
トールが声がする方を見ると、騎士が一人の男を連れてこちらにやってくる。アトラは一歩王子より前に出て、それを迎える。
騎士に連れられた男は、両手を腰の後ろで縛られ、口には猿ぐつわを咬まされていた。
「王子殿下、アトラ閣下。不審な動きをする男が居ましたので捕らえたところ、このような物を所持しておりました」
騎士はディベルシオンとアトラの前に来ると、膝をついて臣下の礼をとり、一つの箱を差し出す。それをアトラが受け取り見分をする。
「ふむ、トール君。何か分かるかね?」
アトラは騎士から受け取った箱をトールの前へと差し出す。
浮かぶ杖の前に箱を差し出すというその光景を、騎士は疑問に思って首をかしげている。先ほどの戦闘の際、トールの事を見なかったのだろう。
「何かと言われましても……」
なんだかアトラに買いかぶられているんじゃないかと思いながら、トールはその箱を見る。
箱の形状は立方体で、パッと見た限りでは木で作られているように見受けられる。そしてその外装には、魔法陣らしきものが刻まれているのが見えた。
「魔法陣が刻まれていますね」
「どういった効果のものかわかるかい?」
「えっと……」
トールはこの世界に来てから、それなりにナーリャとリューナと生活をし、様々な魔法陣を見てきた。なのでそれなりの知識は身に着けていたつもりであったが、その魔法陣はトールが知るものではなかった。
トールはつい反射的に≪知識の泉≫を起動させる。するとあっさりと答えが帰ってきた。
…画像取得:転移するための魔法陣と判断。起点の魔法陣より一定の質量体の転移が可能を推測。




