杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト36
顔を洗い終え、少女たちは仲良くおしゃべりをしながら屋敷の中へと戻っていった。トールは最後尾で一人ぽつんとしている。
「そう言えば、風の魔法が使えるようになりましたよ。イオン様のおかげですね」
「いえ、クリシュ様の覚えがいいんですよ。こんな短時間で使えるようになるんですから」
今はクリシュの魔法勉強の話をしている。クリシュへ魔法を教えるという約束を、イオンは時間を見つけては実践していたのである。
「イオンさんの教えは解りやすいですから。それに皆様も協力してくださってますし」
クリシュの勉強時間はそれほど多くは取れていない。社交にでる以外の時間を使ってのものだ。そうなるとイオンだけではなく、ナーリャやリューナ、それにトールも一緒になって教えていた。カルンはほとんど眠っていたが。
「ナーリャ様は自分の事もありますのに、私の勉強にも付き合っていただいて」
「え!? え~っと、全然大丈夫ですから。いい息抜きになりますし」
「ええ、本当に大丈夫ですよ、クリシュ様。別にただ現実から逃げていただけですから」
「そ、そんなことないよ! わたしだって色々と頑張ったんだから!」
「ふふ。今日はその本番ですものね。楽しみにさせてもらいます、ナーリャ様」
楽しそうに会話をしながら歩いていると、通路の先から慌てた様子で走ってくるぺルラが見えた。彼女はほぼ寝間着の姿である。
「あら、ぺルラ。どうかしたの?」
「どうかしたの? ではありません! 勝手にお部屋を抜け出さないでくださいませ。何事かと思いました」
ぺルラは切らせた息を整えるように大きく深呼吸をする。そして落ち着いてから、走って乱れた髪を整える。
「あら、だって私もたまには自分で顔くらい洗いに行きます」
「せめて一言仰ってください。何かあったらどうするのですか?」
「大丈夫ですよ。ナーリャ様たちとも一緒に行きましたし」
「いえ、そうではなくてですね……」
ぺルラは話が食い違うことに疲れた顔をする。
そして取り合えずは置いておくことにしたのか、一回頭を振るとクリシュへと向き直した。
「お嬢様、といあえず一旦部屋へお戻りください。皆さまも朝食まで部屋でお寛ぎください」
「わかりました。では皆様、また後程」
クリシュはそういってぺルラにつられて部屋まで戻っていった。
残された面々は、それぞれ話ながらも部屋へ戻っていく。そうして部屋の前でカルンとイオンと別れたナーリャとリューナ、それにトールは、自室へと入っていった。
「クリシュ様も大変だね。顔を洗いに行ったくらいで、大騒ぎになっちゃうんだもん」
「貴族とは得てしてそういうものですよ。寂れた貴族は別にして、大貴族たるクリシュ様が一人で行動していたら、問題にもなりますね」
「そうなんだ。なんだか元気なさそうだから誘ったんだけど、大丈夫だったかな?」
「大丈夫でしょう。特に何もありませんでしたし」
ナーリャは自分の水筒から水を出して、備え付けられていたカップに注ぐ。もう一つカップを取り出して水を注ぐと、それをリューナへと渡す。
「有難う御座います。でもナーリャさんも気が付いていたんですね」
「ん? クリシュ様のこと? そりゃああれだけひどい顔をしていれば、わたしだって気が付くよ」
トールはそんなひどい顔をしていたか? と思い返す。たしかに隅はできていたが、そこまでひどいとは思えなかった。
「そんなひどい顔つきだったか?」
「ええ。一目見ればわかりますよ。まぁ、トールさんでしたら、気が付かないかもしれませんね」
しれっとひどいことを言われた気がしたが、トールのその通りだったので流す。
二人は水を飲み干すと、周辺に出しっぱなしであったコンテストの資料や魔道具類をかたずけ始める。昨夜はいつの間にか眠ってしまっていたため、出しっぱなしになっていたのだ。
「とりあえず今日持っていくものを纏めましょう」
「そうだね。ちょっとは時間ありそうだし」
「そうだな。忘れ物したら目も当てられない」
2人と1本はそれぞれ荷物を整理し始める。
今日はコンテストという事もあって、魔導技師が多く参列することが見込まれる。そのため、空間拡張のバッグは色々と問題になりそうだと判断したので、それを使わないことにしている。
空間拡張バッグに魔力を補てんした後、必要な道具を取り出して予備のバッグに詰めていく。
トールはゴーレムをどうしたもんかと少し悩み、ゴーレム姿のままで参列することにした。
「トールは何か持っていくの?」
「いくつかゴーレムについて纏めた資料と、他にも武器を隠し持っていくつもりだ」
トールは自分用のゴーレムが入ったバッグから、中身を取り出す準備をしながら答える。
「武器、ですか? どうせ取り上げられますよ?」
「そうでもない。隠して持っていけばいいんだ。それこそ空間拡張のバッグが役に立つ。といってもバッグ自体に入れるわけじゃ、ないんだけどな」
その物言いから何となく、トールはドヤ顔をしているように取れる。
いつものように、何かしらを考えている様子のトールに、リューナは頭に手を当てて首を振った。
「まあいいですが、なんでまたそんな事をしてまで?」
「ん? ああ、自分の好きな言葉で、備えよ常にってのがあってな。下手すりゃ貴族の一存で首を刎ねられかねんからな。念には念をって感じだな」
備えよ常にというのは、ボーイスカウトの標語である。
トールはボーイスカウトに入っていたことはないが、参加していた知人よりその言葉を聞いて、かなり気に入っていたのである。
設計者となってからも、ものづくりにおいて事前に動いていないと何もできないことが多くあるため、出来るだけ実践するよう心掛けていた。本来の意味とは少し異なるが。
「備えよ常に、ですか」
「そう。だから何があってもいいように、できる限りの準備をしておく。まあ、気休めだと思っておいてくれ」
2人と1本は会話を中断して、それぞれの準備に戻る。
ナーリャはコンテスト用にまとめた発表資料と、予備のランプを。
リューナは部屋の片づけと、雑貨類にトールからもらったゴーレムの資料を纏める。
トールはゴーレム本体と、それに付随させた武器類。
「準備よしっと。あとは朝ごはん食べて、それから出発だよね」
「はい。コンテストの後は一度この屋敷に戻って、何事もなければ、明日にはダナンへ向けて出発ですね」
「明日か。あんまり王都を見て回れなかったな」
王都に来て5日目。初日に少し店を回った程度で、ほとんど王都見学ができていなかった。
初日に襲撃されたために、ナーリャとリューナは屋敷の外には出られず、トールと言えばクリシュに付き添って参加した社交場くらいである。
「トールさんは貴重な経験ができたじゃないですか。私達なんて、外にも出れないから運動不足になっちゃってますよ」
「ほんと、退屈はしなかったけど運動できないのはちょっときつかったね。リューナちゃんなんて、お腹のお肉がどうのって言ってたもんね」
「ちょ! ナーリャさん!」
リューナはナーリャを捕まえようとし、それをナーリャはひらりと回避する。
そしてナーリャは立ち上がると、リューナから逃げ始めた。
「お待ちなさい、ナーリャさん!」
「わわ! ゴメンって」
トールはそんな二人を見て、昨夜お菓子を持ってきた時にリューナとイオンが微妙な反応をしたのは、これが原因かと納得していた。




