杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト35
王族主催の次の日。朝早くにトールは目が覚めた。
特に眠る必要のないトールであるが、人であったころの感覚で夜はほとんど眠るようにしていた。しかし昨日は、ナーリャの練習に遅くまで付き合っていたのだが、いつの間にか眠ってしまったようであった。
カーテンの隙間から漏れる陽の光で、外が晴れやかであることが見て取れる。絶好の講演日和と言えるだろう。
そんなことを考えていたトールであったが、部屋を見渡すとナーリャとリューナ以外にも人がいるのが見て取れた。カルンとイオンである。
彼女らもナーリャの練習に付き添っていたのだが、そのまま眠ってしまったのである。
「おーい、起き……ろ?」
トールはとりあえず起こそうと思い、ナーリャとカルンが一緒にくるまっていた毛布をはぎ取った。するとトールの眼に飛び込んできたのは肌色であった。二人とも下着姿で寝入っていたのだ。
トールは慌てて毛布を掛けなおすと、深く深呼吸をする、ふりをする。呼吸は出来ていないが。
トールはとりあえず見なかったことにして、なぜか柄の部分をまげて体操まがいな事をした後に、寝ている面々に声をかけた。
「おーい、起きろ。朝だぞ」
トールは今度は毛布をはがすという事はせず、少し離れたところから声をかける。近いと、毛布がはだけたとき色々と問題が起こると考えたのである。
「う……むぅ。ふぁぁ。おはよう、とーる」
最初に目を覚ましたのはナーリャである。彼女は寝起きは良い方であるため、トールの声で目覚めはすぐであった。
「おはよう、ナーリャ。起きたならすぐ着替えて、他の子も起こしてくれ。俺は外で待っているから」
トールはナーリャが起きたことを確認すると、そのまま外へと出ようとする。このままこの部屋の中にいていいことはないと思ったのだ。
「ん? 着替えてって……きゃあ!」
ナーリャは自分の姿に気が付くと、起き上がった拍子で開けていた毛布を引き寄せる。すると一緒に眠っていたカルンにかかっていた部分も引き寄せてしまい、今度はカルンの下着姿があらわになった。
「わわ! トール、すぐに外出て!」
ナーリャに言われるまでもなく出ていこうとしていたトールは、そのまま直ぐに部屋の外へと出る。
トールが出ると、部屋の中からはナーリャの皆を起こそうとする声が聞こえてくる。それは若干上ずっており、勢いで何かを誤魔化そうとしているような響きでもあった。
「さてと、あとで何言われるかなぁ」
トールはノックせずに妹の部屋に入って激怒されたことを思い出していた。丁度着替えていた時であり、烈火のごとく怒られたのである。
「入っていいよ」
トールがそんなことを考えながら暇をつぶしていると、中から声が掛けられた。ナーリャの声だ。
トールは恐る恐るといった感じでドアを開けて、部屋の中へと入る。中はすでに起きた4人、リューナは眠気眼でナーリャに寄りかかっていたが、ベッドの上に腰かけていた。
「トール」
「なんでしょう、ナーリャさん」
「えっち」
ナーリャは一言トールに告げる。ちょっと膨れ面である。
自分は悪くないと思っていたトールであったが、その一言でなんだか罪悪感が浮かび上がってきた。
「ちょっと待ってほしい。一応言い訳させてもらうと、別に見たくて見たわけじゃないんだぞ。俺にそんな趣味はない」
「えっち」
二回目である。
こりゃあかんと、トールはとりあえずの全面降伏に出た。
「すまなかった」
「よし。乙女の柔肌は、高いんだからね」
だったらその高価なものは大事にしまっておいてくれとも思ったが、トールは口には出さない。出しても良い事が無い。
「お兄さんも物好きっすね。あたいのだったらいつでも見ていいっすよ」
「ちょっと、カルンちゃん!」
カルンの軽口を、イオンが慌てて止めている。トールとしても、これ以上は弄り回されたくないので、スルーすることにした。
「で、準備は大丈夫か?」
「うん。あとはリューナちゃんがキチンと目を覚ませば大丈夫だよ」
リューナは未だに朦朧としているのか、視点が定まっていない。相変わらず朝には弱いようである。
「ほら、リューナちゃん。目を覚まして」
ナーリャはリューナの肩を揺さぶる。
それでもまだ目が覚めきらないようで、リューナはボーっとしていた。
「顔でも洗いに行ったらどうだ?」
「そうするね。ほら、リューナちゃん立って」
ナーリャはリューナに肩を貸すと、そのまま部屋の外へと連れていく。どうせだとばかりに、カルンとイオンも一緒に顔を洗いに出ていった。
トールもまた、一人取り残されるのも嫌だなと、一緒についていくことにした。
部屋を出ると、階段を下りて一階へと向かう。水場は一階に設けられており、そこで顔を洗う予定だ。
「あら、皆様。お早う御座います」
階段を下りた先には、起きたばかりであろうクリシュの姿があった。寝不足なのか、目の周りには少し隅ができていた。
「おはようございます、クリシュ様。クリシュ様も顔を洗いに?」
「はい。ちょっと考え事をしていて寝不足気味なので、頭を冴えさせようかと思いまして」
クリシュはその隅ができている眼を擦りながら、ナーリャにこたえる。
「わたし達も今日のコンテストに向けての練習で、ちょっと寝不足なんですよ。同じですね」
笑顔でクリシュへ話しかけるナーリャを見て、クリシュは少し寂しそうな笑顔を見せる。
ナーリャはそれに気が付いてはいたが、そこには触れずにすることにした。貴族様というものは色々とあるのだろうと。
「一緒に行きませんか?」
「ええ、是非」
ナーリャは詳しく聞くことを避けて、クリシュを誘う。クリシュもまた何も語らずに、その申し出を受けた。
そうして5人と一本は、水場へと歩みを再開する。
屋敷の通路を歩き、建物の奥へと向かっていく。その先には、勝手門のようなドアが設けられており、そこへと入っていった。
ドアを開けると、そこは外へとつながっており、彼女らはそのまま外へと出ていった。
「はい、リューナちゃん。桶だよ」
「ふぁ。はい」
屋敷の裏手、溝が掘られている前に立つ。排水路である。
その手前でナーリャはリューナに桶を渡す。受け取ったリューナは、腰に差していた一枚の紙を取り出すと、それを広げた。
それには魔法陣が描かれており、リューナは魔力を込める。魔法陣は一瞬光を放った後、空中に水球を作り出した。
それをリューナは操るかのように、桶の中へといれて、その水で顔を洗い始める。
「それは魔法陣ですのね。顔を洗うために使う人を初めて見ました」
クリシュは自分で魔法を唱え、水を作り出して持っていた桶にいれて顔を洗う。イオンも同様に水を作り出して桶へとため、カルンと一緒に洗っていた。
「リューナちゃんは朝が弱いから、こうやって朝は用意した魔法陣をつかって水を作っているんです。クリシュ様は、いつもここで?」
「いえ、私はいつもは侍女かぺルラが準備してくれるのですが、今日は何となく自分で足を運びましたの。いつもは一人で顔を洗っていますが、こうして皆様と洗うというのも、なんだか楽しいものですね」
クリシュは顔を洗い、タオルで水をふき取る。その表情は少し晴れやかなものであった。
「リューナちゃん、はい」
「有難う御座います、ナーリャさん。もう大丈夫ですよ」
ナーリャから布巾と受け取り、リューナも顔をふき取る。その動作はいつも通りのキビキビとしたものであり、ようやく目が覚めたようであった。
その反対側では、イオンがカルンの顔を拭いている。ちょっと嫌がるカルンを、イオンが無理やりしているといった様子だ。
「もう、自分でできるっすよ」
「カルンちゃんはいつも適当に済ませようとするんだから、駄目」
そんな5人の少女が楽しそうにしている傍らで、それらを見ていたトールは眼福だなぁなどとおやじ臭いことを思っていた。




