杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト34
「で、練習の方はどうだ? うまくいきそうか?」
トールはお茶に夢中になっている少女たちに問いかける。丁度お菓子を口に入れたナーリャは、それに答えようとしてむせた。
「ゴホッ、ゴホッ」
「大丈夫か、お茶だぞ。ゆっくり飲め」
トールは喉を詰まらせたナーリャに、≪守護者の巨人≫を使ってお茶を差し出した。
それを一口飲んで、リューナにも背中をさすられながらも落ち着くと、ナーリャは説明をし始める。
「ありがと。変なところに入っちゃったみたい。それで講演の練習なんだけど、何とかなりそうだよ。あんまりつっかえなくなったし、舌も噛まなくなったからね」
ナーリャはどうだ、とばかりに胸を張る。
その無駄に自信を持っているナーリャを見て、逆に不安になったトールは、リューナの方へと視線を向ける。その分かり辛いトールの視線を、リューナはキチンと把握して答えた。
「大丈夫ですよ。かなり上手くなっています。これなら当日も問題なさそうです」
「そうか。ならよかった」
「むー。なんだか二人で分かりあっているって感じがする」
視線を合わせてリューナが答えたのが不満なのか、ナーリャはふくれっ面になって文句を言っている。それに対してリューナは、そんなことありませんよと言いながらナーリャの膨れた頬をつついていた。
「リューナさん、良くトールさんの言いたいことが分かりますね?」
「そうですか? 何となくトールさんの視線がこちらに向いたので、それで答えたのですが」
「杖の兄さんの視線っすか? 良く分かるっすね。あたいなんかどっち向いているかなんて、全然わからないっすよ」
「そう? わたしも何となくわかるけど、どうなんだろ」
トールの視線ははっきりと言って外観からではわからない。特に光っている部分もなければ、何かしらが動いている形跡もないのである。
言われてみてトールはそれもそうかと気が付いた。普通分かる訳がないのだ。
「言われてみれば、それもそうだよな。俺の視線なんて、普通はわからないもんだよなあ」
「一応私達はトールさんのマスターということになっていますから、そのあたりに関係があるかもしれませんね」
「そっか、わたし達ってトールのマスターなんだよね。最近すっかり忘れていたよ。トールってば変に人間臭いんだもん」
元は人間だからな、とトールは心の中でつぶやく。人間臭いのは当たり前の事なのである。
しかしそういったことは検閲を受けているみたいで言葉にできないので、トールは黙っていることしかできないのである。
「……その辺はおいおいということにしましょう。さて、どうしますか? まだ練習を続けますか?」
「そうだね。あと一回お願いできる?」
「あたいは大丈夫っす。イオンはどうっすか?」
「私も大丈夫ですよ。ナーリャさんに付き合います」
二人の了承を得られたナーリャは、最後と言ってお菓子を口に入れると、お茶と一緒に飲み干す。そして椅子から立ち上がると、トールが入ってきた時と同じように壁際へと立った。
「それでは魔術具のランプについて、城塞都市ダナンにあります『流れる羽』亭の店主、ナーリャがご説明させて頂きます。まず初めにこのランプの特徴は……」
こうして、ナーリャの発表に向けた最後の練習が始まった。
□ ■ □ ■ □ ■ □
「やあ、クリシュ。すまないね、呼び出したりして」
「いえ、大丈夫ですわお兄様。でもどうしたのです? こんな時刻に」
ここはアトラの屋敷の執務室である。中央奥には執務机が置かれ、その上には幾枚もの書類が束ねられている。他にも書棚が設けられており、本や書類束といったものがまとめられていた。
中はランプで照らされているが少し薄暗く、ランプの火によってゆらゆらとした影が見て取れる。
執務机にはアトラが座っており、その対面にはクリシュが寝間着に一枚羽織った姿で座っている。そしてその斜め後ろにはぺルラも立っていた。
「少し聞きたいことがあってね。おそらく一番詳しいのはクリシュとぺルラだと思ってね」
「聞きたいこと、ですか? 私で分かることであれば、何なりとお聞きくださいませ。ぺルラも大丈夫ですよね?」
「はい、もちろんです」
「そうかい。そういってもらえると助かるよ。さて、聞きたいことだが……」
アトラは一拍置き、椅子にもたれ手を机の上で組むと話を始めた。
「彼、トール君についてだ。彼が初めて見つかったのは、ファボルの森のダナン近くだったんだよね?」
「はい、その通りです。冒険者が森の調査のため入り込んだところ、発見したということです」
「私もそう聞いております。冒険者さんが見つけたと」
「ふむ。それでどうやって彼女ら、ナーリャさんとリューナさんの手に渡ったのかな?」
「ダナン郊外にある雑貨店『たぬきの尻尾』という店の店主が、その冒険者から買い上げ、それをナーリャ殿が購入したということです」
クリシュとぺルラは、アトラの質問に対して答えてゆく。
「そうか。それでトール君が居たとされる場所にも、ぺルラは調べに行ったんだよね」
「その通りです。途中思いがけない障害もありましたが、無事調査を終えています」
「たしか、化け物に会ったのだったかな。報告によると……」
「オニ、と呼んでいます。トール殿がそう呼んでおりましたから。大きさは私の2倍ほど。膂力が強く、また再生能力も保持していました」
「そうだったね。それで、トール君が居た場所では、何か見つかったのかい?」
「小さな祭壇見たいなものを発見しました。これは冒険者たちも見つけており、そこにトール殿がいたということです」
アトラは話を聞くと、一度背もたれに寄りかかるようにして座りなおす。組んでいた手は解かれ、ただ机の上においている。
「その調査は、君が行ったのかい?」
「いいえ。ナーリャ殿とリューナ殿にお願いしました。彼女らも何も見つけられなかった様です」
「それが嘘の可能性は?」
「お兄様! いくらお兄様でも、私のお友達をお疑いになるなんて、ひどいです!」
クリシュは思わずといった体で椅子から立ち上がる。
「クリシュ。君の友人を疑っているわけではないんだよ。気になっているのは、トール君の方さ」
「トール様、ですか? トール様も私のお友達です」
「おっと、すまない。ただどうしても気になることがあってね」
クリシュは落ち着くと、もう一度椅子へと座る。それを見たアトラは、もう一度手を組みなおす。
「彼に今日、帝国について聞いたね?」
「はい。お聞きになられました」
「その際彼は、情報がないからわからない、ただ情報の収集はしておくべきだという意見の述べた。その考え方は、一般の市井の者ではなく、きちんとした教育を受けたものの考え方だ。それを杖が持っているなんて、だれが考えるだろうか」
「それは……ただ単に、トール様が博識だというだけでは?」
「知識を持っている。そして考えもする。しかも高度にだ。そしてあのゴーレムは、彼が作り出したものだという。市民どころか、下手な貴族や技術者以上の知識を有していると考えられるね。そしてあの光る巨人を作り出す能力だ。気にならないという方が、嘘になってしまう」
「確かにそうですが、それが一体?」
クリシュはアトラの言っていることが理解できずに首をかしげる。
「手元にあるならいい。だが敵対するものに味方するようになれば、かなりの脅威になりかねない。今のところ彼女らに素直に従っているようだが、この先どうなるかは判ったものではない」
「そんな! トール様がそんなことをするなんて、考えられません!」
今度は立ちはしないまでも、クリシュは体を乗り上げるように前へと出してアトラの言を否定する。
「だからね、クリシュに聞いておきたいのさ。君はどうしたいかを。ダナンの敵となった場合、彼の杖をどうするか」
「わたくしに?」
「そう。君が決めるんだ、クリシュ。ダナン家として生まれた者として、クリシュ個人として。私はその決定を支持しよう」
アトラは鋭くクリシュを見つめる。その眼差しはいつもクリシュに向けている暖かさを感じさせるものとは程遠く、クリシュを不安な気持ちにさせる。
「わ、私は……」
クリシュは自分の頭の中が真っ白になっていくのを感じていた。トールと敵対ということになれば、それは必然的にナーリャとリューナとも敵対することになる。もしかすれば、この旅で新しく友人になったカルンとイオンとも。
しかしダナン家の一員として、その血筋を持つ者としては敵対するのであれば排除しなければならないと嘯いている。それが貴族としての生き方であると。
「クリシュ」
そのアトラの呼ぶ声に、クリシュはビクッと反応する。
その表情は今にも泣きそうなものであり、それをアトラの方へと向けた。
「今すぐ決めなくてもいい。別に現時点で彼が敵対しているというわけではないからね。しかしこの件に関しては君が決めるんだ。いいね」
「はい……」
「夜分に呼んですまなかったね。自分の部屋へと戻るといい」
「……はい、失礼します」
クリシュはゆっくりと立ち上がると、そのまま執務室を出ていく。
ぺルラもまたクリシュに付き従い、部屋を出ていこうとするが、それをアトラに止められた。
「アトラ様?」
「部屋まではメイドに任せてあるから心配いらないよ。それに、君も聞きたいことがあったんじゃないかな? 表情に出ていたよ」
開け放たれていたドアの先をぺルラが確認すると、数人のメイドに連れられて部屋へと戻っていくクリシュの姿が見て取れた。そのため、大丈夫だと判断して、ぺルラは開いていたドアを閉める。
「……表情に出ていたとは、私もまだ未熟ですね」
「それだけクリシュを大事にしてくれているという事だね。さて、聞きたいのは何かな?」
「なぜ、クリシュ様にあんなお話を?」
「ふむ、少し話をしておこうか。さてと、どこから話そうかね」
アトラはペトラに向かって、ゆっくりと語り始めた。




