杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト33
「さてと。帝国について詳しくないと言っていたね。では少し説明しておこうか」
アトラは馬車に揺られながら、トールへと帝国について語り始める。
「かの国はこの王国より長い歴史を持っていてね。この王国が約300年ほど前に建国されたが、帝国はそのさらに100年ほど前と言われている。まあ彼らに言わせれば千年帝国を名乗ってはいるが、その実は眉唾だよ」
アトラは組んでいた足を組みなおしながら、話をつづけた。
「この国より北に位置し、気温もこの国よりかは低い。そのため食料事情は良くなく、また魔物も狂暴なものが多い。しかし鉱石が豊富に産出され、また有能な戦士が多いことでも有名だ」
有能な戦士という言葉で、トールはカルンの事を思い出す。ただ彼女のような特異個体はさすがに少ないだろうとは予測していた。
「歴史の中で何度か軍事衝突したこともあるみたいだが、ここ100年ほど我が国とは平和に交易を行っている。主にこちらは食料を、あちらは鉱石といった感じだね。他にも宝石類も購入している。これは魔導技術に宝石が必要だということも理由に挙げられるね。近年では交易量が増えているという話をよく聞くよ」
魔導技術、特に魔法陣に関して宝石というのは重要な素材である。魔法陣を刻み、その溝に属性と相性が良い宝石の粉を押し固めることで、効率的な魔力運用を行える。代替え品はあるが、効率面では劣ることが多い。
トールは知らないが、他にもプラーミアなどの道具を作成する際に、その属性と合わせた宝石を混ぜることで威力が上がったりする効果も持ち合わせているのである。
「魔道具に関しても、我が国が技術的に優れているため輸出の多い物品となっているね。と、そういった背景があるわけだが、そこで今回の帝王の崩御の一報が入ったというわけだね。では、これらを踏まえて君はどう見るかね?」
どう見るか、と言われてもというのがトールの心情である。こんな表立った情報を得られたとしても、内部に関する情報が一切ない状態では、推測も立てられない。
しかも、なんでまたトールにそんなことを聞きたがるのかが、理解できなかった。
「アトラ様。正直申しまして、これらの情報では何も推測できるものではないですよ。いえることと言えば、代替わりというものは、得てして均衡を崩しかねないため、情報の収集は怠らない方がいいのでは、といった程度です」
アトラは少し驚いた表情をした後、笑顔となる。その笑顔はトールには不気味に感じた。
「その通りだね。君に知らせていない情報なんて、多くあるからね。いやはや、つまらない質問をして悪かったね」
アトラはそういうと、今度は他愛のない話を振ってくる。王家主催の社交会はどうだったかであったり、クリシュの交友はどういったものかというものである。クリシュに関して本人が語っていたが、トールから見てどうだったかを聞かれたりした。
そうして話を続けているうちに、馬車はアトラの屋敷へと戻ってくる。門の前では暗い中、執事の男性が立って待っていた。
馬車は執事のすぐ横につけると、そこで停車した。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「ああ、今帰ったよ。屋敷の様子はどうだったかな?」
「何事もなく」
「そうか、それならよかった。ではクリシュを案内してもらえるかな?」
「畏まりました」
執事は馬車のドアを開けると、クリシュの支えのために手を差し出す。その手を取ったクリシュは、反対側の手にトールを持って、馬車を下りた。
アトラとぺルラはその後に続いて馬車を降り、屋敷の中へと入っていった。
「では私は愛する妻の元へと向かうよ。みんなご苦労だったね」
「はい。お兄様もお義姉さまへ、よろしくお伝えください」
クリシュはアトラへと返事を返し、ぺルラは一礼する。
それを見届けたアトラは、そのまま自室へと戻っていった。
「トール様も有難う御座いました。色々とお付き合いして頂きまして」
「気になさらないで下さい。特に何か出来たわけでもありませんでしたから」
トールがここ数日間クリシュの護衛として社交の場に参加して、できたことと言えば道中で会話して暇つぶしくらいのものである。
しかしクリシュにとってはそうではなかったらしい。
「いいえ。トール様が一緒にいて下さったので、緊張せずに済んだのです。なにせ私は社交においては、トール様の先輩ですからね」
可愛らしくウインクをするクリシュ。いつかの馬車の中で、トールが冗談としていった台詞であったが、クリシュにとっては気に入ったみたいであった。
「そうでしたか。ではお役に立てたようで何よりです」
「はい。それではトール様もお部屋にお戻りになられますか?」
「そうしようかと。彼女達も残していますから。我がマスターとしては気にもなりますからね」
トールは芝居かかったように台詞を述べ、柄の先端を宝玉部したに当てて一礼をする。それがクリシュには可笑しかったのか、クスクスと笑い声を上げる。
「そうですね。それではまた明日お会いしましょう、トール様」
そういってクリシュは執事に連れられてぺルラと共に自室へと帰っていった。
残されたトールは、ふよふよと浮かびながらナーリャとリューナの部屋へと戻っていく。途中幾人かのメイドとすれ違うが、彼女らは特に驚くといった様子を見せなかった。
トールがここに来た当初は、何人かのメイドはトールが浮かんで移動しているのを見て悲鳴を上げたこともあったが、実になれたものである。
メイドとすれ違ったトールは、おそらくコンテストの練習をしているであろうナーリャ達に、何か持っていこうかと思い立つ。
「すみません、ちょっといいですか?」
トールが次にすれ違ったメイドに声をかける。
「はい、何か御用でしょうか?」
このメイドもトールに話しかけられても驚くことなく対応をする。プロである。
「4人分の飲み物と、あとなにがしらのお茶菓子をいただきたいのですが、いいですか?」
「ナーリャ様達の、でございますね。承りました、後程部屋へとお持ちいたします」
「有難う御座います。よろしくお願いします」
トールは飲み物とお茶菓子をお願いして、部屋へと向かっていく。こういった練習というのは、つい熱が入りがちになりやすく、疲れと喉の渇きが結構くるのである。そういった経験のもと、トールは飲み物と甘い物をお願いしたのである。
「戻ったぞー」
トールは部屋の前にたどり着くと、ドアの柄の先端でノックする。すると中から何やらあーという声がした。
「入るぞ?」
トールは念のためもう一度声をかけてから、中へと入っていく。中の状況はナーリャが壁際に立ち、リューナ、カルン、イオンはその対面に座っているといった様子であった。
「もう! トール、もう!」
トールが中に入ると、壁際に立っていたナーリャになぜか怒られた。
いったい何の事だかわからないトールは、とりあえず聞いてみることにした。
「すまないが、一体なんだ? なんか怒られることしたか?」
「おかえりなさい、トールさん。今講演の練習をしていて、上手くいっていたときにトールさんが帰ってきたのですよ」
なんだがプリプリ起こっているナーリャに代わって、リューナが状況を説明する。丁度通しで練習をしており、特にミスもなく最後の部分に到達したときだったらしい。
「そうだったか。すまなかったな、ナーリャ」
「まあ、別にトールのせいじゃないんだけどね、ないんだけどね」
ナーリャは分かってはいるが納得ができないという様子である。
「お詫びというわけではないんだが、さっきメイドさんに飲み物とお菓子をお願いしておいたから、少し休憩を入れたらどうだ?」
「お菓子!? ちょっと休憩したいと思っていたんだ!」
トールの言葉を聞き、ナーリャはすぐさま機嫌を直す。ちょっとテンションも高そうである。
「お菓子、ですか」
反面、リューナは少し下を見ると、何やら言いたそうな目付きをする。
「ん? リューナは食べないのか? カルンとイオンはどうする?」
「もちろん食べるっすよ」
「えっと、その、私は……」
カルンはすぐさま食べる宣言をしたが、イオンの方は少し口を噤む。
と、そうしたときにドアをノックした音が聞こえた。メイドが飲み物と菓子を持ってきたのだ。中に入ったメイドは、すぐさま飲み物を準備し、手で食べられるような固めに焼いた焼き菓子をおいていく。
そうして準備を整えたメイドたちは、一礼をした後部屋を退出した。
「いただきまーす」
ナーリャとカルンは、お茶を一口飲むと焼き菓子に手を出す。その棒状のクッキーのようなものを口に入れると、幸せそうな顔付きとなる。
「おいしいね。丁度いい甘さとお茶がすごくよく合うね」
「ほんとおいしいっすね」
ナーリャとカルンが美味しそうに焼き菓子を頬張っている姿を見て、リューナとイオンは一度目を合わせると、焼き菓子に手を伸ばした。
「意思の弱い自分を呪います」
「明日が終われば、ダナンへ帰りますから。そうしたら頑張りましょう、リューナさん」
「そうですよね。戻って頑張ればいいんですよね、イオンさん」
何やら互いに納得しあう二人を見て、トールは首、というか宝玉部を傾げた。




