杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト32
暫くの間、右往左往しながらアトラと王子の言い争いを見ていたクリシュであったが、意を決し声を上げた。
「お兄様、いい加減にしてくださいまし。王子殿下、申し訳ございません」
かなり近い距離で言い争いをしていたアトラであったが、クリシュのその言葉を聞いてすこし下がる。
「クリシュ、王子殿下への諌言も臣下としての役割だよ。王族たる者、臣民に模範となる行為をせねばならないからね」
「何を言っているんだい、アトランクス。僕はただクリシュタール嬢への挨拶をしに来ただけじゃないか。まったくこれだからシスコンと言われるのだよ」
「おや、王子殿下。妹たるクリシュを愛することに何の弊害がありましょうか? 私はクリシュに悪い虫がつかないか心配でならないだけですよ」
「ならば心配しなくてもよい。僕がその悪い虫とやらを排除しようじゃないか」
「いえいえ。王子殿下にこれ以上お手を煩わせるのも悪いですよ。ここは私がきちんと行いますので、どうか王子殿下は別の場所でお願いいたします」
クリシュの決意はあっさりと流され、またも言い争いを始める。
それにクリシュは困り果てた顔をし、少し涙目となる。
それに気が付いた王子とアトラは、互いに目を合わせると、クリシュをなだめ始めた。
「クリシュ、すまなかった。別に悪気があったわけじゃないんだよ」
「クリシュタール嬢、すまない。君を困らせる気はないんだ」
あれやこれやとクリシュに気を使う二人である。最初からそうしていればいいのに、とトールは思っていた。
「お二人とも、仲良くしてくださいませ。クリシュは悲しゅうございます」
「もちろんだとも。アトランクスとは仲がいい分、少し砕けた物言いになってしまってね。クリシュタール嬢を悲しませたとしたら、申し訳ない」
「クリシュ、王子殿下も言っている通り、仲が悪いわけではないのだよ。少し羽目を外しすぎただけだ」
クリシュは二人になだめられ、少し笑顔を取り戻す。
その様子を見て安堵した王子は、すこし表情を真面目にして話を始めた。
「さて、アトランクスが来たので丁度いい。少し話をしておきたいことがあったんだ」
王子ディベルシオンが真面目な表情となったことで、アトラもまた表情を改める。
「王子殿下、お話とは?」
ディベルシオンはあたりを少し見回した後に、話をつづけた。
「まだ確定情報ではないのだがね。帝国の皇帝が崩御したという話を聞いた」
それを聞いたアトラは、眉をピクリと動かす。
「どの程度?」
「ほぼ確実。まだ正式な使者は来ていないが、それもすぐだろう。後釜は一人息子のはずだ。まだ若干9歳のね」
ふむ、と言ってアトラは顎に手を当てる。
「この情報はどこまで?」
「父上は把握している。オンヘルックは別の者から聞いているだろうさ。大臣あたりからかな。僕としては、今回の件に限って言えば特に何もすることはないと思っているからね。むしろ国境に近いダナン家の方が大変だろう?」
「確かにそうですね。確か有能な宰相がいたと思いましたが、彼が後継人を?」
「みたいだ。若手ナンバーワンと言われる彼が付いているから、滅多なことにはならないと思うがね。ま、用心に越したことはないと思うよ」
「……有難う御座います、王子殿下」
アトラはディベルシオンに対し一礼にて礼を現す。
「なに、気にすることじゃないよ。僕としてはクリシュタール嬢とお話させてもらえれば、それに越したことはないんだがね」
「それとこれとは話が別ですな、王子殿下」
真面目は話はそれで終わりか、すぐにまた笑顔となってにらみ合う二人。
それをふぅ、とため息をついて心配そうにみるクリシュである。
「仕方がない、今回はお暇するとしよう。なに、明日もまた会うわけだしね」
「王子殿下もコンテストに出席されるのですか?」
「ああ、その通りだよクリシュタール嬢。実は父上は明日参加しない。それも先ほどの情報が原因だね。すこしやることができたみたいで、その対応に当たるようだ。その代理として僕が参加するんだ」
ディベルシオンはやれやれといった感じで、手の平を上に向けて首を振る。
「ではまた明日にあいましょう、クリシュタール嬢」
「はい。お会いできるのを心よりお待ちしております」
クリシュは裾をドレス摘み上げて一礼をする。
それに手を振り返しながら、ディベルシオン王子は別の集まりへと歩みを向けていった。
「さて、トール君。分かっているとは思うが、このことは他言無用だよ。まあ、彼女らに行ってもいいが、そこから漏れたとあっては、さすがに何もしない訳にもいかないからそのつもりで」
さらっとトールへ口止めをすると、アトラは楽しんでおいでと言ってクリシュの傍から離れていった。
トールの知識では、帝国と言えばナーリャ達に以前聞いた北にあるというボレアース帝国が思いつく。鉱物の産出が豊富で、このクリーオス王国とも貿易がある国である。ゴーレムの素材探しの時にその名を聞いたことがあった。
「さて、トール様。あと少しですので、お付き合い願いますね」
そうクリシュに囁かれ、トールは意識を戻すと本来の役目である護衛を思い出して、一応の警戒を再開する。
その後クリシュは何人もの令嬢や貴族に挨拶をされ、そのたびに笑顔で返すといったほかの社交会と同じようなことを繰り返していく。
そうして夜も更け、国王の挨拶の後に解散となったのである。
「クリシュ、疲れてはいないかい?」
「はい、大丈夫ですお兄様」
「ならよかった。では馬車で帰るとしようか」
アトラと合流したクリシュは、アトラに連れられるように会場を後にする。その後止めていた馬車まで執事に案内され、中へと乗り込んだ。
「出してくれ」
アトラの合図に従って馬車は動き出す。城門までは案内に誘導され、ゆっくりとした動きで進んでいった。
「まずはお疲れ様。本当に大丈夫かい、クリシュ?」
「はい、お兄様。私は大丈夫ですよ。トール様も有難う御座いました」
「請け負った仕事ですから。クリシュ様もお疲れ様でした」
トール達が乗っている馬車は、城門を過ぎるとガタガタと音を鳴らしつつ道を進んでいく。あたりにはまだ人通りが少しあり、それが時刻がまだそう遅くないことを教えてくれていた。
「さてと、トール君。君はどう思うかな?」
いきなりのアトラの質問に、トールは何の事だか理解が追い付かなかった。
「何のことでしょうか、アトラ様」
「ふむ、そうだね。帝国の事を君はどう思う?」
トールが帝国と聞いて思い出したのは、皇帝が崩御したという情報のことだ。それをどう思うかとアトラは聞いてきているのである。
その答えとして、トールはまず最初に思い浮かんだことは知るか、である。自身とナーリャ、リューナに直接関係のない事柄であるため、トールとしては特に深く考えてはいなかった。
「そうですね。色々と厄介ごともあるでしょうが、はっきりと申しまして私には情報がないので、何とも言えないというのが本音です」
トールは咄嗟の思いつきで答える。
「そうか。まあ、確かにそうだね」
「それにしても、あそこで脅しておいてそれはないでしょう、アトラ様?」
トールはあの場で、アトラにこの情報が漏れた時は、どうなるか知らないと言われたことに少し腹を立てていた。それもあっての意趣返しでの発言である。
「あっはっは。その通りだね。一応言っておくが、あまりキツイ意味でいった訳ではないのだよ。信じてもらえるかはわからないがね」
トールは、アトラのその言葉を鵜呑みにしない。警戒はしておいて損はないと考えていた。




