杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト31
「ローザディエ様。ご機嫌麗しゅう」
クリシュは挨拶をされ、それに返答する。
相手の令嬢ローザティエは、赤を基調としたドレスに金糸の刺繍、それに黒のアクセントのドレスと、トールから見てどこかで見た洋装をしていた。
その容貌は、彼女のキツイ眼差しと相まって、冷淡な美人という感想をトールへと抱かせていた。
彼女は黒紫色の束ねた髪の前髪を手でいじりながら、クリシュの傍へとやってくる。
「お久しぶりですわ。確か最後にお会いしたのは、クリシュ様の社交界デビューの時かしら?」
「はい。そうだったかと思いますわ」
クリシュとローザディエと呼ばれた少女は、挨拶の言葉を交わしながらドレスの裾を持ち上げ一礼をし合う。
「オホホ。最初に挨拶に来られるなんて、殊勝です事」
「まだローザティエ様にご挨拶出来ていませんでしたから。お元気そうで何よりですわ」
「ええ、あなたも。そういえば杖をお持ちになり始めたようですわね」
と、ここでトールの話になり、ちょっと聞き耳を立てる。
彼女、ローザティエも杖を持っていた。その杖は華美な装飾が施されており、まるで実践使用を想定されていないかのようなものである。
「はい、これからは魔術のお勉強もしていこうかと思いまして」
「そうですのね。言ってくださればそんな古臭い杖ではなく、新しいものを差し上げますのに」
ローザティエはキツイ目つきでトールの事を見て、次に自分の杖を見る。
トール自体の形状は、ほぼまっすぐな柄の部分とその先端に宝玉らしき物がくっついているだけの、シンプルな形状である。それと見比べると、ローザティエの持つ杖は美麗ともいえるであろう。
トールが内心シンプルの方が何かと良いんだと思っていると、それを代弁したかのような言葉をクリシュが言っていた。
「有難う御座います。ですが、この趣も素敵だと私は思っておりますわ。ただ、残念ながら実はこちらの杖は借り物ですの。まだ勉強し始めたばかりの者に専用の杖を持たせるのは早いと、お兄様に言われてしまいましたの」
「まあ、そうでしたのね。相変わらずのお兄様見たいですわね。いいですわ、今度私があなたに良い杖を見繕いますわ。楽しみにして頂戴」
「まあ、有難う御座います」
クリシュは嬉しそうに笑いながら、ローザティエに話しかけていた。
ローザティエの方は、一見かなりキツイ眼差しでクリシュを睨んでいるように見える。しかしトールがその会話を聞く限り、この二人は普通に仲がよさそうである。
「さて、そろそろお行きなさいな。あまり長居しては、何かと問題でしょう?」
ローザティエは声を小さくし、そうクリシュに言う。
「すみません、本当であればもっとお話ししたいのですが」
「仕方ありませんわ。私のお兄様もそろそろこちらに気が付くでしょう。今度王都に来られた時は、こっそりと会いましょう」
ローザティエは、そのキツイ目付きで、しかし笑顔にてウインクをする。
「はい、それでは失礼致します、ローザティエ様」
「ええ、また会いましょう、クリシュタール様」
別れの言葉を告げ、クリシュはその令嬢から離れる。その表情は少し寂しそうであった。
「今の方がローザティエ・レステ様です。そのお名前の通り、レステ家の長女の方です」
トールと抱えるように持ち直すと、トールの宝玉部を顔の近くまで来るようにする。そしてクリシュはローザティエについてトールへと小さな声で説明する。
「本来は敵対する家柄。ですがあの方は、以前より何かと私に気をかけてくださいますの。きつく見られがちですが、とても良い方なのです」
確かにな、とトールは思う。
ローザティエは、トールから見ても眼差しのキツイ女性に見受けられた。はたから見れば、ほんわかという表現があうクリシュと、その厳しい眼差しを持つローザティエの会話は、ローザティエが責めているように見えなくもない。
実際は先ほどのように、普通に楽しそうに会話をしているだけであるが。
「私のお兄様は特に気になさらないようですが、彼女のお兄様は私とローザティエ様がお話するのを、良く思われなくて。ですからあまり長くはお話できませんの」
トールの頭の中には、先ほどみた達磨のような男オンヘルックが浮かんでいた。確かにキツイ眼差しは似ている所があるが、その体格は似ても似つかない。
「つまりは、敵対する家柄ではあるが個人的には仲良くしてもらっているということですか?」
トールも周りに聞かれないように、小さな声でクリシュに話しかける。
「はい、その通りです。できれば家とか関係なくお話したいのですが、なかなかうまくはいきません」
クリシュは少し寂しそうにそうつぶやく。
「まあ、クリシュタール様。ご機嫌麗しゅう」
そうしていると、クリシュに別の令嬢たちが話しかけてくる。
クリシュは挨拶を返すと、その令嬢たちとの会話へと入っていく。その様子は普通に楽しんでいるものであるため、同じ派閥の令嬢かとトールは考えていた。
暫くの間、クリシュはその令嬢たちと話をしていた。するとそこに一人の男がやってきた。
「クリシュタール嬢、すこしいいかな」
きゃあ! と他の令嬢たちが黄色い悲鳴を上げる。トールがその男をよく見ると、つい先ほど見かけた顔であった。王の横に立ち、王と同時に入場してきた男。つまりは王子である。
「すまないが、クリシュタール嬢と少し話がしたいんだが、良いかな? 君たち」
問われた令嬢たちはすぐさま、はいぃと言ってコクコクとうなずく。そしてクリシュに一言挨拶をした後にその場から立ち去って行った。
トールは改めて王子を見る。アトラが言っていた馬鹿王子というのも相まって、興味深々であった。。
金の髪を耳がかかる程度に伸ばし、その容貌は美男子というのにふさわしい。いわゆるイケメンである。白を基調とした礼服に身を包んでおり、まさに王子様を体現した見た目をしていた。
「ディベルシオン王子殿下、お久しゅうございます」
クリシュはドレスの裾をつかんであげると、一礼をする。
「やあ、クリシュタール。元気にしてたかい? なかなか会う機会がなかったから、心配していたんだよ」
気障ったらしい。トールの最初の感想だ。
先ほどのは前髪を払いのけながら言ったセリフであったので、トールはそう思ったのである。
「王都へと参るのも、ずいぶんと久しぶりになってしまいましたから。ディベルシオン王子殿下もお元気そうで何よりです」
「ディベルで構わないよ。君との間じゃないか」
トールは何となくアトラが馬鹿王子と言っていたのを納得する。話を聞いているだけで、イラっとしてきていた。言い回しといい、話し方といい、気障ったらしさが満開なのだ。
「いいえ王子殿下、さすがにそれは……」
「不敬になってしまいますからな、ご容赦願います。王子殿下」
と、そこに別の男の声が聞こえてくる。それはアトラのものであった。
おそらくクリシュに王子が近づいてきたのを察知したのであろう、いつの間にかクリシュの横まで来ていた。
「……やあ、アトランクス。久しぶりだね」
「王子殿下も相変わらずのご様子。安心しましたよ」
笑顔のまま声を掛け合う二人。しかしその表情とは打って変わって、ピリピリとした空気が流れている。
「これからクリシュタール嬢と会話を楽しみたいんだが、君は席を外してくれないかな、アトランクス」
「いえいえ、男と二人にさせるなど、どんな醜聞が流れるか分かったものではありませんからね。二人きりになどと、とんでもない話ですよ、王子殿下」
「おや、君は僕と一緒にいることが醜聞になると言っているのかな、アトランクス」
「何を仰られるのか。クリシュと二人きりになられる王子に、そのような醜聞が流れることを危惧しているのですよ、王子殿下」
王子とアトラ。にっこりとした笑顔のままで応酬が繰り広げられる。
「クリシュタール嬢といることで、僕に醜聞が流れるなんてあるわけないじゃないか。それとも君はクリシュタール嬢を卑下しているのかな、アトランクス」
「何を馬鹿な事を仰っていらっしゃるのですか。至高の宝石に手汗を付けるものがいれば、それは十分醜聞になりえるのですよ、王子殿下」
「……先ほど不敬にあたると言っておきながら、この発言はどうなんだい、アトランクス」
「はて? アレな行動を戒めるのも臣下の役割。必要に応じては、心苦しくも発言をしております、王子殿下」
「アレとは何かな、アトランクス」
「はてさて、直接口に出してよい言葉というもんがありますからな、王子殿下」
「君は直接口に出せないような言葉を、王子に言っているのか、アトランクス」
笑顔のままでのアトラと王子の応酬に、端に取り残されたクリシュはおろおろと戸惑いを隠せずにいた。




