杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト30
トールの感想は最初は広い、だった。
学生時代の体育館を思い出す広さに、地面には赤を基調とした絨毯が敷詰められ、いくつもの丸いテーブルが設けられている。天井にはいくつかシャンデリアが設置され、中央には一際大きなものが取り付けられていた。
そして一番奥、最も目立つ箇所には豪勢な椅子とテーブルが一段高くなった場所に設置されていた。
「すごいもんだな」
トールは小さくつぶやく。
もう日が落ちているが、それでもこの会場は多くのランプの光に照らされて、十分な明かりが取られている。その一つ一つが煌びやかに室内を彩っている。
その光景に、トールは今まで参加した社交界の会場は、まるで練習場みたいなもんだなという感想が浮かんでいた。
「さてと」
アトラはそう小さくつぶやくと、室内へと入っていく。それに付いていく形でクリシュも中へと入っていった。護衛役であるぺルラは付いてこず、他の場所で待機するようだった。
中にはすでに数十人以上もの人がいる。それぞれ手にグラスを持ち、思い思いに会話をしている。そしてそれらの人々の視線が一気にアトラ達に集中した。
ある物はその場で頭を下げ、ある物は声をかけようと付近までやってこようとする。しかし実際に声をかけるまでにはなぜか至らない。
そうした様子を確認したトールは、アトラ達ダナン家というものは、やはり偉いのだなという考えが浮かんできた。
どうでもよい者が入場したとしても、それはほとんど反応されないであろう。せいぜい親交深い者ぐらいだ。
それでも中にいた者ほとんどが何かしらの反応を返していることを見ても、十分アトラとクリシュ、引いてはダナン家の存在感が大きいことは見て取れた。
「これはこれはアトランクス様、お久しゅうございます」
中へと入っていくとアトラは太めの男性に声をかけられる。声を掛けてきた男の年は30程に見受けられるが、トールが目に入ったのはその衣装だ。まるで達磨である。
赤を基調として、ところどころに金糸で刺繍がされており、また黒い生地で彩られた箇所も多く見られた。そのためトールからすれば、男の体格も相まって達磨に見えたのだ。
「おや、オンヘルック様。お久しぶりです」
アトラは達磨、もといオンヘルックと呼ばれた男に返事を返す。
「オンヘルック・レステ様です。レステ侯爵家の長子ですね」
小さくクリシュはトールへと説明をする。
レステ侯爵と言えば、ナーリャを狙ってきたと思われる貴族であり、ダナン侯爵家とは敵対する間柄の家である。
トールは少し気構えを改めると、アトラとオンヘルックの会話を耳だてる。
「いやはや、クリシュタール様もお久しぶりですな。ますますお美しくなられて」
「ありがとうございます、オンヘルック様」
クリシュはドレスの裾を摘み挙げると、オンヘルックへ一礼をする。
「何やら道中色々と大変だったようで。まったくもって不届き者というのは、どこにでもいるようですなぁ」
いやらしいという表現がぴったり当てはまる表情をし、オンヘルックは語り掛ける。
しかしアトラとクリシュは表情を変えることなく、オンヘルックへと返事を返す。
「仰る通りですな。なに、王が国を脅かさんとするものは、すぐさま排除して御覧に入れますよ」
その返答に、オンヘルックはフン、と不機嫌そうな表情になる。
「それでは、私はこれで。なにせ私と話をしたいという者を多く待たせておりますでな。今日と、そして明日もよろしくお願いしますな」
「ええ、こちらこそ。それでは」
オンヘルックは踵を返すと、すぐさま別の場所へと立ち去る。その先ですぐに幾人かの男に囲まれて談笑をし始める。
「さて、トール君。彼があのレステ家の長男だよ。まったくもって嫌味たらしい男だが、それでもそこそこ頭が良い。彼の動向は気を付けておいた方がいいね」
アトラもまた周りに聞こえないよう小さな声で、トールに語り掛ける。
トールは他に見えないようにうなずくことで、アトラに返事を返した。
「さてと、すまない。何か飲み物を二つお願いできるかね」
近くの従者にアトラは飲み物を依頼し、中央へのテーブル近くまでやってくる。
するとすぐさま幾人かの男たちに囲まれることとなった。
「これはこれはアトランクス様。ご機嫌麗しゅう」
「お久しぶりでございますな、アトランクス様」
「クリシュタール様、ご機嫌麗しゅう。日に日にお美しくなられておりますな」
その男たちはすぐに挨拶をすると、アトラとクリシュをほめたたえる言葉を並べ始めた。
この光景は、この数日間クリシュと同行したトールにとっては、実に見慣れたものとなっていた。どの社交の場でも、すぐに挨拶にやってきてその後は褒めたたえる言葉をかけてくるものが多かったのである。
それらの言葉に、アトラとクリシュは笑顔を向けながらも答える。これもまたトールの見慣れたものになっていた。
トールはクリシュの手に収まりながらも、貴族ってやっぱり面倒くさいものだなと心の中で思っていた。
「傾聴願います! 国王陛下、およびディベルシオン王子殿下、ご入場です!」
トールがそんなことを考えていると、王の入場の掛け声が場内に響き渡った。
室内にいた者は、すぐさま談笑をとめ入口へ視線を向ける。
入口の扉はゆっくりと開かれていき、その中央にいる人物の姿を現す。その人物は初老の男性で、白くなった髪の上に王冠、肩には赤と青を基調としたマントを羽織り、堂々とした態度で立っている。そのすぐ後ろには、赤と青を基調とした礼服を身にまとった若い男性も立っていた。
その二人の姿が見えたところで、参加者たちは一斉に頭を下げる。その中を二人は、扉をくぐりぬけそのまま奥においてある豪勢な椅子の前に立つと、声を発した。
「諸君、楽にしてくれたまえ」
その一言で、頭を下げていた参加者たちは一斉に顔を上げた。
「本日は我が招きに応じてくれたことに感謝を述べたいと思う。明日は我が主催である魔道具のコンテストを催す。その前夜祭と思い、今日は心行くまで楽しんでほしい」
参加者はハッ! と一斉に声を上げ、王はそれに手を上げて返す。
「さて、いくよクリシュ」
「はい、お兄様」
アトラとクリシュは、奥の椅子の前に立っている王へと歩みを進める。途中先ほど話をしたオンヘルックと合流する。
アトラとオンへルックは顔を合わせることなく、王の前へとたどり着くと片膝を床へと付け、臣下の姿勢をとる。
「国王陛下。この度はお招きくださり、有難う御座います」
「オンヘルック・レステか。大儀である。今日は存分に楽しむとよい」
「ハ、有難く」
まず始めに挨拶をしたのはオンヘルックである。その様子をみて満足そうにしている貴族たちがいたことに、トールは気が付く。
「国王陛下。本日はお招き頂き有難う御座います。父ダナン侯爵に代わりまして、子であるアトランクスがご挨拶に伺いました」
「アトランクスか。よいよい。あの者も忙しかろうて。それに後ろにいるのはクリシュタールだな?」
「はい、国王陛下。お久しゅうございます」
クリシュも王に声をかけられ、下げていた頭を上げる。
「ほっほっほ。久しいな。母に似て美人になってきたな」
「有難う御座います」
アトラとオンヘルックへの言葉とは違い、国王のクリシュに向けたそれは優しい響きを持っていた。
「お前も楽しむと良い」
「はい、ありがとうございます」
挨拶を終えて全員立ち上がると、国王の前を立ち去る。オンヘルックはすぐさま自分の派閥であろう者達のもとへと向かっていった。
アトラとクリシュは、ここから別行動となった。
アトラは自分らの派閥の者達のもとへ、クリシュは参加している令嬢たちが集まっているところへと向かっていった。
「皆さま、お久しぶりです」
クリシュがまず向かったのは、数人の令嬢集まっている所である。その身なりからすると、かなり身分の高い貴族の子息のようであった。
「まあ、クリシュタール様。ご機嫌麗しゅう」
令嬢の一人がクリシュに挨拶を返した。




