杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト29
リューナは、持っていた紙束の最初のページをトールへと見せる。
そこには『ゴーレム作成覚書』と日本語で書かれていた。
「なにって□〇△だぞ……ってこれも引っかかるのか」
久々に検閲がかかり、トールはようやく気が付いた。そう、トールが言おうとしていたのは、日本語である。このメモは日本語で書かれているのである。
トールはもとよりこの世界の文字は知らなかったが、≪知識の泉≫の機能を得たことにより読むことが出来ていた。しかし書くとなると話は別である。
トールが文字を読もうとすると、その文字の傍に日本語訳が出てきて、それで意味を把握することができるのである。そしてトールはその機能に頼りきりになり、今なおこの世界の文字をほとんど覚えていなかったのである。
「こんな文字は見たことがありませんよ。一体なんの文字なのですか?」
「あーそれな。なんというか、俺が知っている文字ってそれだけなんだよ。特に人に見せるために書いたわけじゃなかったから、それでいいやって思って。そうか、そりゃあ読めないよなぁ」
言葉ですらトールからすれば日本語で話している感覚である。しかし実際のやり取りは異なっており、トールがあくまでもそう認識しているだけの話であった。
そういったこともあり、文字の違いについてトールはあまり意識せずにここまで来てしまっていたのである。
「これはちょっと読めそうにないよ。図とか絵とかは何となくわかるけど、その本文はほとんど読めないや」
ナーリャも紙束を覗きながら感想を述べる。
「でもこれで、トールさんがすべきことが分かりましたね?」
とてもいい笑顔をトールに向け、リューナは紙束をトールの方へと突き出した。
「えっと?」
「私達が読めるように纏めて下さいね?」
ニッコリと笑顔のまま、リューナは再度紙束をトールへと突き出す。
その得も言われぬ迫力に、トールはそのまま無言でうなずき紙束を≪守護者の巨人≫で作り出した腕で受け取る。
「さて、それでは私は風の護りの、そうですね、護符とでも名付けますか。それの作成に入ります。ナーリャさんはランプの取り纏めを、トールさんはそれをお願いしますね」
「はーい」
「了解した」
それからナーリャとリューナが就寝するまで、それぞれの作業を進める。彼女らが就寝したのは、それから夜も更けてきた頃であった。
そうして、コンテストまでナーリャとリューナはそれぞれの作業を行い、トールはクリシュの社交での護衛の傍らゴーレムについて纏める。そうして4日が過ぎ、コンテスト前日になっていた。
クリシュの社交はほぼ問題もなく、トールは唯々クリシュに連れられて参加するだけになっており、特段何かするということもなかった。
ナーリャは何度か講演の練習をカルンやイオン、時にはクリシュやアトラにも見てもらいつつ積み重ねていった。
リューナは護符をいくつか作り出し、それをナーリャとリューナ、それにクリシュにもプレゼントしていた。
「では、行ってまいります」
「行ってらっしゃい、クリシュ様。トールも気を付けてね」
「お気をつけて。トールさんもよろしくお願いしますね」
本日は王族主催の社交会があり、それに参加すべくアトラとクリシュ、そしてトールは出発しようとしていた。時刻はすでに夕刻を過ぎており、外は薄暗くなっている。
その見送りにナーリャとリューナは立ち会っていた。なおカルンとイオンは部屋で待機している。
「さて、クリシュ。出発しようか」
アトラにエスコートされ、クリシュは待機していた馬車へと乗り込む。同乗したのはアトラとクリシュ、それと護衛役のぺルラである。
トールもここ数日と同様、クリシュに運ばれる形で馬車へと乗り込んでいた。
「さて、では出発してくれ」
アトラの合図で、馬車はゆっくりと動き出す。目的地は開催地である王城である。
馬車に揺られながらも、トールはここ数日での社交を思い出していた。
「アトラ様。正直言って私は不要だったんじゃないですかね?」
「おや、トール君。そんな悲しいことを言わないでおくれよ。あくまでも君にお願いしたのは、念のためだからね。問題が起こってもらっては困るさ」
「それは理解していますが……」
「すみません、トール様。ご面倒をお掛けしまして」
「あ、いや、別にそんな面倒ということでもないので、お気になさらないで下さい、クリシュ様」
トールは何度か参加した社交で、特に何をしたということはなかった。クリシュの周りにはどこそこの貴族令嬢が集まってきて、それらをクリシュが対応する、といったことがメインである。
その話と言えば、誰それの殿方が誰それの令嬢と懸想している、とか見目麗しい王子の話だとかがほとんどである。そのあたり全く興味のないトールは、なんだか気疲れが溜まっていたのである。
「しかしトール君、今日はある意味本番だよ。なにせあの馬鹿王子がいるのだからね。今までは私がクリシュに近づこうとする馬鹿どもを排除してきたが、今日だけはそうもいかない。君の出番だよ」
排除してたんかい、と心で突っ込みを入れながらトールはアトラの話を流している。自分が王族にできることなぞ、ほぼないと思っていたからであるし、何よりその話は一応の決着をしていたからだ。
「アトラ様。念のために言っておきますけれど、私はその王子を排除するといった事はしませんからね」
「はっはっは。分かっているさ。ただその王子が馬鹿な事をしでかした時は、よろしく頼むよ」
そこまでアトラに馬鹿と言われる王子に、少し興味を抱きながらトールは馬車に揺られて王城まで運ばれていく。
馬車は歓楽街を通ることなく大通りに出て、石畳で舗装された道を走っていく。道中の光景は立派な屋敷がほとんどであり、それを照らすように明かりが漏れている。それらはここが貴族街であることをトールに再認識させていた。
そのまま貴族街を通り、やがて城が見えてくる。それは石作りであり、トールがのぞく窓からは、そのすべてを見ることができないほど大きいものであった。
そのまま馬車は城へと進んでいき、かがり火が焚かれた城門に差し掛かった。
「ようこそおいで下さいました、ダナン様。今ご案内いたします」
城門の前に待機していた門番の一人が、別の門番に合図を送る。合図を送られた門番はすぐさま中へと走っていく。
暫くの後、ギギギと音を立てて城門が開き始めた。
「こちらになります」
門番はトール達を乗せた馬車を案内し始める。城門の中は開けた広場になっており、案内されている先には、いくつか馬車が止められているのが見て取れた。おそらく他の参加者のものであろう。
そのまま馬車は他の物とは違い、少し開けた場所まで案内された。
「こちらになります。ここからは彼の者がご案内いたします」
窓の外には少し年を召した従者らしき男と、数人の女性がアトラ達を案内すべく頭を下げて待ち受けていた。
「ありがとう。では行こうか」
一言門番に感謝の言葉を言い、馬車のドアを開けてゆっくりとアトラが最初に外にでる。その後にぺルラが降り、クリシュに手を差し伸べた。
クリシュはそのぺルラの手を取り、馬車の外に出る。その反対側の手にはトールが握られていた。
「ダナン侯爵家当主代理の次兄、アトランクス・ダナンである」
「ダナン侯爵家当主代理の長女、クリシュタール・ダナンでございます。これは我らが護衛のぺルラです」
「ようこそおいで下さいました。王家執事筆頭を務めさせて頂いております、ジェファードと申します。お二方をご案内する名誉を仰せつかっております」
アトラとクリシュは堂々とした振る舞いで名乗り、それを受けて執事と後ろに控えている女性たちが頭を下げて挨拶をする。
執事ジェファードは頭を上げると、城の中へと案内を始める。馬車が置かれた近くには人ひとり入れるほどのドアが設置されていたが、そちらへは案内せずに正門へと連れていく。
「ダナン侯爵代理、アトランクス・ダナン様、クリシュタール・ダナン様の御来場である! 門を開け!」
正門に着くと、そこに直立不動で立っていた2人の騎士風の男の片方が声を上げる。それに反応するように城の正門が開かれていった。
「どうぞ」
「うむ」
執事は道をアトラへと譲る。アトラとクリシュはそのまま執事の横を通り正門を通り、城の中へと進んでいった。
中に入ると、アトラを先頭でその横にクリシュが連なる。その後ろに執事一行が付いてくる。
そのままアトラは奥へと進んでいった。
「先を左に。社交場となります」
「うむ」
先の道を左へと曲がり、一つの大きなドアの前までやってくる。
そこの前でアトラは立ち止まると、そのまま待機する。
「ダナン侯爵家当主代理、アトランタル・ダナン様、クリシュタール・ダナン様の御成り!」
その掛け声とともにドアがゆっくりと開かれていった。




