杖と魔道技師とゴーレムとコンテスト27
「前にも話をしたけれども、トール君にはクリシュの社交界に同行してもらいたい。理由は護衛だね」
アトラは相変わらず綺麗に食事をしながらも言葉を続ける。
「明日は昼に1件、夜にも1件。その次は夜のみ。それと……」
アトラの説明によると、5日後のコンテストまでほぼ毎日社交の場があるという。
それすべてに、トールも杖として参加してほしいということだ。
「特に注意してほしいのは、コンテスト前日にある王家主催のものだね」
「王家主催…… なにか問題でもあるのですか?」
「ああ、ああ! 大いにあるとも!」
アトラは今まで止めていなかった食事の手を止め、またしても大仰に手を広げ天を仰ぐ。
「あのバカが、いつまたクリシュに手を出そうとしてくるか、わかったものじゃない! いいかい、トール君。君にはあのバカの撃退を第一優先に考えてもらいたい」
あのバカという新たに出てきた、推定人物にトールは首、というか宝玉の付け根部をひねって聞き返す。
「アトラ様。あのバカとは?」
「ああ、我が愛しのクリシュに手を出そうとしている馬鹿王子だよ。以前から粉をかけてきていてね、辟易しているのさ!」
大仰に今度は額に手を当てて、いかにも苦しんでいるといった様相を醸し出している。
「その、王族を馬鹿呼ばわりはいいのでしょうか……?」
「なに、気にする必要はないよ。聞かれているわけでもないし、聞かれたとしてもなんら問題ないさ」
ようやくアトラは芝居がかった動作を終え、食事に戻る。
その横ではクリシュが少し沈んだ様子でアトラの方を見ていた。
「お兄様。その、あの方は悪い方ではないと思うのですが」
「何を言うんだい、クリシュ。あれは表面上よく見えるだけで、中身はケダモノだよ。決して心を許してはいけないよ」
優しく諭すようにアトラはクリシュに語るが、クリシュの表情は優れない。
トールとしては、アトラが気にしているクリシュにちょっかいをかけている王子の事は、正直どうしたもんかと頭を悩ませていた。
「アトラ様。いくつか確認しておきたいのですが、よろしいですか?」
「なんだい、トール君?」
「そもそもどうやって私にその王子に対応せよと?」
トールは杖である。確かにこの屋敷にきた当初依頼されたように、何かしらの害を与えようとするものからは、≪守護者の巨人≫を使用すれば防げるだろう。
しかしクリシュに、アトラの言葉を借りるなら粉をかけてくる王子に対しては全くと言っていいほど有効ではない。仮に手を肩にかけようとした王子を、≪守護者の巨人≫を使用して防げば、それはそれで問題になるだろう。
「何を言っているのかね。そんなの近づこうとした馬鹿王子を、君のその光る膜で防いでくれればいいのだよ」
しかしアトラから帰ってきた答えは、トールの懸念を直撃した内容であった。
「あの、何を言っているのか解っていらっしゃいます?」
トールがそう思わず聞き返したのも、無理もないだろう。そんなことをしたら、へたすると王族に対する不敬罪、そこまでいかなくとも厳罰が待っていそうなものである。
「お兄様、落ち着いてください。そんなこと出来るわけないでしょう?」
「いや、しかしだな、クリシュ。ああいった手合いは、一度わからせてやらないと……」
「それを実行すると、私ではなく私を使ったと思われるクリシュ様に被害が及ぶのですが……」
クリシュの提言に、アトラは感情的な反論をしようとするが、それもトールに突っ込まれる。
トールはあくまで杖であり、もし仮に≪守護者の巨人≫を使えば使用者と思われてしまうクリシュにその責が追及されることになる。
「む、むむむ」
いきなり唸り出すアトラ。トールは心の中で何がむむむだと突っ込みを入れている。
「社交の場であれば、目上の方々に挨拶をするのも仕事のうちでしょう。クリシュ様はそんなにも頼りにならないと思われるのですか?」
「何を言うのかね、トール君。そんなことあるわけないじゃないか。クリシュは私達が誇る、素晴らしい淑女だよ」
「でしたら、クリシュ様を信じて王子への対応はお任せしてもよろしいのではないのでしょうか?」
トールの言葉を聞き、アトラはもう一度むむむと唸り声をあげると、何かを決意した表情を見せる。
「確かにこの件でトール君に任せてしまうと、クリシュにも迷惑をかけてしまいかねない。仕方がない、ここは私がどうにかする事にしよう」
もともと社交にはクリシュ一人で出るわけではない。アトラも彼女のエスコート役で出席するのである。
トールは最初っからそうしてくれと若干疲れた気持ちになると同時に、本当にこの人に任せていいものかと不安になる。
「安心してください、お兄様。私も立派は淑女としてダナン家に恥じぬ行いをしたいと思います」
「そうかそうか、それならば安心だな。何、もしもの事があったとしても、私に任せなさい」
アトラも何やら満足したのか、クリシュとの会話に入っていく。
トールはとりあえずこの話は終わりかな、と先ほどから黙っていた面々を見渡す。
リューナは食事をつづけながらも、トール達の会話を聞いているようで、小さく頑張ってくださいとトールにつぶやいていた。
カルンは相変わらずの勢いで食事をとっており、イオンはそんなカルンの態度に配膳係の人たちに謝っている。
そしてナーリャというと、食事にはほとんど手を付けておらず、ただただ一点を見つめて呆然としていた。
「ナーリャ、どうかしたか?」
「うぇ!? トール?」
ナーリャは声をかけられると、動揺した声を上げる。そして声をかけてきたのが、トールだと認識した。
「ああそうだが、大丈夫か?」
「うん。ちょっとどうしようかと思っちゃって」
「? 何がだ?」
ナーリャは一瞬口を紡ぐと、トールに話し始める。
「ほら、今回の魔道具のコンテストって、講演みたいのをするんでしょ? わたしそんなことしたことがないから、どうしようって思っちゃって。そんなに自信がないんだよね」
ああ、とトールは納得する。プレゼンを今回行う必要が出てきて、ナーリャはそれを不安に思っているのだろう。
トール自身も経験があるが、初めての時はそれはもう緊張したものだった。さほど重要な案件ではなかったし、何より周りに支えられてようやくこなせたといった方がいいくらいであったのだ。その際、トールがされて一番頼もしかったことを思い出していた。
「ナーリャ、別に一人でする必要はないんだ。俺でもいいしリューナもいる。専門外であるがカルンとイオンもいるじゃないか。初めてのことで不安に覚えるのであれば、一緒にいる仲間に相談しながら進めればいいんだよ」
「そうですよ、ナーリャさん」
トールとナーリャの話を聞いていたのか、リューナからも声をかけられる。
「私も多少発表の場は経験したことがありますし、多少は手助けできるかと思います。それにカルンさんやイオンさんにもいろいろ聞いてもらって、練習すれば大丈夫ですよ」
笑顔で励ますようにナーリャへと話しかけるリューナに、ナーリャも徐々に落ち着いてきたのか笑顔を取り戻し始める。
「そっか、そうだよね。一人じゃないんだし、みんなに協力を求めてもいいんだよね」
「そういうことだな。なに、こういったものは慣れだから、何とかなるもんさ」
元気が戻り始めたナーリャは、それじゃあしっかりとしなきゃだね、と言って食事を再開する。これおいしいね等とリューナと言葉を交わしながら。
ちなみにトールは、その後二回目からは上司に、じゃあ一人で頑張ってねと放りだされた事を少し思い出していた。




