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『Lv100の先には、誰もいなかった』 ~《未覚醒》の剣士が世界の限界を越えるまで~  作者: 天瀬トキ


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第2話「初めてのレベルアップ」

《天恵の儀》の翌朝。

まだ朝日が昇りきっていない時間に、俺は家の前に立っていた。

手にしているのは、父さんが用意してくれた子供用の木剣。

そして目の前には――。

「よし! まずは百回素振りだ!」

朝から無駄に元気な父さんがいた。

「父さん」

「なんだ!」

「俺、五歳なんだけど」

「知ってるぞ!」

「百回?」

「百回だ!」

「……母さんに怒られても知らないよ」

父さんの動きが止まった。

「…………五十回にするか」

弱い。

昨日まで「剣を教えてほしい」と思っていたのは本当だ。

剣と魔法の世界に生まれた。

職業は【剣士】。

だったら、剣を振ってみたいと思うのは当然だろう。

それに――。

【固有スキル:未覚醒】

あれが何なのかは、今の俺には分からない。

いつ目覚めるのかも分からないし、一生目覚めない可能性だってある。

なら、そんなものを当てにしても仕方がない。

今の俺にできることをやる。

それだけだ。

「じゃあ、振ってみろ」

父さんに言われ、木剣を構える。

見よう見まねで振り下ろした。

ぶん。

「違う」

もう一度。

「違う」

「……どこが?」

「全部だ!」

「全部」

いきなり前途多難だった。

父さんは俺から木剣を受け取ると、正面に立った。

「いいか。剣ってのは腕だけで振るんじゃねぇ」

父さんが木剣を振る。

ヒュッ――。

空気を切る鋭い音がした。

さっきの俺とは明らかに違う。

「足。腰。肩。それを全部使う」

「こう?」

真似して振ってみる。

「さっきよりマシだ」

「父さんって剣士なの?」

「いや、狩人だ」

「……剣、教えられるの?」

「多少は使える!」

急に不安になってきた。

「その顔やめろ!」

「何も言ってないよ」

「顔が言ってんだよ!」

まあ、Lv28まで生きてきた狩人だ。

少なくとも五歳の俺よりは遥かに強い。

それから俺は、毎朝木剣を振るようになった。

最初は十回も振れば腕が重くなった。

翌日は筋肉痛。

さらに翌日も筋肉痛。

五歳児の身体は、思った以上に頼りない。

頭では分かっているのに、身体がついてこない。

それが少しもどかしかった。

けれど。

だからこそ、面白かった。

昨日できなかった動きが、今日は少しだけできる。

十回しか振れなかった剣が、二十回、三十回と振れるようになる。

前世では感じたことのない、明確な成長だった。

父さんは剣の振り方だけを教えたわけではない。

「レオ。俺の剣だけ見るな」

ある日の訓練中。

父さんが木剣を構えながら言った。

「じゃあ、どこを見るの?」

「全部だ」

「また全部?」

「今度はちゃんと意味がある!」

父さんは自分の目を指差した。

「手を見る。足を見る。目を見る。相手が魔物なら牙も爪も見る」

「そんなに同時に?」

「全部をじっくり見るんじゃねぇ。何をしてくるか感じろ」

難しいことを言う。

「強い奴ってのはな、相手が動いてから動くんじゃ遅ぇんだ」

父さんが一歩踏み込む。

その瞬間、俺は反射的に横へ動いた。

次の瞬間。

さっきまで俺の頭があった場所を木剣が通過した。

「お」

父さんが少し驚いた顔をする。

「今のは悪くねぇ」

「……当たったら痛いやつ?」

「もちろん」

「母さんに言おうかな」

「待て」

やっぱり弱い。

そんな日々が半年ほど続いた。

そして、ある朝。

いつものように木剣を振っていると。

《条件を満たしました》

突然、頭の中に声が響いた。

俺は木剣を止めた。

《スキル【剣術Lv1】を習得しました》

「……来た」

思わず呟く。

「どうした?」

「父さん。スキル覚えた」

「何!?」

ステータスを開く。


【名前】レオ・アークライト

【種族】人間

【職業】剣士

【レベル】1

【HP】38/38

【MP】2/2

【スキル】剣術Lv1

【固有スキル】未覚醒


「剣術Lv1」

そう言った瞬間、父さんが目を丸くした。

「半年で?」

「早いの?」

「五歳だぞ、お前」

父さんは腕を組む。

「普通はもう少しかかる」

少し嬉しい。

前世の記憶がある分、教えられたことを理解するのは同年代より早い。

集中することにも慣れている。

その差だろう。

少なくとも、俺自身が天才になった感覚はなかった。

「まあいい」

父さんが俺の頭を乱暴に撫でる。

「覚えるのが早いのは悪いことじゃねぇ」

そして。

「ただし、調子に乗るなよ」

父さんの声が少し低くなった。

「剣術Lv1を覚えたくらいで、魔物より強くなったわけじゃねぇ」

「分かってる」

「ならいい」

父さんは笑った。

「明日も素振り百回な!」

「五十回じゃなかった?」

「もう半年経った!」

「母さん」

「待て! 七十回!」

交渉が始まった。

◇

さらに数か月が経った。

六歳になった俺は、初めて剣を持って森へ入ることを許された。

もちろん、一人ではない。

前を歩くのは父さんだ。

腰には剣。

背中には弓。

俺の腰にも、子供の身体に合わせた短い剣がある。

木剣とは違う重さ。

鞘から少し抜くと、銀色の刃が見えた。

「レオ」

「うん」

「遊びじゃねぇぞ」

父さんの声に、いつもの軽さはなかった。

「分かってる」

「魔物を見つけても勝手に飛び出すな。俺が逃げろと言ったら逃げろ」

「分かった」

「ステータスも絶対じゃねぇ。Lvが低くても、首を噛まれりゃ死ぬ」

俺は頷いた。

この世界はゲームに似ている。

けれど、ゲームではない。

死んだら終わりだ。

それは一度死んだ俺が、一番よく分かっている。

しばらく森を歩いたところで。

父さんが突然、手を上げた。

止まれ。

俺も足を止める。

草むらが揺れた。

ガサッ。

そこから飛び出してきたのは――兎だった。

ただし。

額から一本の角が生えている。

「ホーンラビットだ」

父さんが小声で言う。

「Lvは?」

「だいたい2か3だ」

俺より上。

「やってみるか?」

心臓が跳ねた。

「……いいの?」

「俺が後ろにいる」

父さんは弓に手をかけた。

「危ねぇと思ったら俺が殺す」

俺は剣を抜いた。

ホーンラビットがこちらを見る。

かわいい。

前世なら、そう思っただろう。

だが。

低い唸り声を上げ。

額の角をこちらへ向けた瞬間。

その感想は消えた。

「来るぞ」

父さんの声。

ホーンラビットが地面を蹴った。

速い。

真っ直ぐ俺へ飛び込んでくる。

避ける。

そう思った瞬間。

父さんの言葉が頭をよぎった。

――相手が動いてから動くんじゃ遅ぇ。

足。

目。

角。

見る。

ホーンラビットの後ろ脚に力が入った。

その瞬間。

俺は横へ踏み出した。

直後。

目の前を角が通過する。

「今だ!」

振り向く。

ホーンラビットが着地する。

すぐに次の跳躍へ移ろうとしていた。

俺は踏み込んだ。

剣を振る。

ザシュッ。

手に、生々しい感触が伝わった。

「――っ」

剣がホーンラビットの身体を切り裂いた。

赤い血が飛ぶ。

だが浅い。

ホーンラビットが暴れる。

俺は一歩下がった。

怖い。

ゲームなら敵のHPが減っただけだ。

でも今、目の前にいるのは生き物だ。

血を流し。

苦しみ。

それでも俺を殺そうとしている。

ホーンラビットが再びこちらを見る。

迷った。

ほんの一瞬。

それでも。

剣を握り直す。

殺さなければ、殺される。

ホーンラビットが跳んだ。

今度は見えた。

身体をずらす。

角を避ける。

そして。

すれ違う瞬間。

首へ剣を振った。

刃が通る。

ホーンラビットが地面へ落ちた。

二度。

三度。

身体が小さく痙攣し。

やがて、動かなくなった。

森が静かになる。

俺は剣を握ったまま、動けなかった。

「……殺した」

「ああ」

父さんが俺の隣に立つ。

褒めるでもなく。

笑うでもなく。

ただ、倒れたホーンラビットを見ていた。

「気分悪いか?」

「少し」

「それでいい」

父さんは静かに言った。

「何も感じなくなるより、ずっといい」

俺は倒れた魔物を見る。

生きるために殺す。

この世界では、きっとこれから何度も経験することになる。

それでも。

慣れすぎてはいけない気がした。

そのときだった。

《ホーンラビットを討伐しました》

頭の中に声が響く。

《経験値を獲得しました》

そして――。

《LEVEL UP》

「――っ!」

身体が一瞬、熱くなった。

胸の奥から何かが広がっていく。

さっきまで速かった呼吸が落ち着く。

剣を握っていた手の震えも消えていく。

身体が――軽い。

「これが……レベルアップ」

ステータスを開く。

【名前】レオ・アークライト

【種族】人間

【職業】剣士

【レベル】2

【HP】51/51

【MP】3/3

【スキル】剣術Lv1

【固有スキル】未覚醒

Lv2。

たった一つ。

数字が増えただけ。

なのに。

明らかにさっきまでの自分とは違う。

「父さん」

「ん?」

「レベル上がった」

父さんが笑った。

「そうか」

それだけだった。

「もっと驚かないの?」

「そりゃ上がるだろ。初めて自分よりLvの高い魔物を倒したんだからな」

……そういうものなのか。

俺にとっては人生初のレベルアップなのに。

父さんにとっては、ごく普通の出来事らしい。

「どうだ?」

「身体が軽い」

「それがレベルアップだ」

父さんは倒れたホーンラビットを持ち上げた。

「強くなった実感はあるだろ?」

「うん」

「なら覚えとけ」

父さんは俺を見る。

「その感覚が気持ちよくても、命まで賭けるな」

「……分かった」

「よし」

父さんはいつもの調子に戻った。

「じゃあ帰るぞ! 今日はこいつを焼いて食う!」

「食べるの?」

「美味いぞ」

さっきまで少し重かった気持ちが、別の意味で複雑になった。

「……俺が殺したやつだけど」

「だから食うんだろ」

父さんは当然のように言った。

「命もらったなら、無駄にすんな」

俺は少しだけ考えて。

「うん」

そう答えた。

帰り道。

俺は何度も、自分のステータスを開いた。

【レベル】2

その数字を見るたびに、胸の奥が少しだけ高鳴る。

Lv1からLv2。

今日は、たった一歩。

人間の限界は――Lv100。

今の俺には、遥か遠くにある数字だ。

固有スキルも、まだ眠ったまま。

その先に何があるのかなんて、考えるには早すぎる。

だから今は。

一つずつ。

自分の力で、登っていけばいい。

このときの俺はまだ知らなかった。

いつか。

その数字が「100」に届いたとき。

この世界の常識そのものが、俺の前に壁として立ちはだかることを。

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