第3話 八歳の剣士
初めて魔物を倒し、Lv2になった日から二年。
俺は八歳になった。
「――そこ!」
踏み込む。
振り下ろされた木剣を半歩ずれてかわし、そのまま相手の懐へ潜り込む。
狙うのは胴。
木剣を横薙ぎに振る。
「甘ぇ!」
相手――ダンさんが身体を捻った。
俺の木剣が服をかすめる。
直後。
頭上から風を切る音。
俺は反射的にしゃがんだ。
ブンッ!
太い木剣が髪の上を通過する。
危ない。
まともに食らえば、八歳児の身体なんて簡単に吹き飛ぶ。
だから――まともには受けない。
ダンさんの右足を見る。
踏み込んだばかりで、体重が前に乗っている。
俺は低い姿勢のまま足を払った。
「うおっ!?」
体勢が崩れる。
その隙に背後へ回り込み。
首筋へ木剣を当てた。
「……俺の勝ち」
数秒の沈黙。
「くっそおおおお!」
ダンさんの叫び声が訓練場に響いた。
「また負けた! 八歳だぞ!? なんで八歳に負けるんだ俺は!」
「三回目だな」
少し離れたところで見ていた父さんが笑う。
「数えてんじゃねぇよ、ガルド!」
ダンさん。
三十二歳。
村の自警団員。
職業は【戦士】。
そして――Lv19。
俺よりずっとレベルが高い。
「納得いかねぇ!」
立ち上がったダンさんが俺を指差す。
「レオ! もう一回だ!」
「今日は三回やったよ」
「次は勝つ!」
「一回目もそれ言ってた」
「ぐっ……!」
父さんが腹を抱えて笑っている。
「お前、完全に遊ばれてんな」
「うるせぇ! お前の息子だろ! どうなってんだ!」
「知らん!」
「親だろ!」
俺は木剣を下ろした。
勝った。
とはいえ。
本当の戦いなら、こう簡単にはいかない。
ダンさんは本気で殴ってこない。
防具も着けていない。
武器も木剣。
そして何より、俺が子供だから無意識に手加減している。
Lv差そのものが消えたわけじゃない。
「レオ」
父さんが俺を見る。
さっきまで笑っていた顔から、少しだけ表情が消えた。
「今の最後」
「足払い?」
「ああ」
父さんは首を横に振った。
「狙いは悪くねぇ。でも一歩遅い」
「……やっぱり?」
「ダンだから入った」
「おい!」
「実戦なら、あそこで蹴られて終わりだ」
ダンさんの抗議を無視して、父さんは続ける。
「勝ったからって、自分が強ぇと思うな」
「分かってる」
「ならいい」
いつもこれだ。
父さんは褒める。
でも、必ずそのあとに悪かったところを教える。
たぶん。
それが俺には合っていた。
◇
二年前。
初めてホーンラビットを倒してから、俺は父さんと何度も森へ入った。
スライム。
ホーンラビット。
ゴブリン。
ワイルドボア。
もちろん、最初から一人で戦わせてもらえたわけじゃない。
父さんが相手を選び。
危険だと判断すれば、すぐに止める。
その繰り返し。
そして少しずつ。
本当に少しずつ。
俺のレベルは上がっていった。
今のステータスは――。
【名前】レオ・アークライト
【種族】人間
【職業】剣士
【レベル】12
【HP】286/286
【MP】8/8
【スキル】剣術Lv3/身体強化Lv2/気配察知Lv1
【固有スキル】未覚醒
Lv12。
剣術はLv3。
身体強化と気配察知も覚えた。
二年前の俺と比べれば、かなり強くなったと思う。
ただ。
一番下だけは何も変わっていない。
【固有スキル】未覚醒
五歳の《天恵の儀》では、少し話題になった。
珍しい固有スキル持ち。
どんな能力が目覚めるのか。
村の大人たちも、しばらくは興味を持っていた。
一年経ち。
二年経ち。
何も起こらない。
最近では、話題にする人もほとんどいなくなった。
俺自身も同じだ。
使えるかどうかも分からない力を待つより。
剣を振った方がいい。
「レオ!」
父さんの声で我に返る。
「森行くぞ!」
「今日も?」
「ああ。少し奥まで行く」
俺は木剣を片付けた。
「分かった」
するとダンさんが手を上げた。
「俺も行く」
父さんが眉を上げる。
「珍しいな」
「今日は自警団の仕事がねぇ。それに――」
ダンさんが俺を見る。
「こいつに三回負けたまま帰れるか」
「森で勝負する気?」
「違うわ!」
賑やかな人だ。
◇
いつもより深い森。
空気が違った。
鳥の声が少ない。
風が木々を揺らす音だけが、やけに大きく聞こえる。
俺は父さんの少し後ろを歩いていた。
ダンさんは最後尾。
「止まれ」
父さんが小さく言った。
全員が止まる。
俺も息を殺した。
――いる。
気配察知Lv1。
まだ正確な位置まで分かるわけじゃない。
それでも。
何かがいることだけは分かった。
一つ。
二つ。
いや。
「……多い」
俺が呟く。
父さんが頷いた。
「囲まれてるな」
茂みの奥。
黄色い目が光った。
一匹。
二匹。
三匹。
四匹。
五匹。
灰色の毛並み。
大きな身体。
口元から覗く牙。
「グレイウルフだ」
ダンさんが剣を抜く。
「五匹か」
グレイウルフ。
この森では珍しくない魔物。
ただし――。
「Lv15前後」
父さんが弓を構える。
俺はLv12。
格上だ。
しかも群れ。
「レオ」
「うん」
「無理すんな」
「分かってる」
父さんが俺を見る。
「本当に分かってんだろうな?」
「……たぶん」
「おい」
少しだけ笑いそうになった。
だが。
グレイウルフが低く唸った瞬間。
そんな余裕は消えた。
「来るぞ!」
一匹が飛び出す。
父さんの矢が放たれた。
ドッ!
先頭のグレイウルフの肩に突き刺さる。
ダンさんが二匹目を受け止める。
「うおおっ!」
俺の正面からも一匹。
速い。
ホーンラビットとは比べ物にならない。
牙が迫る。
俺は横へ飛んだ。
ガチン!
牙が空を噛む。
着地。
すぐに振り返る。
グレイウルフもこちらを向いた。
目を見る。
前脚。
後ろ脚。
口。
父さんに教わった通り。
全部を見る。
グレイウルフが姿勢を低くした。
来る。
俺は剣を構える。
地面を蹴る音。
その瞬間。
《身体強化Lv2》
身体に力が巡る。
一歩。
横へ。
牙をかわす。
だが――。
「っ!」
爪が服を裂いた。
浅い。
構わない。
すれ違ったグレイウルフが着地する。
振り向く前に。
踏み込む。
首へ。
剣を振り抜いた。
ザシュッ!
刃が深く入る。
血が飛んだ。
グレイウルフが倒れる。
それでも動こうとする。
俺は迷わなかった。
もう一度。
剣を突き込む。
動きが止まった。
《グレイウルフを討伐しました》
《格上の魔物との戦闘を確認》
《経験値補正が適用されます》
《経験値を獲得しました》
そして。
《LEVEL UP》
来た。
身体が熱くなる。
疲労が消えていく。
服の下、爪に裂かれた傷が熱を帯びる。
そこにあった痛みまで、急速に薄れて――。
「レオ!!」
父さんの怒鳴り声。
「え?」
振り向く。
目の前に。
牙。
「――っ!」
ドンッ!
身体が横へ吹き飛んだ。
違う。
父さんに突き飛ばされたんだ。
直後。
父さんの剣が、俺を狙っていたグレイウルフを切り裂いた。
「何やってんだ!」
「……ごめん」
「戦闘中にボサッとする奴があるか! レベルが上がったくらいで気ぃ抜くな!」
言い返せない。
完全に、レベルアップに気を取られていた。
「ごめんなさい」
「ステータス見るのも喜ぶのも、全部帰ってからにしろ!」
「はい」
父さんは大きく息を吐いた。
「ったく……」
残りのグレイウルフは、ダンさんと父さんが仕留めた。
戦闘が終わってから。
俺は改めてステータスを開く。
【レベル】13
【HP】312/312
【MP】8/8
Lv13。
確かに強くなった。
でも。
さっき父さんが助けてくれなければ。
その数字を見る前に死んでいたかもしれない。
「レベルが上がるのは嬉しいか?」
隣から父さんが聞いた。
「うん」
「強い魔物を倒せば、上がりやすい」
「うん」
「だからって、格上ばっかり狙うな」
父さんは倒れたグレイウルフを見る。
「それで死ぬ冒険者は多い」
俺は自分の剣を見る。
血が付いている。
Lv13。
少し前なら、きっとその数字だけを見て喜んでいた。
でも。
強くなるということは。
数字を増やすことだけじゃない。
「覚えとく」
「そうしろ」
父さんが俺の頭を軽く叩いた。
そのとき。
――ズン。
地面が揺れた。
三人同時に顔を上げる。
「……何だ?」
ダンさんが呟いた。
――ズン。
もう一度。
遠い。
森のさらに奥。
何かが歩いている。
一歩ごとに。
地面が震えている。
鳥たちが一斉に飛び立った。
父さんの顔から表情が消えた。
「レオ」
声が低い。
今まで聞いたことのない声だった。
「父さん?」
茂みの向こう。
木々の隙間。
暗闇の中に。
二つの赤い光が浮かんだ。
目だ。
高い。
人間より。
ずっと。
「走れ」
父さんが言った。
次の瞬間。
森の奥から。
獣の咆哮が響いた。




