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七尾工房、ベトナムへ行く【番外編】  作者: 七尾 拓哉


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12/14

第12話 線路通りの列車と、水上の奇妙な残響

販売会という大きな仕事を完璧に終えた私たちは、翌日からの二日間、観光の日々へと突入した。ハノイでの自由時間は、まるで緊張の糸がほどけたように新鮮な驚きに満ちていた。


ヒエンさんが手際よくアプリで手配してくれた、真っ赤な二階建ての観光オープンバスの最前列に乗り込むと、ハノイの生温かい風が容赦なく私たちの顔を直撃した。


「おー、これは気持ちいいねえ」とのんびり呟いていた七尾さんだったが、バスが速度を上げるにつれて突風に変わり、いつもの寝癖だらけの髪が芸術的なまでに爆発していく。


「七尾さん、髪型がすごいことになってますよ」


「いいんだよアユムさん、これもハノイの洗礼だからさ」


そんな他愛のない会話をしながら、「タンロン遺跡」の歴史を感じさせる無骨な城壁や、学問の神様が祀られている「文廟」の美しく整えられた庭園を、バスの特等席から見下ろすのは最高に開放的な気分だった。


「アユムさん、次、すごく面白い場所に止まるよ。ちょっと歩くけど、覚悟してね」


バスを降り、ヒエンさんが悪戯っぽく微笑んで案内してくれたのは、「ハノイ線路通り(トレインストリート)」と呼ばれる場所だった。


生活感の溢れる細い路地の一角へ一歩足を踏み入れて、私は文字通り度肝を抜かれた。生活感の溢れる細い路地のど真ん中を、なんと本物の線路が貫いているのだ。線路の左右わずか数十センチの場所には、カフェの小さな椅子やテーブルが並び、民家の洗濯物や植木鉢がひしめき合っている。


「これ、本当に現役の線路なんですか? 冗談じゃなくて?」


私が思わず呟いた直後、遠くから空気を震わせるような凄まじい警笛が響いた。路地が一気に緊張感に包まれる。カフェの店員たちが手際よく椅子を引っ込め、「来るよ! 壁にぴったり張り付いて!」というヒエンさんの鋭い声が飛んだ。


次の瞬間、目の前を巨大な鉄の塊が、文字通りスレスレの距離で通過していった。ゴトゴトゴトゴト!という耳を聾するほどの爆音と、凄まじいディーゼルの熱風と油の匂い。あーちゃんは驚きのあまりヒエンさんの腕をぎゅっと掴んで目を丸くし、七尾さんは「うおーっ! 攻めすぎでしょこれ! 建築基準法とかどうなってんの!」と子供のように大興奮してカメラのシャッターを連写していた。通過した後の線路には、信じられないほどの熱気と余韻が残っていた。


バクバクする心臓を落ち着かせながら、私たちは次に「聖ヨゼフ大聖堂」へと向かった。旧市街の中心に突如として現れるその建物は、ハノイの喧騒を忘れさせるほど重厚なフランス・ゴシック様式の石造りだった。長年の雨風に晒されて黒ずんだ壁面が、独特の厳かな陰影を作っている。


「ここでみんなで写真撮ろう。記録係、出番だよ」という七尾さんの提案で、大聖堂のクラシカルな鉄柵の前で、四人並んで記念写真を撮ることにした。通りすがりの観光客にカメラを託し、「スリー、ツー、ワン」の合図でカシャリと音が響く。スマホの画面を確認すると、そこにはハノイの柔らかな光の中で、少し照れくさそうに、けれど本当に嬉しそうに肩を並べて笑う、あーちゃんとヒエンさんの姿が綺麗に収まっていた。その二人の笑顔を見ているだけで、中標津からの長い旅の疲れが吹き飛ぶようだった。


その日の夜は、ヒエンさんのおすすめで「タンロン水上人形劇場」を訪れた。


暗い劇場の中心には、ライトアップされた濁った緑色の水面が広がっており、それがそのまま舞台になっていた。伝統楽器の小気味よい生演奏と不思議な歌声が始まると、水中から木で作られた奇妙な人形たちが次々と飛び出してきた。


人形たちは水しぶきを上げながら、コミカルな動きで魚を獲ったり、水面を激しく跳ね回ったり、果ては龍の姿になって口から本物の火を吹いたりしている。


劇はすべてベトナム語のセリフと歌で進むため、正直なところ、話の筋書きは一ミリも理解できなかった。


「アユムさん……あのコミカルな人形、動きが絶妙に不条理じゃない? なんで今あいつ水に落ちたの?」


「内容さっぱり分かりませんけど、あの木の手触りと妙な躍動感、なんか目が離せないですね」


言葉が分からないからこそ、そのシュールで予測不能な人形たちのダイナミックな動きがツボに入ってしまい、七尾さんと私は上映中、ずっと肩を震わせて声を殺しながらゲラゲラと笑いっぱなしだった。あーちゃんも、最初は驚いていたものの、隣で木を切り出した職人の手仕事としての技術をじっと観察しているのか、感心したように目を細めて静かに見入っていた。


劇場を出ると、夜のハノイの空気はまだ昼間の熱を孕んで湿っていた。頭の中にはあの水上人形劇の、ポコポコとした打楽器の奇妙な残響が心地よくリフレインしていた。言葉が通じなくても、その土地の文化が持つ生命力は確かに伝わってくる。ハノイの夜は、どこまでも賑やかで、どこまでも不条理で、そして信じられないほど愛おしかった。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


もしこのお話が、あなたの心にほんの少しでも「正しい重心」で響いたなら、

下の【ハート(いいね)】や【フォロー】、【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】という名の小さなノミを入れて、

この物語を一緒に削り出していただけると嬉しいです。


七尾工房のストーブを温めて、また次の夜にお待ちしています。

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