第9話 お局さま ―お鈴、裏大奥に秩序を敷く―
裏大奥の朝。
昨日の賑やかな芸事教室の余韻が残る中、お鈴は静かに屋敷全体を見回していた。
その目は、まるで軍師のように鋭い。
「やはり、問題だらけですね」
「お、お鈴殿? 何が問題なのだ?」
兵庫が恐る恐る尋ねる。
「すべてです」
「す、すべて!?」
「はい。掃除の手順、生活動線、食事の時間、寝る場所の配置、物の置き方……このままでは裏大奥は回りません」
お鈴は淡々と言い放った。
「今日から規律改革を行います」
「規律改革……?」
「はい。裏大奥を“家”として機能させるための改革です」
兵庫は背筋を伸ばした。
(お鈴殿……ただ者ではない……!)
「まずは、生活の基本から整えます」
お鈴は巻物を広げた。
「これは……?」
「裏大奥の生活規律案です」
「いつの間にそんなものを……!」
「昨日の夜に作りました」
「は、早い……!」
お鈴は淡々と読み上げる。
「一、朝は日の出とともに起床すること
一、掃除は当番制とする
一、食事は三度、皆で揃って取ること
一、兵庫殿は勝手に間食をしないこと」
「最後のは必要か!?」
「必要です。昨日、勝手に団子を食べていましたね?」
「み、見ておったのか……!」
「見ていました」
お鈴は微笑んだが、目は笑っていなかった。
◆
お鈴は皆を集めて生活の規律を説明した。
「お鈴殿、これは……かなり厳しいですね」
お紺が巻物を覗き込む。
「でも、うち……こういうの嫌いやないで!」
お梅は元気に頷く。
「ふーん。まぁ、秩序がある方が動きやすいかもね」
お蝶は扇子をぱちんと鳴らした。
お鈴は皆を見渡し、静かに言った。
「皆さんの力があってこそ、裏大奥は成り立ちます。だからこそ、無駄をなくし、効率を上げたいのです」
その言葉に、三人は素直に頷いた。
◆
「では、兵庫殿。まずはあなたからです」
「な、なぜ拙者から!?」
「あなたが一番問題だからです」
「ぐふっ……!」
お鈴は兵庫の部屋に入り、厳しい目で見回した。
「布団の畳み方が雑です。着物は脱ぎっぱなし。棚の上には意味不明な木片が置いてある」
「そ、それは……昔の思い出の……」
「捨てます」
「捨てるのか!!?」
「必要ありません」
「ぐはぁっ……!」
兵庫は精神的に大ダメージを受けた。
「兵庫殿、裏大奥の番頭としての自覚を持ってください。あなたが乱れていては、皆が困ります」
「……はい……」
兵庫はお鈴に頭が上がらなかった。
そこへ若君がやってきた。
「お鈴殿、何をしているのですか?」
「若君。裏大奥を整えているのです」
「すごい……! お鈴殿は、なんでもできるのですね!」
若君の言葉に、お鈴の表情が少しだけ柔らかくなった。
「いえ、私はただ……皆が暮らしやすいようにしたいだけです」
「僕、お鈴殿のこと、すごく頼りにしています!」
「……っ」
お鈴の頬がわずかに赤く染まった。
「若君……ありがとうございます」
その瞬間、兵庫は確信した。
(お鈴殿……完全に落ちておるな……!)
◆
夕方。
お鈴の改革のおかげで、裏大奥は見違えるほど整っていた。
掃除当番表が貼られ、食事の時間が決まり、物の配置が統一され、皆が動きやすくなっていた。
「お鈴殿……これは見事でござる!」
「当然です。私は旅籠の娘ですから」
お鈴は静かに微笑んだ。
「裏大奥は、皆が暮らす家です。だからこそ、秩序が必要なのです」
兵庫は深く頷いた。
「うむ! これぞ裏大奥の柱でござる!」
こうして――
裏大奥は“秩序”を手に入れたのであった。




