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第8話 華が咲く ―お蝶、裏大奥に舞う―

 裏大奥の朝は、いつもより賑やかだった。


「お蝶殿、今日は芸事(げいごと)教室とやらを開くのか?」


 兵庫が尋ねると、お蝶は扇子をぱちんと鳴らし、にっこり笑った。


「そうだよ。裏大奥には“華”が必要なんだろ? だったら、あたしの出番じゃないか」


 お蝶は旅芸人の娘。

 舞、三味線、唄、芝居――芸事なら何でもこなす天才肌だ。


「皆、集まってー!」


 お蝶の声に、お紺・お梅・お鈴、そして若君が集まってきた。


「まずは舞から始めようか。舞はね、ただ動くんじゃない。心を見せるんだよ」


 お蝶は扇子を開き、ゆっくりと舞い始めた。


 その動きは軽やかで、しなやかで、まるで風が形を持ったかのようだった。


「……綺麗……」


 お紺が思わずつぶやく。


「すごいなぁ……」


 お梅が目を丸くする。


「見事です。無駄がありません」


 お鈴が感心する。


 若君は息を呑んで見入っていた。


「お蝶殿……すごいです……!」


 お蝶は舞を止め、くるりと振り返った。


「さて、皆もやってみようか」

「えっ!?」

「まずは基本の足運びからね。こう、すっと前に出して――」


 お蝶が見本を見せる。


「すっと……?」


 お紺が真似しようとするが――


「きゃっ!」


 裾を踏んで転びかけた。


「お紺殿!? 大丈夫でござるか!」

「だ、大丈夫です……!」


 兵庫の手を取り、お紺は顔を赤くして立ち上がる。


「次はうちの番やな!」


 お梅が勢いよく足を踏み出した瞬間――


「どすん!」


 床が揺れた。


「お、お梅殿!? 力を抜くのだ!」

「抜いとるつもりなんやけど……!」


 お梅は困ったように兵庫の顔を見る。


「では、わたくしも……」


 お鈴が静かに足を運ぶと――


「……」


 完璧だった。


「お鈴殿!? なぜそんなに上手いのだ!」

「旅籠では、舞妓さんの真似をするお客が多いので、自然と覚えました」

「お鈴殿、恐るべし……!」


 兵庫は関心した様子でお鈴を眺めている。


「ぼ、僕も……!」


 若君が挑戦する。

 小さな足で一歩踏み出し――


「す……す……」


 ぷるぷる震えている。


「若君、無理しないで!」

「だ、大丈夫です……!」


 若君は必死にバランスを取っていた。


「ふふっ、みんな可愛いねぇ」


 お蝶は笑いながら言った。


「舞はね、最初から上手くできる人なんていないよ。大事なのは、楽しむこと。自分の心を動かすことなんだ」


 お蝶は若君の頭を優しく撫でた。


「若君は、すごく素直な動きをしてるよ。それが一番大事なんだ」

「ほ、本当ですか……?」

「本当さ」


 若君は嬉しそうに笑った。


 ◆


「お蝶殿。芸事とは、そんなに大事なものなのか?」


 兵庫が尋ねると、お蝶は少し真剣な顔になった。


「芸はね、人の心を救うんだよ。辛い時、悲しい時、寂しい時……舞や唄が、人を支えることだってある」


 お蝶は遠くを見るような目をした。


「旅芸人はね、居場所がないことも多いんだ。でも、舞っている時だけは“ここにいていい”って思えるんだよ」


 その言葉に、兵庫は胸を打たれた。


(お蝶殿……ただの自由人ではない。芸に誇りを持つ、立派な娘だ)


「お蝶殿。僕、もっと舞を習いたいです!」

「もちろんさ。若君は筋がいいからね」

「本当ですか!」

「うん。あたしがしっかり教えてあげるよ」


 若君は嬉しそうに笑い、お蝶の袖を掴んだ。


 お蝶はその小さな手を見て、優しく微笑んだ。


「可愛いねぇ、若君は」


 ◆


 夕方。

 お蝶の教室のおかげで、裏大奥には活気が満ちていた。


 お紺は舞の所作を研究し、お梅はリズムを取る練習をし、お鈴は完璧な動きをさらに磨き、若君は嬉しそうにお蝶の後ろをついて歩く。


「お蝶殿、あっぱれでござった!」

「当然さ。あたしは芸人だからね」


 お蝶は扇子をぱちんと鳴らし、笑った。


「裏大奥に華を咲かせるのは、あたしの役目さ」


 その言葉に、兵庫は深く頷いた。


「うむ! これぞ裏大奥の華でござる!」


 こうして――

 裏大奥は“華やかさ”を手に入れたのであった。

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