第6話 美の改革 ―お紺、裏大奥を彩る―
大掃除から一夜明けた裏大奥。
昨日の奮闘で、屋敷は見違えるほど綺麗になったが――
「……まだまだ、です」
お紺が腕を組んで屋敷を見回し、厳しい表情を浮かべた。
「お紺殿、何がまだまだなのだ?」
「美が足りません」
「美……?」
「はい。美が足りません」
兵庫は同じ言葉を繰り返され、混乱した。
「つまり……どういうことでござる?」
「この屋敷には“魅力”がないんです。若君が暮らす場所として、もっと気品と彩りが必要です」
お紺は呉服屋の娘らしく、布の扱いと美意識に関しては誰よりも厳しい。
「というわけで、今日から内装改革を始めます」
「は、始めるとは……?」
「兵庫殿の部屋からです」
「なぜ拙者の部屋から!?」
「一番ひどいからです」
「ぐっ……!」
◆
お紺は兵庫の部屋に足を踏み入れた瞬間、固まった。
「これは……」
「どうでござる? 昨日掃除したばかりで――」
「掃除したばかりでこれなんですか?」
「うっ……」
お紺は部屋の隅に積まれた古着、破れた布、埃の溜まった棚を見て、深くため息をついた。
「兵庫殿。あなた、布に対して罪深いです」
「罪深い!?」
「布は生き物なんですよ。扱い方ひとつで輝くのに……」
お紺は古着の山から一枚の布を取り出した。
「ほら、この布。柄は古いですが、組み合わせ次第でまだ使えます」
「そ、そうなのか……?」
「はい。あなたが雑に扱っていただけです」
「ぐふっ……!」
兵庫は精神的ダメージを受けた。
「いいですか、兵庫殿。美とは、金ではなく工夫で生まれるものです」
「工夫……」
「そう。たとえば――」
お紺は古布を数枚取り出し、手際よく組み合わせていく。
色の濃淡、柄の相性、布の質感。
それらを見事に調和させ、あっという間に一枚の掛け布が完成した。
「おお……!」
「これを壁に掛けるだけで、部屋の印象は変わります」
お紺が掛け布を壁に飾ると、兵庫の部屋が一気に華やかになった。
「す、すごい……!」
「これが美の力です」
お紺は少し誇らしげに微笑んだ。
◆
「では、次は廊下です」
「次!? まだ続くのか!」
「当然です。裏大奥全体を整えます」
お紺は呉服屋から持ってきた在庫の布を広げた。
「この布は売れ残りですが、色は綺麗です。これを廊下の壁に沿って飾れば、華やかになります」
「なるほど……!」
「そして、こちらの布は暖簾に。柄が古いので、逆に“趣”として使えます」
「趣……!」
「兵庫殿、学んでください。美とは見せ方なんです」
お紺は次々と布を加工し、飾り、結び、整えていく。
その手際はまるで魔法のようだった。
◆
お紺による渾身の大改装が終わり、皆が集まってくる。
「わぁ……すごい綺麗になったなぁ!」
お梅が目を輝かせる。
「お紺、やるじゃないか。舞台の背景にも使えそうだよ」
お蝶が扇子を鳴らす。
「美しいだけでなく、動線も整っていますね。お紺殿、見事です」
お鈴が感心したように頷いた。
お紺は少し照れながら言った。
「べ、別に褒められて嬉しいわけでは……」
そこへ若君が現れた。
「わぁ……! すごく綺麗です!」
お紺は驚いたように振り返る。
「若君……」
「お紺殿がやってくれたのですか?」
「は、はい……」
「ありがとうございます。僕、こんな綺麗な場所で暮らせるなんて思っていませんでした」
若君の無垢な笑顔に、お紺の頬が赤く染まった。
「い、いえ……若君のためなら……」
兵庫はその様子を見て、心の中でガッツポーズをした。
(お紺殿……完全に落ちておる!)
◆
夕方。
屋敷はまるで別の場所のように美しくなっていた。
布の彩りが壁を飾り、暖簾が風に揺れ、廊下には柔らかな光が差し込む。
「お紺殿、見事でござる!」
「当然です。私は呉服屋の娘ですから」
お紺は胸を張った。
「これで裏大奥も、少しは大奥らしくなりましたね」
「うむ! これぞ裏大奥の第一歩!」
兵庫は感動し、涙をこぼした。
「泣くのが早い!」
お紺がツッコミを入れ、皆が笑った。
こうして――
裏大奥は“美”を手に入れたのであった。




