第5話 みんなで大掃除
裏大奥――と兵庫が勝手に名付けたボロ屋敷は、朝日が差し込むと同時にその惨状を露わにした。
天井は崩れ、畳はところどころ腐り、柱は傾き、庭は雑草が生い茂っている。
そんな屋敷の前に、兵庫と四人の娘が立っていた。
「……ここで暮らすんですよね」
お紺が眉をひそめる。
「なんや、昨日よりボロく見えるなぁ……」
お梅が呆然とつぶやく。
「これは舞台装置としても使えないレベルだねぇ」
お蝶が扇子で口元を隠しながら笑う。
「……とにかく掃除です。徹底的に」
お鈴が冷静に言った。
四人の不穏な空気を感じ取った兵庫は、努めて明るく声を出す。
「まずは掃除じゃ! 掃除こそ、裏大奥の第一歩!」
兵庫が号令をかけると、四人の娘は渋々動き始めた。
◆
お紺は屋敷にある布を集めて整理していた。
「この布……カビてますね。燃やしましょう」
「待て待て! まだ使えるかもしれぬ!」
「使えません。布が泣いてます」
お紺は呉服屋の娘らしく、布の扱いに厳しい。
しかし、古布を見つけると目を輝かせた。
「これは……柄は古いですが、組み合わせ次第で使えますね」
「お紺殿、頼もしい!」
「褒めても何も出ませんよ……少し、嬉しいですけど」
◆
「よいしょっ!」
お梅は腐った畳を軽々と持ち上げた。
「お、お梅殿!? それは二人がかりの仕事では……」
「うちは農家やけん、これくらい普通や!」
お梅は笑顔で畳を運び、庭の雑草を根こそぎ抜き、ついでに庭の土を耕し始めた。
「お梅殿、掃除のはずが畑になっておる!」
「畑にした方がええやろ!」
「……確かに」
◆
お蝶はつまらなそうに、縁側に腰をかけている。
「ねぇ兵庫、本当に掃除するの? 舞の稽古じゃないの?」
「掃除でござる!」
「じゃあ、掃除を華やかにしようか」
お蝶は扇子を広げ、舞うように埃を払っていく。
その姿に、お紺が呆れた。
「あなた……掃除を芸事にしないでください」
「いいじゃないか。楽しい方が続くよ?」
「……それは否定できませんね」
◆
お鈴は眉間にしわを寄せ、何やら考え事をしている。
「兵庫殿、掃除の手順を決めます」
「手順?」
「はい。まずは玄関から。次に廊下、部屋、最後に庭です。無秩序に動くと効率が悪いので」
「お鈴殿、頼もしすぎる……!」
「当然です。兵庫殿が無計画すぎるだけです」
「ぐっ……!」
◆
兵庫たちが掃除に励んでいると、若君が顔を出した。
「兵庫兄上、皆さん。何をしているのですか?」
「掃除でござる! よろしければ若君も手伝われますか?」
「はい!」
若君は小さな手で雑巾を持ち、床を拭き始めた。
「若君、雑巾はこう持つのです」
「若君、そこは危ないで!」
「若君、無理しないでね」
「若君、こちらの方が効率的です」
四人が一斉に世話を焼く。
若君は少し照れながら笑った。
「皆さん、ありがとうございます」
その笑顔に、四人の心が一気に和らいだ。
◆
夕方。
屋敷は見違えるほど綺麗になっていた。
埃は消え、畳は張り替えられ、庭は整えられ、お紺が飾った布が華やかさを添えている。
「……すごい。まるで別の屋敷のようでござる」
兵庫は感動して涙をこぼした。
「泣くの早い!」
「まだまだこれからやで!」
「明日はもっと華やかにするよ」
「兵庫殿、明日の予定を立てます」
四人の声が重なり、屋敷に温かい空気が満ちる。
若君がぽつりと言った。
「僕……ここ、好きです」
その一言で、全員の疲れが吹き飛んだ。
◆
夜。
兵庫は屋敷の前で空を見上げた。
「秀頼様……拙者は、必ずや若君を守り抜きます。そして、この裏大奥を……立派なものにしてみせまする!」
その背後で、四人の声が飛んできた。
「兵庫殿、まだ仕事が残ってますよ!」
「兵庫様、はよ来て!」
「兵庫、逃げるなよ?」
「兵庫殿、働いてください」
「ひぃぃぃ!!」
兵庫の忙しい日々は、しばらく終わりそうにない。




