第3話 庶民の娘をスカウトせよ
若君との邂逅から一夜。
兵庫は眠れなかった。
「裏大奥……裏大奥か……!」
布団の中でゴロゴロ転がりながら、兵庫は天井を見つめる。
穴の空いた天井から、夜明け前の風がスースーと吹き込んでくる。
「資金なし、協力者なし、側室なし。だが、拙者には忠義がある!」
兵庫は布団を跳ね飛ばし、勢いよく立ち上がった。
「よし、まずは側室候補を探すでござる!」
その声が長屋中に響き、隣の住人が壁を叩いた。
「朝っぱらからうるせぇぞ、兵庫!」
「す、すまぬ!」
兵庫は頭を下げつつ、着物を整え、外へ飛び出した。
◆
兵庫はまず、武家屋敷の並ぶ通りへ向かった。
「豊臣家のために、どうか側室として――」
「お断りします」
「若君のために――」
「二度と来ないでください」
「豊臣家の再興を――」
「終わった家の話をしないでください」
門前払い、門前払い、また門前払い。
兵庫は心が折れそうになりながらも、必死に食い下がる。
「なぜじゃ……! なぜ誰も協力してくれぬ……!」
すると、通りすがりの町人が呆れたように言った。
「そりゃそうだろ。豊臣なんて、もう滅んだ家じゃねぇか」
「滅んでおらぬ! 若君は生きておる!」
「はぁ? 何言ってんだ、あんた」
兵庫は歯を食いしばった。
「武家はダメか……ならば……!」
兵庫の目がギラリと光る。
「庶民の娘を誘うでござる!」
◆
兵庫が最初に向かったのは、大坂でも評判の呉服屋だった。
「いらっしゃいませ……って、何その着物」
店に入った瞬間、店の奥から現れた娘が兵庫を見て眉をひそめた。
黒髪をきっちり結い上げ、切れ長の目が印象的な美人――お紺である。
「こ、これは……戦で傷んだだけで……」
「戦? いつの話ですか。布が泣いてますよ」
兵庫は胸を張った。
「拙者は豊臣家のために――」
「はいはい、そういうのは結構です。買う気がないなら帰ってください」
「買う気は……ない!」
「帰れ!」
お紺が追い出そうとするが、兵庫は踏みとどまった。
「お紺殿。拙者は、豊臣家の若君をお守りしておる」
「豊臣……? まだ生きていたんですか」
「うむ。そして若君の未来のために、女性たちの力が必要なのだ」
「……つまり?」
「そなたに側室として来てほしい!」
「はぁ!? いきなり何を言ってるんですか!」
お紺は怒りで頬を赤くした。
「私は武家の娘でもないのに、そんな大役……無理です!」
「いや、できる。お紺殿には“美を見抜く目”がある。裏大奥を作るには、その才が必要なのだ!」
「……っ」
お紺の表情が揺れる。
「あなたの手で、若君の未来を彩ってほしい。あなたの色彩の才は、誰よりも美しい」
「そんな真顔で言われたら……断りづらいじゃないですか……」
お紺はため息をつき、頬を赤らめた。
「……少しだけ、話を聞きます」
お紺、加入。
◆
次に兵庫が向かったのは、大坂郊外の畑だった。
「うわっ、また倒れとる人がおる!」
畑で働いていた健康的な小麦肌の娘――お梅が、倒れている兵庫を見つけた。
長い三つ編みを左右に揺らしながら、兵庫のもとに駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!」
「す、すまぬ……腹が……減って……」
「ほら、これ食べて!」
お梅は握り飯を差し出す。
兵庫は涙を流しながら食べた。
「う、うまい……!」
「そらよかった。で、あんた何者なん?」
「拙者は豊臣家の――」
「豊臣!? まだ残っとったん!?」
兵庫は若君の話を丁寧に説明した。
お梅は目を丸くし、そして涙ぐんだ。
「そんな子がおるんか……! ほんなら、うちも何かしたいけど……」
「ならば来てほしい。側室として!」
「そ、それは無理やて!!」
お梅は顔を真っ赤にして後ずさる。
「うちは農家の娘やし、礼儀も知らんし……」
「いや、お梅殿の力が必要なのだ。裏大奥には畑も必要、料理も必要、そしてなにより"生活力"が必要。お梅殿の力がなければ、裏大奥は成り立たぬ!」
「……うちの力で、若君を守れるん?」
「守れる。お梅殿ならできる!」
お梅はぎゅっと拳を握った。
「……ほんなら、行く!」
お梅、加入。
◆
次に兵庫が訪れたのは、旅芸人の舞台。
「なんて美しい舞……!」
兵庫は感動のあまり号泣していた。
すると、舞っていた娘――お蝶が笑いながら近づいてくる。
大きな瞳に艶やかな黒髪が目を引く、派手な美人である。
「そんなに泣かれたら、こっちが照れるじゃないか」
「お蝶殿、お願いがある!」
「お願い?」
「若君のために、あなたの芸を貸してほしい。裏大奥で、女性たちに芸事を教えてほしい!」
「裏……大奥? 何それ」
兵庫は丁寧に説明した。
「若君の未来を守るための秘密の場所で、そこに集う女性たちには“華”が必要なのだ。お蝶殿の舞は、人の心を掴む力がある」
「……そんなこと言われたの、初めてだよ」
お蝶は頬を赤らめ、扇子で顔を隠した。
「面白そうだし、行ってみようかな」
お蝶、加入。
◆
最後に兵庫が訪れたのは、定宿にしている旅籠。
兵庫は毎回宿代が払えず、そのたびに土下座していた。
「す、すまぬ……!」
「あなた、またですか……」
涼しげな大人の色香が評判の看板娘――お鈴はため息をつく。
気配り上手で世話焼きでもある彼女は、ダメ男の兵庫を放っておけずにいた。
「で、今度は何をしに大坂を走り回ってるんです?」
「若君のために、裏大奥を作るのだ!」
「裏……大奥?」
兵庫は丁寧に説明した。
「若君を守るために、信頼できる女性たちを集める。その中で、お鈴殿の“気配り”が必要なのだ。礼儀作法、接客、立ち居振る舞い。お鈴殿の力がなければ、裏大奥は成り立たぬ!」
「……あなた、今回は本気なんですね」
「本気でござる!」
お鈴は静かに微笑んだ。
「仕方ありませんね。あなたには私が必要でしょう。行きますよ、兵庫殿」
お鈴、加入。
◆
こうして、あれよあれよという間に、四人の側室候補が集まった。
兵庫の口車にまんまと乗せられてしまった彼女たちの運命やいかに。




