第23話 お取り潰し
夜が明けた。
裏大奥の庭に、薄い朝霧が漂っていた。
その静けさは、まるで世界が息を潜めているようだった。
兵庫は刀を腰に差し、ゆっくりと立ち上がった。
「……来る」
左門が頷く。
「包囲が締まった。黒田監物が動くぞ」
ヒロインたちは兵庫の背中を見つめていた。
お紺は布を握りしめ、
お梅は鍬を構え、
お蝶は扇子を閉じ、
お鈴は震える手で兵庫の袖を掴んだ。
若君は兵庫の後ろに隠れながら、必死に涙をこらえていた。
その時――
「開けよ!! 幕府の命である!!」
裏大奥の門がドンドンドンと叩かれる。
当然、兵庫たちは応じない。
すると、固く閉めていた門が、激しい音を立てて破られた。
黒田監物が十数名の武士を率いて踏み込んでくる。
「ここが裏大奥か。女と子供が住むには、贅沢すぎる場所よ」
監物の目は、獲物を見つけた獣のように光っていた。
「豊臣の血を匿う罪。今日、この場で裁く!!」
若君が震え、兵庫の袖を掴む。
「兵庫兄上……!」
「大丈夫でござる。拙者が……守る!」
兵庫は一歩前に出た。
「黒田監物!! 若君には何の罪もない!! この者たちも、ただの町娘でござる!! どうか……どうか命だけは……!」
監物は鼻で笑った。
「命乞いか? 武士の風上にも置けぬ」
「違う!! 拙者は……!」
「黙れ、浪人風情が!!」
監物が刀を抜いた。
「豊臣の血は、ここで断つ!!」
監物が兵庫に斬りかかろうとした瞬間――
「兵庫殿を傷つけるな!!」
お紺が布を広げて飛び込んだ。
「兵庫様に触るなぁぁ!!」
お梅が鍬を振りかざす。
「兵庫に手を出すなら……あたしが相手だよ!!」
お蝶が扇子を構える。
「兵庫殿は……私たちの家族です!!」
お鈴が監物の前に立ちはだかった。
監物は嘲笑した。
「女四人で何ができる?」
だが、娘たちの目は揺らがなかった。
左門が監物の前に立つ。
「黒田監物。これ以上は、私が許さぬ」
「霧島左門……貴様、幕府に逆らうか!」
「逆らうのではない。守るのだ」
刃が交わり、火花が散る。
左門と監物の戦いは激しく、裏大奥の庭が土煙に包まれた。
◆
兵庫は若君を抱き上げた。
「若君……! ここから離れるでござる!!」
「兵庫兄上……皆は……!?」
「皆は強い。心配無用にござる……!」
だが――
監物の部下が兵庫の前に立ちはだかった。
「逃がすと思うか!!」
兵庫は刀を抜き、必死に応戦する。
だが、数が多すぎる。
「ぐっ……!」
兵庫の肩から血が流れる。
「兵庫兄上!!」
その時、主膳が叫びながら飛び込んできた。
「若君を……渡すものかぁぁ!!」
主膳は自分の体で兵庫と若君を庇った。
「主膳殿!!」
「兵庫……! わしは……ずっと後悔しておった。今こそ……償わせてくれ……!」
主膳の背中に、敵の刃が深く突き刺さる。
「ぐあぁぁぁ!」
「主膳殿ぉぉぉ!!」
◆
監物が叫ぶ。
「全員捕らえよ!! 女も子供も容赦するな!!」
武士たちが裏大奥に雪崩れ込む。
お紺が倒れ、
お梅が押さえつけられ、
お蝶が扇子を奪われ、
お鈴が兵庫の名を叫ぶ。
「兵庫殿!!」
兵庫は必死に手を伸ばす。
「皆……!! 皆ぁぁぁ!!」
だが、兵庫もまた押さえつけられた。
若君が泣き叫ぶ。
「兵庫兄上!! 兵庫兄上ぇぇぇ!!」
監物が冷たく言い放つ。
「裏大奥、取り潰しである」
その言葉とともに、裏大奥は崩れ落ちた。
◆
夕暮れ。
裏大奥には、誰の声も残っていなかった。
倒れた家具、破られた布、散らばる花。
そこには、昨日までの温かい日常の欠片だけが残っていた。
兵庫は縄で縛られながら、血の滲む声で呟いた。
「若君……皆……必ず、取り戻す……」
その誓いだけが、静寂の中に残った。




