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第21話 裏切り者が、いる

 裏大奥を包囲する幕府の影は、日を追うごとに濃くなっている。


 だが――

 それ以上に、裏大奥の内部に広がる“違和感”が深刻だった。


 ◆


 夜。

 霧島左門は屋根の上で、周囲の気配を探っていた。


(……おかしい)


 包囲している幕府側の配置が、あまりにも的確すぎる。

 まるで屋敷の構造をすべて把握しているかのような。


(裏大奥の内部情報が……漏れている?)


 左門は眉をひそめた。


(兵庫たちの行動が、逐一読まれている。これは偶然ではない)


 その時、左門の背後に兵庫が現れた。


「左門殿、何かあったのか?」

「兵庫、裏大奥の中に情報を漏らしている者がいる」

「……!」


 兵庫の顔が強張った。


 ◆


 翌朝。

 兵庫は皆を集めた。


「皆、聞いてほしい」


 お紺、お梅、お蝶、お鈴、そして若君が集まる。


「裏大奥の情報が、外に漏れておる」


 全員が息を呑んだ。


「そんな……!」

「うそやろ……!」

「兵庫、まさか……」


 狼狽える皆を制して、お鈴が静かに言った。


「兵庫殿。つまり……裏大奥の中に裏切り者がいると?」

「……そういうことになる」


 重い沈黙が落ちた。


 お紺が震える声で言った。


「私たちの中に……?」


 お梅が首を振る。


「そんなはずない! うちら、皆で若君を守るって決めたやん!」


 お蝶は扇子を握りしめる。


「でも……誰かが漏らしてるんだよね?」


 お鈴は冷静に言った。


「兵庫殿。裏大奥に出入りできる者は限られています。私たち、兵庫殿、左門殿、主膳殿。そして……」


 全員の視線が、ひとりの人物に向いた。


「……若君?」


 若君は目を丸くした。


「ぼ、僕は……何も……!」

「若君を疑うな!!」


 兵庫が叫んだ。


「若君は絶対に違う!!」


 その声に、娘たちははっとした。


「そ、そうですよね……!」

「若君がそんなことするわけない!」

「疑ってごめんね、若君」

「私の発言がうかつでした。申し訳ありません」


 若君は涙目で兵庫の袖を掴んだ。


「兵庫兄上……僕、何もしてません……!」

「分かっております……!」


 左門が口を開いた。


「兵庫。裏切り者は意図的とは限らない」

「む……?」

「誰かが知らぬ間に情報を漏らしている可能性もある。例えば――」


 左門は娘たちを見渡した。


「買い物の時に話しかけられた。畑仕事を見られた。布を干しているところを見られた。舞の稽古を覗かれた。庭の掃除を見られた」


 お紺が息を呑む。


「つまり、私たちの日常が……?」

「そうだ。誰かが裏切ったのではなく、誰かが"利用された”のだ」


 娘たちの表情が曇る。


 その時、兵庫がぽつりと言った。


「……主膳殿は?」


 全員が固まった。


「主膳殿は、裏大奥の外にも出入りしておる。幕府の者と接触する機会も多い」


 お紺が震える声で言う。


「兵庫殿……まさか……」

「いや、主膳殿を疑っているわけではない。だが、可能性はある」


 お梅が涙目で言った。


「主膳殿、若君のこと大事にしとるのに……そんなこと……」


 お蝶は唇を噛む。


「でも、兵庫の言う通り、主膳さんは外に出る機会が多い」


 お鈴は静かに言った。


「兵庫殿。主膳殿に話を聞くべきです」


 兵庫は深く頷いた。


「……うむ」


 ◆


 主膳は裏大奥の隅で、ひとり静かに茶を飲んでいた。


「主膳殿……話があります」


 兵庫が切り出すと、主膳はゆっくりと顔を上げた。


「……分かっておるよ、兵庫」

「む……?」


 主膳は深いため息をついた。


「わしが……情報を漏らした」


 娘たちが息を呑む。


「主膳殿……!」

「違うんじゃ……! わしは……わしは……!」


 主膳は震える声で続けた。


「脅されたんじゃ……若君の命が惜しければ情報を出せ、と……!」


 お紺が口元を押さえた。


「そんな……!」


 お梅が涙をこぼす。


「主膳殿……!」


 お蝶は扇子を落とした。


「そんな卑怯な……!」


 お鈴は拳を握りしめた。


「幕府……許せません……!」


 主膳は涙を流しながら言った。


「すまぬ……兵庫。わしは……弱かった。若君を守るために……裏大奥を危険に晒してしまった……!」


 兵庫は主膳の肩を掴んだ。


「主膳殿、あなたは裏切ってなどおらぬ」

「……!」

「若君を守るために、苦しみながら選んだのでしょう」


 主膳は顔を覆って泣いた。


「兵庫……! すまぬ……すまぬ……!」


 兵庫は主膳を抱きしめた。


「主膳殿、これからは一緒に戦いましょう」


 その時、左門が静かに言った。


「兵庫。主膳殿は利用されただけだ」

「む……?」

「本当の敵は……外にいる」


 左門は鋭い目で裏大奥の外を見た。


「裏大奥の情報を集め、主膳殿を脅し、包囲網を敷いた者」


 左門は刀に手をかけた。


「黒田監物だ」


 兵庫の目が燃える。


「っ……! 監物……!」

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