表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/31

第20話 幕府の包囲網

 裏大奥に、奇妙な静けさが流れていた。


 お紺は布を干しながら、ふと手を止めた。


「……風の音が、いつもと違います」


 お梅は畑で鍬を握りしめ、周囲を見回す。


「なんやろ……胸がざわざわするわ……」


 お蝶は扇子を閉じたまま、舞の稽古をやめていた。


「空気が重いねぇ……嫌な予感がするよ」


 お鈴は掃除の手を止め、眉を寄せた。


「……人の気配がします。しかも、複数」


 若君は不安そうに兵庫の袖を掴んだ。


「兵庫兄上……怖いです……」


 兵庫は若君の頭を撫でながら、周囲を鋭く見渡した。


「……左門殿は?」

「屋根の上です。朝からずっと、動きません」


 お鈴の言葉に、兵庫は息を呑んだ。


(左門殿が動かぬということは……すでに何かを察しておるのだ)


 ◆


 屋根の上。

 霧島左門は、風の流れを読むように目を閉じていた。


(……囲まれている)


 裏大奥の周囲に、気配がいくつも潜んでいる。


 足音はない。

 声もない。

 だが、確かに“人”がいる。


(幕府の刺客……いや、もっと数が多い)


 左門は刀に手をかけた。


(これは、包囲網だ)


 左門は屋根から飛び降り、兵庫の前に立った。


「兵庫。裏大奥は完全に包囲されている」

「……!」


 娘たちが息を呑む。


 兵庫は恐る恐る左門に尋ねた。


「ど、どれほどの数でござる?」

「少なくとも十……いや、二十はいる」

「に、二十……!」


 お紺が青ざめる。


「そんな……!」


 お梅が鍬を握りしめる。


「うちの畑、荒らしたら許さんで……!」


 お蝶は扇子を握りしめた。


「兵庫、どうするの……?」


 お鈴は冷静に言った。


「兵庫殿。ここは戦うべきではありません」

「む……?」

「相手は幕府。正面から戦えば、裏大奥は潰されます」


 左門も頷く。


「お鈴の言う通りだ。今は動かないことが最善だ」

「動かない……?」

「包囲は、こちらの反応を見るためのものだ。焦って動けば、それを口実に攻め込んでくる」


 兵庫は拳を握った。


「卑怯な手を……!」


 若君が震える声で言った。


「兵庫兄上……僕のせいで……皆が危険に……」

「若君!」


 兵庫は若君の肩を掴んだ。


「違うでござる! 若君のせいではござらぬ!」


 お紺が優しく微笑む。


「若君。あなたは何も悪くありません」


 お梅が涙をこらえながら言う。


「うちらが守るんや。若君は気にせんでええ」


 お蝶が若君の手を握る。


「若君は、ここにいていいんだよ」


 お鈴が静かに言った。


「若君。あなたは私たちの家族です」


 若君の目に涙が溢れた。


「皆さん……」


 左門は兵庫に向き直った。


「兵庫。ここから先は、本当に危険だ」

「……分かっておる」

「幕府は、裏大奥を敵と見なした。若君を捕らえ、お前たちを処罰するつもりだ」


 兵庫は深く息を吸った。


「左門殿。拙者は、覚悟しておる」

「……!」

「若君を守るためなら……命を捨てる覚悟はできておる」


 左門は目を閉じた。


(この男……本当に……)


 ◆


 夕暮れ。

 裏大奥の周囲には、黒い影がいくつも潜んでいた。


 娘たちは兵庫の周りに集まる。


「兵庫殿……怖くありませんか?」


 お紺が尋ねる。


「怖いに決まっておる」


 兵庫は笑った。


「だが、皆がいる。それだけで、拙者は戦える」


 お梅が涙をこらえながら笑う。


「兵庫様……!」


 お蝶が扇子を鳴らす。


「兵庫、あたしも戦うよ」


 お鈴が静かに頷く。


「裏大奥は……誰にも渡しません」


 左門が刀を握り直した。


「兵庫。敵はもうすぐ来る」

「うむ……!」


 兵庫は空を見上げた。


「来るなら来い……! 裏大奥は、誰にも壊させぬ!!」


 その叫びは、静かに迫る闇を切り裂くように響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ