第19話 最強の味方
兵庫が負傷した翌日。
裏大奥は、いつも以上に静かだった。
お紺は兵庫の包帯を替え、
お梅はそばで涙をこらえ、
お蝶は扇子を閉じたまま、
お鈴は兵庫の枕元で見守っていた。
若君は兵庫の手を握りしめて離れない。
その光景を、左門は屋根の上から見下ろしていた。
(これが家族、か)
胸の奥が、痛むように熱くなる。
◆
夕暮れ。
左門は裏大奥の周囲を巡回していた。
その時――
風に紛れて、微かな殺気が走った。
(……来たか)
左門は屋根の上に跳び、闇の中を見据えた。
そこには、黒装束の男が四人。
「霧島左門。我らは老中様より命を受けた」
「裏大奥を、潰す」
左門の目が細くなる。
「……やはり幕府は動いたか」
「お前は退け。任務を妨害すれば、貴様も反逆者だ」
左門は静かに刀に手をかけた。
「……退かぬ」
「何?」
「裏大奥に手を出すなら……お前たちを斬る」
刺客たちがざわめく。
「左門……! 貴様、幕府に逆らう気か!」
「逆らうのではない」
左門は刀を抜いた。
「守るのだ」
闇の中、刃が閃く。
刺客たちは四人がかりで襲いかかるが、左門は一歩も引かない。
「ぐっ……! こいつ、強すぎる……!」
「霧島左門は幕府最強の隠密だ、油断するな!」
「貴様、なぜ裏大奥を庇う!!」
左門は冷たく言い放った。
「理由など、ひとつで十分だ」
刺客が怯む。
「“あの子”を泣かせたくない」
その瞬間、左門の動きが一段階速くなった。
刃が走り、刺客たちは次々と倒れた。
「くっ……覚えていろ……!」
刺客たちは撤退していった。
左門は刀を納め、深く息を吐いた。
(これで完全に、私は幕府を敵に回した)
◆
裏大奥に戻ると、兵庫が痛む肩を押さえながら立ち上がった。
「左門殿……!」
「動くな。傷が開く」
「いや……今の気配は……」
左門は静かに頷いた。
「幕府の刺客だ。裏大奥を潰すために来た」
娘たちが息を呑む。
「そんな……!」
「若君にまた危険が……!」
「兵庫、どうするの……!」
「兵庫殿……」
左門は皆を見渡し、静かに言った。
「兵庫。私は、決めた」
兵庫は息を呑む。
「私は……裏大奥の味方になる」
全員が固まった。
「左門殿……!」
「嘘やろ!?」
「思い切ったねぇ……」
「兵庫殿、これは……!」
左門は続けた。
「幕府は若君を敵と決めつけている。だが私は……あの子を見て、そうは思えぬ」
若君が左門を見上げる。
「左門殿……」
「私は隠密だ。真実を見極めるのが役目だ。そして――」
左門は兵庫を見た。
「お前の覚悟に、心を動かされた」
兵庫の目が揺れる。
「左門殿……!」
「兵庫。お前は不器用で、鈍くて、危なっかしい。だが……」
左門は微笑んだ。
「誰よりも“守るべきもの”を知っている男だ」
その言葉に、娘たちの胸も熱くなる。
左門は刀を置き、深く頭を下げた。
「兵庫。私を、仲間にしてくれ」
兵庫は震える声で言った。
「左門殿。こちらこそ、頼むでござる……!」
お紺が涙をこぼす。
「左門殿……ありがとうございます……!」
お梅が笑う。
「これで心強いわ!」
お蝶が扇子を鳴らす。
「ふふっ、裏大奥に男が増えたねぇ」
お鈴が静かに言った。
「左門殿。あなたの判断、正しいと信じます」
若君は左門に抱きついた。
「左門殿……! ありがとう……!」
左門はその小さな手を優しく握った。
「若君。私はあなたを守る」
◆
左門は遠い江戸を見据えるように、東の空を見上げた。
「兵庫。これから幕府は本気で動く。裏大奥は嵐の中に放り込まれる」
「覚悟はできておる」
「ならば……」
左門は刀を握り直した。
「共に戦おう」
兵庫は深く頷いた。
「うむ……! 裏大奥は、誰にも渡さぬ!!」
その声に、娘たちも続いた。
「「「「おおおおお!!」」」」
裏大奥は、ついにひとつになった。




