第18話 兵庫の傷と恋の自覚
若君が狙われた翌日。
裏大奥には、いつもと違う空気が流れていた。
お紺は布を握りしめ、
お梅は鍬を強く握り、
お蝶は扇子を閉じたまま、
お鈴は掃除の手を止めていた。
皆、心のどこかに恐怖が残っていた。
そして――
その恐怖は、兵庫の胸にも深く刻まれていた。
「兵庫殿、今日は皆で行動しましょう」
お鈴が言う。
「いや、今日は拙者ひとりで十分でござる」
「兵庫殿……」
兵庫は笑ってみせた。
「昨日のようなことがあってはならぬ。皆を危険に晒すわけにはいかぬでござる」
その背中は、いつもより少しだけ大きく見えた。
だが――
その背中には、深い孤独が滲んでいた。
◆
町の裏路地。
兵庫は町の様子を探るべく、周囲を警戒しながら歩いていた。
(監物のような者が、また現れるやもしれぬ……)
その瞬間。
「豊臣の残党め、成敗してくれる!!」
複数の影が飛び出した。
「なっ……!」
兵庫は刀を抜き、応戦する。
だが相手は三人。
しかも、武士の動きだ。
「あの子供をどこに隠した!!」
「そんなの、知らぬ!!」
兵庫は必死に防ぐが――
背後からの一撃が肩を裂いた。
「ぐっ……!」
血が溢れ、視界が揺れる。
(まずい……このままでは……)
その時。
「兵庫様ぁぁぁぁ!!」
怒号が響いた。
お梅が鍬を振りかざして突っ込んできたのである。
「兵庫様に手ぇ出すなぁぁぁ!!」
「ひぃっ!? なんだこの娘!!」
鍬の一撃で地面が割れ、敵が吹き飛ぶ。
「兵庫様、大丈夫か!?」
「お、お梅殿……!」
お梅は兵庫の肩を見て、顔を真っ青にした。
「血ぃ出てるやん……! なんでひとりで行ったんや……!」
その声は震えていた。
「兵庫殿!!」
お紺が布を抱えて走ってくる。
「兵庫、怪我してるじゃないか!!」
お蝶が怒りで顔を赤くする。
「兵庫殿、無茶をしすぎです!!」
お鈴が震える声で叫ぶ。
兵庫は苦笑した。
「皆……なぜここに……?」
「兵庫殿がひとりで行くなんて……心配に決まっているじゃないですか!!」
お紺が叫んだ。
お梅は涙をこぼしながら兵庫の肩を押さえる。
「うち……兵庫様が死んだら……嫌や……!」
お蝶は怒りで扇子を握りしめた。
「兵庫、あたしを置いて勝手に行くなよ……!」
お鈴は震える手で兵庫の腕を掴んだ。
「兵庫殿……あなたは、もっと自分を大事にしてください……!」
兵庫は言葉を失った。
(皆……こんなにも……)
その時、屋根の上から声がした。
「兵庫。ぬかったな」
霧島左門が降りてきた。
「お前がひとりで動くと、こうなる」
「左門殿……!」
左門は倒れた敵を見下ろし、冷たく言った。
「こいつらは幕府の密偵だ。監物の差し金だろう」
「……!」
「兵庫。お前はもう狙われる側だ。若君だけではない。お前自身もだ」
兵庫は拳を握った。
「……分かっておる」
◆
裏大奥に戻り、兵庫の傷を手当てしながら――
娘たちはそれぞれ、胸に手を当てていた。
お紺は、震える指で兵庫の肩に布を巻きながら。
(……兵庫殿が傷つくのは……嫌)
お梅は、涙を拭いながら。
(うち……兵庫様のこと……好きなんや)
お蝶は、扇子を閉じたまま。
(兵庫……あたしがこんなに心配するなんてね……)
お鈴は、肩を震わせながら。
(兵庫殿……あなたは私にとって……)
そして――
兵庫は、皆の手の温かさに気づいていた。
(皆……拙者のために……)
◆
手当てが終わった頃、若君が駆け込んできた。
「兵庫兄上!!」
「若君……!」
若君は兵庫に抱きつき、涙をこぼした。
「死んじゃうかと思った……! 兵庫兄上がいなくなるのは嫌だ……!」
兵庫は若君の頭を優しく撫でた。
「大丈夫でござる。拙者は……若君を置いていったりはしませぬ」
その言葉に、皆の胸が熱くなった。
◆
その光景を見て、左門は屋根の上で呟いた。
「……兵庫。お前は本当に、人を惹きつける男だな」
そして、静かに目を閉じた。
(この場所を……守らねばならぬ)




