第14話 覚悟
裏大奥に左門が滞在するようになって三日。
その間、左門は四人の娘に振り回され続けた。
お紺には着物を直され、
お梅には畑仕事をさせられ、
お蝶には舞の稽古を押しつけられ、
お鈴には礼儀作法を叩き込まれた。
――だが
左門の目は、常にひとりの少年を追っていた。
若君。
その立ち居振る舞い、言葉遣い、気品。
どう見ても“ただの町の子”ではない。
(やはり……この子は何者だ?)
左門の疑念は深まるばかりだった。
◆
夜。
左門は兵庫を裏庭に呼び出した。
「兵庫。話がある」
「む……左門殿、何の用でござる?」
「単刀直入に聞く。あの少年、何者だ?」
兵庫の表情が固まった。
「……何者とは?」
「とぼけるな。あの子は武家の子だ。それも相当な家柄の」
兵庫は沈黙した。
左門は一歩踏み込む。
「兵庫。お前は何を隠している?」
兵庫はゆっくりと刀の柄に手を置いた。
「左門殿。これ以上、若君のことに踏み込むなら……」
「なら?」
「拙者は、あなたを斬らねばならぬ」
左門の目が細くなる。
「……本気か?」
「本気でござる」
兵庫の声は震えていなかった。
その目には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
「若君は拙者の命に代えても守るべきお方。たとえ幕府の隠密であろうと、若君に害をなす者は許さぬ」
左門は息を呑んだ。
(この男……本気だ)
「兵庫。私は幕府の隠密だ。幕府に逆らう者を見逃すわけにはいかぬ」
「分かっておる」
「だが……」
左門は空を見上げた。
「私はまだ、お前たちを敵と決めたわけではない。あの娘たちも、あの少年も……どう見ても、謀反を企む者には見えぬ」
「左門殿……」
「だが、幕府はそうは思わぬ。裏大奥などという噂が広まれば、必ず疑いの目を向ける」
左門の声には、苦悩が滲んでいた。
「左門殿」
兵庫は刀から手を離し、深く頭を下げた。
「拙者は……強くない。武士としても、男としても、まだまだ未熟でござる」
「……」
「だが、若君を守りたい。あの子が笑って生きられる未来を作りたい。そのために、裏大奥を作った」
兵庫は拳を握りしめた。
「左門殿。あなたは幕府の忠臣であろう。だが……どうか、若君を敵と見なさないでほしい」
左門は目を閉じた。
(この男……嘘をついていない)
「兵庫」
「……はい」
「私はまだ、お前たちを裁くつもりはない。だが、見逃すとも言えぬ」
「……!」
「私は隠密だ。真実を見極めるまでは、判断を下せない」
左門は兵庫に背を向けた。
「しばらく、ここに滞在する。お前たちが何者なのか、この目で確かめるためにな」
兵庫は深く頷いた。
「……承知した」
◆
物陰から、四人の娘が顔を出した。
「兵庫殿……かっこよかったです」
お紺が胸を押さえる。
「兵庫様、あんな真剣な顔……初めて見たで」
お梅が頬を赤らめる。
「兵庫、やるじゃないか」
お蝶がにやりと笑う。
「兵庫殿……見直しました」
お鈴が静かに言った。
「な、なぜ皆おるのだ!!?」
「気になって見に来たんです」
「当然や!」
「面白そうだったからねぇ」
「監視の一環です」
「監視!? 拙者は悪人ではない!!」
娘たちは笑い、兵庫は真っ赤になった。
◆
左門は屋根の上に戻り、夜空を見上げた。
「……兵庫。お前の覚悟、確かに受け取った」
だが同時に、胸の奥に小さな痛みが走る。
(私は……本当にこの者たちを敵と呼べるのか?)
その迷いは、やがて左門の運命を大きく変えていくことになる。




