第13話 左門の潜入調査
夜明け前。
裏大奥の屋根の上に、黒い影がひとつ。
幕府隠密――霧島左門。
「さて……どんな秘密を隠しているのか、見せてもらおう」
左門は静かに屋根から降り、裏大奥の敷地へ忍び込んだ。
しかし――
「……む?」
庭の土が、妙に柔らかい。
足が沈む。
「これは……畑か?」
次の瞬間。
「うわっ!? 誰か畑踏んどる!!」
お梅の怒声が響いた。
「しまっ……」
左門が振り返るより早く、お梅が鍬を構えて突進してきた。
「畑荒らすやつは許さんで!!」
「ま、待て! 違う! 私は――」
「言い訳無用!!」
左門は全力で逃げた。
(なんだこの娘は!? 速すぎる!!)
◆
畑から逃げた左門は、裏口から屋敷に入ろうとした。
だが――
「……あなた、誰ですか?」
背後から冷たい声。
振り返ると、お紺が腕を組んで立っていた。
「この時間に女の住まいに忍び込むとは……あなた、変質者ですか?」
「ち、違う! 私は――」
「言い訳は結構です。その黒装束、怪しさ満点です」
「ぐっ……!」
お紺は布を取り出し、左門の顔に巻きつけた。
「とりあえず拘束します」
「やめろ! 息が……!」
「大丈夫です。布は呼吸できますから」
「そういう問題ではない!!」
◆
お紺に拘束されたまま廊下に転がされた左門。
そこへ、お蝶が現れた。
「あれ? 新しい弟子?」
「違う!!」
「そんなに照れなくてもいいじゃないか。さぁ、舞の基本から教えてあげるよ」
「聞けと言っている!!」
お蝶は左門の手を取り、強引に舞のポーズを取らせた。
「はい、腰を落として、手はこう……」
「やめろ! 私は隠密だ!!」
「隠密でも舞くらいできるだろ?」
「できるか!!」
◆
騒ぎを聞きつけ、お鈴が現れた。
「……何をしているのですか?」
「お鈴殿、この人、畑荒らしや!」
「変質者です」
「舞の弟子だよ」
「違う!!」
お鈴は左門をじっと見つめた。
「あなた……迷子ですか?」
「違うと言っている!!」
「では、なぜ裏大奥に?」
「そ、それは……」
左門は言葉に詰まった。
(言えるわけがない。幕府の隠密だなどと)
お鈴はため息をついた。
「仕方ありませんね。とりあえず、兵庫殿のところへ連れていきます」
「やめてくれ……!」
◆
兵庫の部屋に連れてこられた左門。
兵庫は寝起きの顔で目をこすりながら言った。
「む……誰でござる?」
「兵庫殿、この者が屋敷に侵入していました」
「侵入者!? なぜもっと早く言わぬ!!」
「言いましたよ」
「聞いてなかったでござる!!」
兵庫は刀に手をかけ、左門を睨む。
「名を名乗れ!」
左門は観念した。
「……霧島左門。幕府隠密だ」
娘たちが一斉に叫ぶ。
「「「「ええええええええ!!?」」」」
兵庫は青ざめた。
「な、なぜ幕府の隠密がここに……!」
「お前たちの噂が江戸に届いた。裏大奥と呼ばれる美女集団、そして謎の少年。調べぬわけにはいかぬだろう」
兵庫は刀を抜きかけた。
「若君に手を出す気か……!」
「落ち着け。まだ何も決めていない」
左門は静かに言った。
「ただ、ひとつだけ言えることがある。お前たちは、あまりにも目立ちすぎる」
娘たちが兵庫を見る。
「兵庫殿のせいです」
「兵庫様のせいや!」
「兵庫のせいだねぇ」
「兵庫殿の管理不足です」
「なぜ拙者だけ責められる!!?」
左門はふと、若君を見た。
若君は怯えながらも、まっすぐ左門を見つめていた。
「……あなたは、誰ですか?」
左門は答えられなかった。
(この子……本当にただの町の子か? この気品、この目の強さ……)
左門は心の中で呟いた。
(もしこの子が豊臣の血筋なら……私はどうするべきなのだ?)
その迷いが、左門の胸に影を落とした。
◆
「左門殿。あなたが敵か味方か……まだ分からぬ」
兵庫が言う。
「だが、ここで討ち取れば、幕府はますます怪しむ。ならば……」
兵庫は深く息を吸った。
「しばらく裏大奥に滞在してもらう!」
「はぁ!? なぜそうなる!!?」
「監視するためでござる!」
「監視される隠密がどこにいる!!」
「ここにおる!」
「ぐぬぬ……!」
娘たちは顔を見合わせた。
「兵庫殿にしては良い考えかと」
「お鈴殿、監視は任せたで!」
「面白くなってきたねぇ」
「私がきっちり管理します」
左門は頭を抱えた。
(なんだこの場所は……潜入したはずが、なぜ監視される側になっている……?)




