第12話 悲報、幕府にバレる
大坂の町で広まった裏大奥の噂は、浮世絵師・歌川春蝶の筆によって、さらに勢いを増した。
そして――
その浮世絵は、ついに江戸へと運ばれた。
◆
江戸城の一室。
老中・土井大炊頭は、机の上に置かれた一枚の浮世絵をじっと見つめていた。
「……これは、なんだ?」
浮世絵には、四人の美しい娘と、その中心に立つ幼い少年が描かれている。
土井は眉をひそめた。
「大坂に、このような美女が四人も集まっていると?」
側に控える与力が答える。
「はっ。町では裏大奥と呼ばれているとか」
「裏大奥……?」
土井は鼻で笑った。
「馬鹿げた噂だ。だが……」
土井は浮世絵の少年に目を留めた。
「この子供……妙に品があるな」
「はっ。町人の間では若様ではないかと囁かれております」
「若様……?」
土井の目が鋭く光った。
「まさか……豊臣の血筋ではあるまいな」
部屋の空気が一気に冷えた。
「左門を呼べ」
土井の命令に、与力が走る。
しばらくして、黒装束の男が静かに現れた。
「霧島左門、参上いたしました」
土井は浮世絵を左門に差し出した。
「左門。この絵に描かれた者たちを調べよ」
左門は絵を一瞥し、目を細めた。
「これは……先日大坂で見かけた娘たちにございます」
「ほう。すでに目をつけていたか」
「はい。美しさもさることながら、あの少年、ただ者ではありません」
土井は身を乗り出した。
「やはりか。左門、命じる。大坂の裏大奥とやらを徹底的に調べよ。特に、その少年の素性をだ」
「御意」
左門は深く頭を下げた。
だが、心の中では別の思いが渦巻いていた。
(あの娘たちに害が及ぶのは……少々気が進まぬな……)
◆
一方その頃、江戸の大奥でも噂が広まっていた。
「ねぇ聞いた? 大坂に裏大奥があるって」
「しかも絶世の美女が四人もいるとか!」
「江戸の大奥より豪華じゃないの?」
「ちょっと! それは言いすぎよ!」
女中たちが騒ぎ、その噂はついに将軍の耳にも届いた。
「裏大奥……? 面白い。どれほどのものか、この目で見てみたいものだ」
将軍は笑ったが、その笑みの裏には警戒があった。
◆
その頃、裏大奥では――
「兵庫殿、今日も町で噂されていました」
お鈴が報告する。
「お蝶殿の振る舞いが派手なのが原因です」
「気をつけてるつもりなんだけどねぇ……」
「お紺殿の布も目立ちすぎです」
「美は隠せませんから」
「お梅殿の声も大きすぎます」
「うちは普通や!」
兵庫は頭を抱えた。
「皆、頼むから、目立たぬように……!」
その時、主膳が駆け込んできた。
「兵庫! 大変じゃ!」
「また何かあったのですか!?」
「江戸から……幕府の隠密が来ておるとの噂じゃ!」
「な、なんと……!」
兵庫の顔が青ざめた。
「裏大奥が……幕府に目をつけられた……!」
若君が不安そうに兵庫の袖を掴む。
「兵庫兄上……どうなるのですか?」
兵庫は震える手で若君の頭を撫でた。
「だ、大丈夫でござる……拙者が守りますゆえ。何があっても、若君を守り抜きます!」
しかし――
その決意とは裏腹に、裏大奥の周囲には、すでに黒い影が潜んでいた。
◆
屋根の上。
霧島左門が裏大奥を見下ろしていた。
「さて……真実を見せてもらおうか」
その目は鋭く、しかしどこか迷いを含んでいた。
(あの娘たち……そしてあの少年。敵と決めつけるには、あまりにも……)
風が吹き、左門の姿は闇に溶けた。
◆
裏大奥の存在は、ついに幕府の耳に届いた。
そして、霧島左門が本格的に動き出す。
兵庫たちの平和な日々は、ここから大きく揺れ始める。




