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第11話 噂、浮世絵、大慌て

 裏大奥で皆が暮らすようになってから数日。

 兵庫は朝から鼻歌まじりで庭を歩いていた。


「ふふふ……今日も平和でござるなぁ」


 お紺は布を干し、

 お梅は畑を耕し、

 お蝶は舞の練習をし、

 お鈴は掃除の指示を出し、

 若君は皆の後ろをちょこちょこついて歩く。


 完璧な日常。


 兵庫は胸を張った。


「これぞ裏大奥の理想形……!」


 しかし、その平和は長くは続かなかった。


 ◆


「兵庫殿、生活物資が足りません」


 お鈴が巻物を持ってくる。


「米に味噌、それから布と針も足りないようです。買い出しに行きますので、留守番をお願いします」

「うむ、任せよ!」


 お紺、お梅、お蝶、お鈴の四人娘と若君は町へ向かった。


 ――そして、事件は起きた。


 ◆


 大坂の町に、突如として異様な光景が現れた。


 美しい娘が四人。

 それぞれ違う魅力を持ち、歩くだけで周囲の視線を奪う。


「な、なんじゃあの美人たちは……!」

「おい、あの黒髪の娘、めちゃくちゃ綺麗じゃないか!」

「いや、あの元気な娘も可愛いぞ!」

「扇子持ってる娘、芸者か? いや、もっと華があるぞ!」

「旅籠の娘さん、あんなに気品あったか……?」


 町人たちがざわつき、店の主人たちが顔を出す。


 そして――


「おい、あの子供。どこかの若様か?」

「顔立ちが……なんか品があるな」

「まさか、武家の子か?」


 若君の存在が、さらに騒ぎを大きくした。


 ◆


「お蝶殿、あまり目立たぬように……」


 お鈴が注意するが――


「大丈夫大丈夫。ちょっとだけだよ」


 お蝶は扇子を広げ、道端で軽く舞ってしまった。


 その瞬間、町人たちが歓声を上げる。


「すげぇ……!」

「なんて綺麗な舞だ……!」

「おい、誰か紙と筆を持ってこい! 描くぞ!」

「やめてください!!」


 お紺が慌てて止めるが、もう遅い。


 町人の中に、ひとりの男がいた。

 細い目、鋭い観察眼、手には筆と紙。


「これは、描かねばならぬ」


 浮世絵師・歌川春蝶(うたがわしゅんちょう)である。


「動かないでくれ、美しき娘たちよ」

「ちょ、ちょっと!? 誰ですかあなた!」

「私は歌川春蝶。美を見たら描かずにはいられぬ男だ」

「勝手に描かないでください!」


 お紺が怒るが、春蝶は止まらない。


「この娘は凛とした美! この娘は生命の輝き! この娘は華の化身! この娘は静の気品!」

「恥ずかしいです……!」

「なんやそれ!?」

「華の化身か……悪くないね」

「兵庫殿に怒られますよ!」


 四人の娘は大混乱。


 若君はおろおろしながら言った。


「み、皆さん……落ち着いて……!」


 ◆


 その日の夕方。

 春蝶は描いた絵を町に貼り出した。


「大坂に現れた四人の絶世の美女」

「謎の若君を連れた美しき集団」

「新たな大奥か? いや、裏の大奥か?」


 町人たちは大騒ぎ。


「裏大奥!? なんやそれ!」

「知らんけど、なんかすごいらしいぞ!」

「どこに住んどるんや!」

「会いに行きたい!」


 噂は瞬く間に広がり、翌日には大坂中の話題になっていた。


 ◆


 裏大奥に戻った娘たちを、兵庫は笑顔で迎えた。


「皆、買い物はどうでござ……」


 その瞬間、春蝶の描いた浮世絵を見て固まった。


「こ、これは……!?」

「す、すみません兵庫殿……」

「ちょっとした騒ぎになってしもうて……」

「お蝶殿が舞ったのが原因です」

「ごめんねぇ、つい……」


 兵庫は震えながら叫んだ。


「なぜ描かせたあああああ!!」


 そこへ主膳が飛び込んでくる。


「兵庫! 大変じゃ! 町で裏大奥の噂が広まっておる!!」

「ぎゃああああああ!!」


 兵庫は頭を抱えた。


「これでは……幕府に目をつけられてしまう……」


 その時――

 屋根の上で、ひとりの男が呟いた。


「面白い。調べさせてもらおうか」


 霧島左門である。

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