第78話 幕間:【鳳姫】の激動人生<仙界編・肆>
◇◆◇ 長生界 長生樹派 樹京城 長生樹派内門弟子 警備隊所属 白鳴 ◇◆◇
俺の名は白鳴。
偉大なる【長生樹派】の『内門弟子』の一人であり、今は都である『樹京城』の警備隊・『長生禁衛』に所属している。
……ところで俺たちは『内門弟子』を名乗っているとはいえ、【長生樹派】という呼び名自体があくまで対外的なものであって、その実態は【万古長生樹】に連なる樹妖族の一族だ。
だから樹妖族以外が所属することは無いし、その弟子の区分も一般的な宗門とは意味合いがまったく違う。
一応、名称としては『直伝弟子』・『内門弟子』・『外門弟子』と分けられてはいるのだが、これはあくまで他宗派との輩分を考慮した便宜上のものだ。
ちなみに『内門弟子』とは、嫡流やそれに準ずる支流でなくとも【万古長生樹】の系譜を継いでいると認められた者が遇される地位のことで、幸い俺の家はとある有力支脈の分脈……の分脈の分脈にあたり、ぎりぎり系譜を継いでいると認められる立場にあった。
さらに才能を認められることで、有力支脈の養子という形で『直伝弟子』となる道もあるにはあるのだが、俺、白鳴はそんなことを望むべくもない、普通の『内門弟子』だった。
――まあこんな話はどうでもいいか。
ここ【長生界】は【長生樹派】の始祖である【万古長生樹】の腕に抱かれて繫栄してきた仙界だ。
遥か昔に神魂が羽化を遂げ、もはや抜け殻が残るだけとなっている【万古長生樹】だが、その残された樹身に枯れる気配はなく、生み出され続ける霊気と仙気もまた衰えを見せない。
だから羽化から数千万年が経った今でも、この【長生界】に恩恵をもたらし続け、特に【万古長生樹】の幹に存在する『樹京城』は極めて大きな恩恵を受け続けている。
しかしそんな豊かな都、『樹京城』にも問題がないわけではない。
我らは数千万年に渡り【万古長生樹】の偉大なる恩恵を受け、繁栄し続けてきたわけだが、その反面、かの恩恵を奪わんとする敵対勢力も、この数千万年もの間絶えたことがないとされている。
さらにそういった敵対勢力の放つ一手として、【長生樹派】内部の力を削ぐため、目先の利につられた小悪党どもを扇動して嗾けるというものがある。
多くは困窮から美味そうに見える話に飛びついただけの雑魚なのだが、そんな小悪党の中にも外門弟子では太刀打ちできないほどの強者もいるわけで……。
俺の所属する『長生禁衛』は、まさにそんな小悪党の強者に対応するために結成された部隊だった。
◇◆◇
「――あっちだ、追え!」
「逃がすな!」
「捕らえろっ!」
「――チィッ!」
――そして今日もまた事件は起きる。
場所は『樹京城』の大通りに面した裏路地。
そこでは、とある競売会場を襲った覆面の男たちが逃げ回り、それを追いかけるようにして緑色の影が飛び回っている。
覆面の男が強盗どもで、緑色の影は俺たち『長生禁衛』だ。
「……この【長生界】で悪事を働こうとはッ!?」
「不遜極まる! 縊り殺してくれるわ!」
「~~ッ!? クソが!」
賊どもは口汚く悪態をつきながらも、四方八方へ散るようにして逃げ出している。どうやら逃走経路までしっかり計画されていたらしい。
窮地にありながらそれを忘れることがない様子は、中々に冷静とも言えるが――。
「――無駄だッ!」
『東方に震が掛かり、震は雷を表す』
そして東方とは木行のことであり、だからこそ樹妖族で構成された【長生樹派】では『雷系功法』が主流である。
さらにもう一つある主流派功法は、『緑操功法』という草木を操る功法。
賊どもがいかにバラバラに逃れようと、空を『雷網』に、地を『樹壁』に遮られた今となっては、もはや奴らが抜け出す道など存在しない。
「(チクショ~~ッ!)」
「(グワーッ!)」
「(ガキどもがっ……ぐおっ!!!)」
ああ、噂をすればなんとやらだ。あちこちから悲鳴が聞こえてくる。
張り巡らされた『樹壁』にたどり着いた賊どもが、空へと飛びあがって『雷網』に引っかかったらしい。
あとは袋のネズミとなった愚か者どもを掃除するだけだ。
「……【白雷撃針】」
「――コフッ!」
……そしてそれも今終わった。もはや争いの音は何処からも聞こえてこない。
偶然最後の一人を片付けた俺のもとに、続々と【長生禁衛】の面々が集まってくるのを感じる。
「ふむ……これで全員か?」
「ハッ! 『樹壁』内部の敵の掃討は完了しました。おそらくこれで全部かと」
問うたのはこの警備隊の隊長で、答えたのは俺が所属する第三班の班長。
『おそらく』と前置きしているものの、実際に事件のあった競売会場も含む形で『樹壁』を展開している。
よほどに素早く逃げていなければ、この包囲から逃れることは出来ないだろう。
「そうか……それでは追跡はこれで――」
「――白鳴師兄! 大変です!」
うちの班長の言葉から、事件をとりあえずの終結と判断し、場を収めようとした隊長。
その声を遮ったのは、俺が念のため『樹壁』の外を見張らせていた新人の師妹だった。
……というか、ここで俺の名前を出すんじゃねえよ。班長もいれば、隊長もいるだろ。重要事項なら、そっちにこそ報告しろ。
「大通りから術錬師組合支部に続く道に賊の残党が現れました! 現在、人質を取って暴れています!」
……はあ?
◇◆◇ 長生界 長生樹派 丹極鳳姫 麻夢蝶/無聴 ◇◆◇
「――クッ! どけオラ!」
「「「キャアァアアアアアア!!!」」」
ドスの利いた声が響き、周囲からは悲鳴が上がります。
悲鳴の先では怪しげな覆面の男が背後を気にしながら走っていました。
――はい、皆様こんにちは。無聴です。
えー、何があったのか簡単に説明するといたしましょう。ポクポク。
市場を巡っていたわたくしと玉藻師姉は、すぐ近くの店で強盗事件が起きたために早めの帰宿を選択しました。
【弁財界】ではともかく、ここ【長生界】でわたくしたちに事件を解決する義務も権限もありません。下手に介入しても【長生樹派】の面子を潰すだけということで、わたくしたちの帰宿は面倒事を避けるための選択でした。
しかし波風を立てない選択をしても、そうは問屋が卸さないというのがこの世の常です。
警備隊から逃れてきた(?)強盗犯は、何故か堂々と(!?)大通りを走り抜け、わたくしたちを人質(!)に取ろうと襲い掛かってきました。
まあもちろん、そのような汚い手(二重の意味で)に捕まるようなわたくしたちではありませんが――。
「近づくんじゃねえ! このガキを殺すぞ!?」
「イヤーッ!?」
とまあこのように、わたくしたちが避けた結果幼い子供が捕まってしまいました。
人質の少女は一見、頭に花飾りをつけた人族の子供に見えますが、実際は人族への化身が拙いがために頭に花を咲かせている樹妖族の子供でしょう。……しかも従者を従えていることや着ている服の格を見る限りでは、そこそこの名家の娘に思えます。
この仙界での義務や権限はさておいても、人道的にも、実利的にも放置するのは憚られるような状況です。
「衣衣様ッ!?」
「ぃゃ! ゃぁ……っ!」
「チィッ! おとなしくしてろクソガキが!」
暴れる子供に刃物を突き付け、小悪党のような言動を繰り返す賊ですが、その修為は融虚境後期。すなわち、俗界基準で言うところの生死境の極です。
これほどの強さを持つ者が強盗をするなど、俗界では考えられないようなことですが、この仙界で都市を守る守備隊から逃れるにはその程度の実力が必要です。……まあ実際には逃れられてはいないようですが、少なくともこの賊は可能だと考えたのでしょう。
「困ったわね……」
「……(ポクポク)」
ポクポク……というのもこの賊、たしかに俗界基準で言えば強敵といえるのですが、融虚境の一つ上の段階となる合体境初期にあるわたくしや合体境後期にある玉藻師姉にとっては、瞬殺できるような敵でしかありません。
しかしここは仙界で、相手は競売会場を襲った強盗です。
あの競売会場に何が置かれていたのかは知りませんが、万が一にも『大乗境以下の攻撃を無効化する呪符』や『あらゆる攻撃を一度限り身代わりとなって守る霊宝』などを盗んでいれば、いかに合体境にあるわたくしたちでも一撃で仕留めることが難しくなります。
その上で自棄を起こされて、樹妖族の子供を傷つけられるようなことになれば……想像もしたくありませんね。最悪の場合、金蝉寺と長生樹派の間で戦争が始まりかねません。
「まあ、私たちにできることはないわね。そろそろ【長生樹派】の長老が介入してきてもおかしくないし……下手に魂力を使って【術錬大会】までに回復できなかったら大目玉だわ」
「! ……(ポクポク)!」
なるほど! そちらの発想はありませんでしたね。
まあわたくしの場合、魂力の方は【玄魔養生功】が覚醒した【不滅神訣】で高速回復が可能なのですが、それとは別に今の多数の勢力が入り混じるこの【樹京城】に長老格の監視がないとは思えません。
もっとも未だに介入がないということは、ぎりぎりまで警備隊に任せて静観するといったことでしょう。ということはわたくしたちも静観した方がよさそうですね。
……ああ、それでも念のためです。賊に気づかれないように注意が必要ですが、子供には簡易障壁でも貼っておきましょう。ポクっと。
「このガキの命が惜しかったらッ――」
「(――♪〜♪)」
……おや?
賊のうわ言に隠れていますが、今何か聞こえたような……?
「~~ッ! ~~~ッ!」
「(――♩~~♫~♬)」
……やはり、何か聞こえてきますね。
しかしわたくしより耳がいいはずの師姉は、音に気づいていないようです。どういう理屈によるものでしょうか?
「♪~~~♪」
この響きは弦楽器……しかし多くの仙界で主流である古琴のような、弦をはじいて音を鳴らす撥弦楽器ではありません。
でもどこかで聞いたような……?
「…………(ポクポク)!」
――思い出しました!
たしかわたくしが俗界にいた頃、仙縁之子の行事として神教の領土を回っていたのですが、その道中に甘粛で似たような音を聞いたことがあります。
その楽器の名前は馬頭琴。
甘粛の北にある蒙古の領域から流れてきたという来歴を持つ、弓で弦を擦って鳴らす擦弦楽器です。
「…………あら?」
あ、師姉もようやく音に気が付いたようですね。頭の上の狐耳がピコピコと揺れています。
そしてわたくしもようやく音の発生場所が分かりました。聞こえてくる音を目印(?)に【太古天眼】で追うことは初めてだったのですが、なかなかうまくいったようです。
「♫~♬~」
? ……!?
え、おっき……っ!?
「♩~~♪~♪」
……こほん。えーと、楽器を鳴らしているのはとてもきれいな女性です。人族への化身がとてもお上手で少し見ただけでは区別がつきませんが、その身に宿る血脈や気質を見る限り、とても格の高い樹妖族の姫なのでしょう。
しかし鳴らしている楽器は馬頭琴ではありません。擦弦楽器ではあるようですし、楽器の首と呼ばれる部分を持っていることは同じなのですが、楽器の下部を顎と胸……いえ、左肩で挟むようにして固定し、さらに弦を鳴らす弓を持つ右手が顔の前に来ています。
持ち方だけでなく、形もひょうたんを潰したような形状ですし、以前わたくしが見た馬頭琴とは全然違いますね。
……ちなみにこの女性の体型もひょうたん型です。すごい。
「♪~♪~♪」
「ぅ……ぁぁ」
「……ぅぅん」
――おや? おっと、これは危ないです。
「……(パンッ)!」
どうやら聞こえてくる音色は賊と子供を眠らせるためのものだったようで、楽器の奏者に向けていた【遠隔視】から視線を戻すと、そこでは賊と子供が眠り落ちていました。
そうすれば当然、体が倒れていくわけなので、そこはわたくしが柏手と共に保護します。……ああ、もちろん子供だけですよ?
先程、念のためで簡易障壁を張っていますから大丈夫だとは思いますが、近くには刃物を持ったまま倒れようとしている賊がいますので……やはりこれも念のためですね。
「――あら~、助けてくれたの? あなたにはお礼を言わなくちゃならないわねぇ」
「――ッ!?」
保護した子供をその子の従者に預け、賊もついでに捕縛しておこうと視線を戻した時です。
そこにはいつの間にか、さっきまで【遠隔視】で見ていた楽器の奏者がいました。たゆんたゆん。
「……」
「おおきいわ……」
……ああ、師姉も思わず口を衝いてしまっていますね。仕方のないことではありますが。
そうです、先ほどのわたくしも心の中で『え、おっき……っ!?』などと言ってしまったように、この女性はとても胸が大きいのです。
仙界で成長したわたくしの身体も女性的な部位も共に成長したことで、記憶の中にあるお母さまのそれよりも胸も腰も大きくなっているのですが、それでもこの女性と比べれば誤差の範疇でしょう。先ほどの楽器の持ち方の説明で、左肩を胸と言い間違えたのもそういうことです。
……でも流石に失礼なので、師姉を少し諫めましょう。
「……(ポクッ)!」
もちろん木魚で。
「ッ!?」
あ、背筋が伸びましたね。綺麗な直立です。
耳はピコピコ、顔はテレテレ、尻尾はモフモフ……あとついでに胸も揺れています。
そういえば師姉もこの方ほどではないですが、胸が大きい方でしたね。普段のさらしと袈裟では滅多に意識することはありませんが、今の外出用の服であればそれが良く分かります。
「――コン。失礼したわね。わたしたちは金蝉寺の直伝弟子よ。わたしが【天香金狐】の玉藻で、こっちは【丹極鳳姫】の無聴師妹。少し特殊な事情があって無聴師妹は話すことができないの。先に謝っておくわ」
「……」
師姉の紹介に合わせてペコリと頭を下げます。加えて、わざわざわたくしの事情まで話して詫びを入れてくださった師姉にもペコリ。
まあ金蝉寺の功法ではありませんが、とある仏門の宗門には【無言経】という修練法もあると聞きます。もしこの方に知識があるのならば、そういった類のものとでも思ってくれるでしょう。
ちなみに師姉の別号である【天香金狐】ですが、もちろんこれは天狐族である師姉のモフモフの尻尾に顔を埋めた時に感じる至上の香りが由来……なわけはなく、師姉が作りだす特別な霊香水(霊気を宿した香水)や霊香蝋(霊気を宿したアロマキャンドル)が由来となっています。
天狐族のような狐妖族は【媚術】に長けており、その【媚術】においては香りこそが真髄です。
しかし師姉はこの香りの真髄をただ【媚術】に利用するだけでなく他の作用へと転換し、その結果、心を落ち着ける【静心香水】や幸福な夢を見る【幸夢香蝋】を作り出して売りさばいています。
元々そういった類の品がなかったとは言いませんが、それでも効果が薄いものがある中で、師姉の製品は効き目がはっきり表れると評判です。
さらに香りを聞くことにも長けた玉藻師姉は、若年にして香道の大家として名を馳せ、それゆえに【天香金狐】と呼ばれています。
「あら~それはどうもご丁寧に。……ん~そうね、『長生禁衛』の人たちも来たみたいだから、少し移動しましょうね。わたしもあいさつするわ。んふふ」
どうやら騒ぎに気付いていたようで、こうしてわたくしたちが話している間にも警備隊……『長生禁衛』? の人たちが集まってきています。
確かにこの場はゆっくり話すのに向かないでしょう。……まあそんなにも離れる必要はないでしょうが。
「ええ」
「……」
「ふふふ~」
……というかこの人、新しいですね。こんなにも『ふわふわ』している人は初めてです。
師姉もゆるゆるの時は少しだけこんな感じですが、この人はそれ以上に『ふわふわ』していて、こういうのを浮世離れしているというのでしょうか?
「んふふっ、ごめんなさい。少し歩かせちゃったわね」
うーん。話し方もそうですが、その歩き方や雰囲気も含めて『ふわふわ』です。雲……というより綿毛のようです。
「わたしは【神韻楽姫】――」
……あれ、何処か聞き覚えがありますね? 確か噂話で少し聞こえた別号です。
「――そして【仙樹錬姫】の幽清桜よ~。以後よろしくお願いするわね~」
――ふむ、こちらの名前は聞き覚えがある程度ではありませんね。すでに名を轟かす同い年の天才であり、今大会の好敵手。そして今回のわたくしの目的の一つです。
……あれ? 同い年と言うことは15歳?
…………あの胸の大きさで?
「んふふ~」
「…………(ポク……ポク……)」
脳内には『完全敗北』の文字がよぎります。
わたくしの負けです。




