第77話 幕間:【鳳姫】の激動人生<仙界編・参>
◇◆◇ 長生界 長生樹派 樹京城 丹極鳳姫 麻夢蝶/無聴 ◇◆◇
遍く世界――【諸天万界】には、規模の大小・位階の高低を問わず、万を超える数の『仙界』があるとされています。
さらにそんな数ある仙界の中には、一つの仙界に複数の勢力が存在する『多勢力仙界』と、一つの仙界を一つの勢力が支配する『単一勢力仙界』が存在し、少し分類は違いますが、一つの勢力が複数の仙界を支配する形態をとった、『超大規模宗派』なども存在します。
――当然、最後に挙げた『超大規模宗派』こそ、最も力を持つ存在であり、他の雑多な勢力とは格が違うのですが、しかし内部での争いによりその世界の地力を消耗してしまう『多勢力仙界』はともかく、一つの勢力の支配下におかれることでその世界の地力を育成や成長へと振り向けられる『単一勢力仙界』には、『超大規模宗派』とまではいかずとも、他勢力から見て侮れないほどの力を持つ宗門や一族が存在していることがあるのです。
ちなみに、わたくしたちの住む【弁財界】と今回の【術錬大会】開催地である【長生界】は、共に『単一勢力仙界』に分類されます。
もっとも【弁財界】が金蝉寺という宗門が治める仙界であるのに対し、【長生界】は【万古長生樹】という神樹の系譜を受け継ぐ樹妖族の一族が治める仙界であるという差異は存在し、それぞれの力関係は、互いが治める仙界の規模と位階の影響を受け、若干ですが【長生界】の樹妖一族――いわゆる【長生樹派】のほうが分がよいとされています。
――さて、そんな一族経営ともいえる【長生樹派】ですが、他の仙界との交流を持つ限り、単一種族のみで社会を形成し続けることが難しいという現実もあります。
そのためこの【長生界】には、主筋である樹妖族の他に、奉仕種族や従属種族として様々な種が存在しています。
ちなみに、これはわたくしには全く関係のないことですが、そういった奉仕種族の中にはモフモフならぬモコモコの、狐以外の別の獣の特徴を持った妖族もいたりするそうです。
……部外者であるわたくしには全く関係のないことではありますが。
◇◆◇
――はい。というわけでやって来ました【長生界】です。
玉藻師姉とお話をしたあの日から二か月と少し。わたくしたち金蝉寺一行は【長生界】の首都、あるいは【長生樹派】にとっての王都とでもいうべき『樹京城』に来ていました。
この都市にある【術錬師組合・長生界統括支部】こそ、まさに今回の【術錬大会】の開催会場なのです。ポクポク!
「――師妹ー? そろそろ出るわよー?」
「……! ……(ポクポク)!」
先程ようやく挨拶回りも終わり、無事に宿へと到着したことで自由時間が与えられたわたくしたち。
すぐさま目立たない服に着替えた師姉は、すでに宿の玄関まで出てわたくしのことを呼んでいます。
これから師姉と一緒に市場巡りの予定なのですが、師姉も滅多に来ることの出来ない都会を堪能する気満々みたいですね。わたくしも遅ればせながら、宿の玄関へと向かいました。
「(――糖葫蘆(フルーツ飴)いかがかね~? 貴重な霊果を使った特上の――)」
「(――【神韻楽姫】が奏でる音はまさに神仙の調べ。その音色に花は酔い――)」
「(――三万年ものの霊薬が競売に――)」
「――流石に賑やかね。【長生界】の噂は聞いたことがあったのだけれど……やっぱり【弁財界】とは大違いだわ」
「……(ポクポク)」
わたくしは師姉の漏らした感嘆の声に、木魚を叩きながら頷くことで同意を示します。
これは確かに大違いです。
【弁財界】の市場では常にどこからともなく読経が聞こえてくるのですが、ここの市場では威勢のいい呼び込みの声や、興味をそそる遊士(吟遊詩人的な存在)の語りが響き渡っていて大変な活気があります。
それにわたくしたちが見たことも無い宝器や天材地宝もそこかしこで売られていて……これは本当にすごいですね。ポクポク。
「フフッ……師妹、はいコレ」
「! ……(ポクポク)!」
あちこちの店に目移りしながら歩いていると、師姉が糖葫蘆(フルーツ飴)を買ってくれました。やっぱり優しい人ですね。モフモフ。
わたくしも15歳のお姉さんなのですが、甘いもの好きと言う意味では普通の女の子と変わりません。喜んで受け取りました。ペロペロ。
――ちなみに先ほど師姉が言っていた噂というのは、この【長生界】が近隣に存在する世界の中で最も繁栄しているという世評のことです。
この地は【万古長生樹】が神仙に至った場所という特性から、植物系・菌糸系の霊薬や霊木・霊果に類する天材地宝が豊富に産出されるため、それを目的とした高位の術錬師が多く住んでいます。
そのため、近隣仙界にとっては高級丹薬や高位宝器などの宝物の発信地となっており、加えて遠方からもそれらの宝物を求める者が来ることで、流通や貿易の中心的な役割も有しているのです。
……余談ですが、同じ『単一勢力仙界』であっても金蝉寺のある【弁財界】は酷く閉鎖的です。師姉の【弁財界】とは大違いという発言の裏には、そういった理由も存在していました。
「――あら? あれは【彌陀聖水】かしら? ここら辺では珍しいわね」
「……?」
師姉の声の先にあったのは、硝子瓶に入れられて並んでいる霊薬。中には強い陰気に偏った『液化霊気』が入っています。
ふむ……確かにこれは少し珍しいですね。わたくしたちが住む【弁財界】は、金蝉寺の仏門功法の影響で常に陰陽均衡を成していますし、近隣で一番の霊薬の産地とも言えるここ【長生界】も、常に活力に溢れかえっているためか、全体的に陽気に偏っていると言えます。
そのほか近隣の仙界でも思いつくような産地はありませんし、おそらく遠方の仙界からの交易品なのでしょう。
……しかし、どこかで見たことのあるような気が……?
「……? ……(ポクッ)!」
――そうでした! たしか【彌陀聖水】というのは、慶雲お兄さまが水中洞窟で手に入れられていた霊薬です。
お兄さまが大切そうに採取していらしたのでよく覚えています。確か俗界では100年をかけてようやく一滴生じる様な貴重な品でしたね。
「…………(ポク)」
もっとも、だからといってこの仙界でも同じように貴重な品という訳ではありません。
ただでさえ仙界と俗界では空気中に漂う霊気の密度が桁違いですし、さらに俗界のものよりも遥かに高性能な【集霊陣】を利用することで、こういった類の『液化霊気』は製造方法が確立されています。
もちろん相応の環境を整える必要はありますが、陰寒之気を修める宗門であれば、その修練環境を流用することで簡単に設備を整えることができるでしょう。
だからおそらく今ここに並べられている【彌陀聖水】は、どこかの宗門が人為的に作った物である可能性が高いのです。近隣に陰寒之気を修める宗門は存在しないので、何処か遠方から流れてきた珍品ではあるかもしれませんが……。
「………………(ポクポク)?」
……ふむ、散々さほど貴重な物ではないとは言いましたが、お兄さまと同じものを持てるというのは少し心がくすぐられますね。
何かの丹薬を作る際に補助剤としても使えるかもしれませんし……買っていきましょうか?
「……(ポクポク)!」
「――あら……師妹はそれが欲しいの?」
先へ先へと行こうとしていた師姉を木魚を鳴らして引き止めます。
――これは別に『買ってください』とおねだりをしているわけではありません。単純に今のわたくしではうまく交渉ができないため、何か物を買うときは師姉に甘えるのが一番なのです。
……つまりお金を渡すので代わりに買ってくださいということなのですが、ただ『買ってください』とねだるのと比べて、どちらが情けないでしょうか? もう15歳のお姉さんなのに……ポクポク。
「――師妹? 幾つ欲しいの?」
あ、10瓶ほどお願いします。モフモフ。
「――かしこまりました。それではご一緒に……」
「そっちはいらないわ。それより【百劫氷蓮】は置いてないかしら? あれがあれば……」
あ、【彌陀聖水】は受け取りますよ。わたくしのものなので。
「――それでしたらこちらに……」
「――あら、いいわね。ほかになにか……」
「――同等のものとなりますと、こちらの【九幽雪片】や【千霊陰珠】など……」
「――へえ、悪くないわね……」
……なにやら目当ての天材地宝があったようで、師姉と店員の女性と話し込んでいます。
たしか【百劫氷蓮】と【九幽雪片】、【千霊陰珠】といっていましたか? どれも聞いたことがない名前です。
ふむ……師姉もわたくしほどではないですが、火や陽気に偏った修練体質です。名を聞く限りにおいては氷功系の素材のようですから、おそらく錬丹術か錬器術で用いるのでしょう。
どれもこの辺りでは見たことがありませんし、師姉と店員のお話を聞いているだけで勉強になりますね……ポクポクポク。
………………。
…………。
……。
――そんな時でした。
「――ッ!!!」
「――キャアアア!!!」
同じ通りにある別の店から怒声と共に、女性の悲鳴と何かが割れる物音が聞こえてきたのです。
「「「!」」」
わたくしと師姉はすぐに店を出て、師姉と話し込んでいた店員は意外と素早い動きで店の奥へと引っ込みます。
……あ、隔壁まで降ろされました。刃傷沙汰への慣れを感じますね。もしかしたら都会だけあって事件が多いのかもしれません。
「師妹!」
「……(パンッ)!」
何かを求めるような視線を向けてくる師姉に、わたくしは柏手で返事をします。こういった急を要する場合は一々木魚を叩きませんよ。時間がもったいないですからね。
「……」
……まあ、それはともかく――
「……(【太古天眼】! 【天眼通】!)」
わたくしは自らの誇る天賦と神通、【太古天眼】と【天眼通】を発動させ、悲鳴と物音の発生場所である店を強く見つめます。
【透視】に【遠隔視】に【心眼】、さらには簡単な【過去視】まで使用した超豪華な特別版です……と言いたいところですが、わたくしはいつもこれで慶雲お兄さまを見ていますね。だからある意味、通常版です。
「……」
――なるほど、強盗ですか。すでに逃走済みのようですが。
そういえばあの店は先ほど『三万年ものの霊薬が競売に出る』と宣伝していたところではないでしょうか? どうやらその呼び込みが良からぬ者まで呼び込んでしまったようです。
「――どうかしら?」
「……」
……少し悩みましたが、普通に地面に『強盗 逃走済み』と書いて伝えます。さすがにこの言葉を木魚だけで表すのは無理ですし、なにより罰当たりです。
「あら? こちらには危険はないの?」
んー、そうですね。逃走方向はわたくしたちから見て、件の店を挟んだ反対側なので『逆方向』とでも書けばいいですか。
「そう……すぐに都市の警備隊が対応するでしょうし、面倒事は嫌ね。さっさと宿に戻りましょう」
「……(ポクポク)!」
そう促す師姉に、今度こそ木魚を叩いて返事をするわたくし。木魚はわたくしの『ちゃーむぽいんと』ですね。
「……」
――さて、師姉とのお買い物はまだまだ物足りないところですが、仕方ないです。君子ならぬ、淑女危うきに近寄らずということで。




