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第76話 幕間:【鳳姫】の激動人生<仙界編・弐>

◇◆◇ 弁財界 金蝉寺 百雷鳳雛(ひゃくらいほうすう)改め丹極(たんきょく)鳳姫(ほうき) 麻夢蝶(まむちょう)改め無聴(むちょう) ◇◆◇



 泣いて引きこもっていた当時のわたくしは、ここ金蝉寺の客室に相当する施設に預けられておりました。


 しかし成長と共に自活が可能となった今では、修行と生活の拠点として、とある山にある一つの『庵』を与えられています。

 ――いえ、より正確に言えば、その山全体がわたくしの師である【静月神尼】様のものなので、その直伝弟子であるわたくしは、その山の『庵』を含めた一部の区域の管理を任されている形となっているのです。直伝弟子の特権ですね。


 ……まあ、そんな風に言えば聞こえはいいかもしれませんが、やはり山の中は山の中なので、不便な側面もないわけではありません。

 しかし辺鄙な場所にあるだけあって、修行の邪魔をする要素は極めて少なく、わたくしの庵に事前の連絡なく来ることができるのは、わたくしと同じ山に住む【静月神尼】様か、その直伝弟子たちくらいです。


「師妹ー?」


 ……いえ、本当に事前の連絡もなく来るのはあの師姉だけですね。たとえお師匠様であっても、先に声をかけることぐらいはされますので……。


「無聴師妹ー?」


「……(ポクポク)」


「ああ、無聴師妹いたのね。今、少しいいかしら?」


 声が聞こえたと思えば案の定、その日、唐突にわたくしの庵を訪れたのは、まさに『あの師姉』こと、玉藻師姉(ぎょくそうしし)でした。


 表には瞑想しているように見せながらも、実は裏で慶雲お兄さまを見ていたわたくしは、庵の玄関から聞こえた玉藻師姉の声に対して、携帯している木魚を叩いて返事をします。

 もちろん、これはわたくしの声が出せないための処置であって、意地悪をしているというわけではありません。ポクポク。


「……(ポクポク)」


「あら? ……じゃあ失礼するわね」


 木魚の音と共に【虚空之力】で座布団を引き寄せ、目の前の師姉に勧めます。

 『少しいいかしら?』という師姉からの問いへの答え代わりです。


 事前に連絡を頂いていれば、このような問答をする必要はないのですが、それでもお世話になっている方なので、わたくしの方が断るようなことは滅多にございません。

 ただし、この一見無駄にも思える問答にも理由があります。実は、こうして不意に師姉の訪問を受けることはそれなりに多く、その時わたくしが隠れて慶雲お兄さまを見ていた場合、それを中断されることで凄まじく不機嫌になることがあるのです。今回の師姉もそれを警戒したのでしょう。


 ……まあ確かに今回も慶雲お兄さまを見ていたわたくしなのですが、肝心のお兄さまは閉関修練の中で例の妖艶美女と仲睦まじく何かをやっている様子。

 決して陰陽和合を成しているというわけではなかったのですが、しかしあまりにも仲睦まじい様子に、わたくしから目を離すような決断はなかなかできませんでした。

 実のところ、もう少しで嫉妬にわたくしの脳が破壊されてしまいそうだったので、むしろ今回は師姉が止めてくれたおかげで助かったのです。ポクポクポク。


「……?」


 ……あれ、何か用があったのでは?


「……(ポク)?」


 着座したものの何も話しだそうとはしない師姉に、小首をかしげながら木魚を一つ打つことで、こちらの疑問を伝えます。

 木魚の音に身振り手振りを加えたこの意思疎通法は、わたくしと師姉が培ったこの十年の信頼関係により、もはや意味を取り違えることはほとんどありません。


「フフッ。いえ、ごめんなさい。今日の師妹も可愛いなと思ったのよ」

 

「……」


 そういって、本(・)当(・)の(・)妹を愛でるような目でわたくしを見る師姉。


 ちなみに玉藻師姉の年齢は、わたくしより十歳上である二十五歳。確かにわたくしも歳の離れた姉のように慕っています。

 しかし五歳の頃からお世話になってきた身としては、頭が上がらないというほどのことは無くとも、どこか居心地の悪い感覚があることは否めません。

 特に今のような眼で見られていると、なおさらです。


「ウフフ……」


 師姉がわたくしに向ける視線と連動するように、師姉の頭と背後には、ピコピコ、モフモフと動く影があります。耳と尻尾です。


 そういえばまだ伝えていなかったと思いますが、玉藻師姉は人族であると同時に天狐族の性質も持ち合わせています。

 師姉の一族は、かつて金蝉寺の先人に調伏された天狐の神獣の血を引いており、特に玉藻師姉は先祖返りによって、その血が強く発現しているのだとか。ピコピコの狐耳とモフモフの尻尾はその現れです。


 無論、調伏された先祖はともかく、玉藻師姉自身が今なお降魔真言で縛られているというわけではありません。しかしその上で玉藻師姉は、お互いに少し似た境遇だからか、どこぞの魔門の末裔と思われているらしいわたくしに、親近感のようなものを抱いていることは間違いありません。


 さらにそんな師姉の髪色……というより体毛の色は、わたくしの髪色と極めて近しい金色です。

 もっとも、わたくしの髪色に赤が混じっているように、師姉の体毛は若干黄色に近いというような差異も存在するのですが、それでも同じ袈裟を纏うわたくしたちは、まるで本物の姉妹のようでもありました。

 二人合わせて【金蝉双金美】などとも呼ばれたりしております。


「……(ポクポクポク)!」


 ――とはいえわたくしも師姉もそれなりに忙しい身。いつまでも師姉に愛でられるままにしておくわけにもいきません。

 そんなわたくしも、師姉の優しい心の次にそのモフモフの尻尾が好きなのですが、これまたいつまでも愛でているというわけにはいきません。


 わたくしは木魚を三回ほど強く叩くことで、師姉に本題へと入ることを促しました。


「あら、ごめんなさい。姉妹のふくれっ面がとても可愛らしくて……。何かあったのかしら?」


 ……どうやら師姉が黙ってしまった原因は、わたくしの内心からこぼれ出た不機嫌にあったようです。つまり慶雲お兄さまのせいですね。

 まあ、師姉が気遣ってくださったととるべきか、師姉に不機嫌を餌に遊ばれているととるべきかは分かりませんが、ふくれた頬を元に戻して再び本題へと入ることを促しましょう。ペチペチプシュー。


「ウフフ、本当に師妹は一々可愛らしいわね……。――コホン! それでは本題に入るわ」


「……(ポクポク)」


 師姉は最後にひとしきり笑った後、居住まいを正してようやく本題に入りました。

 わたくしも姿勢を正し、うなずきながら木魚を鳴らすことで聞く姿勢が整っていることを示します。決して師姉の尻尾に気を取られているわけではありません。モフモ……ポクポク。

 ……ホントですよ?


「――まず一つ目。三か月後に行われる【術錬大会】の出場者がようやく全員決まったわ」


「……(ポク)」


 【術錬大会】とは、まさに術錬師のための大会です。

 特に今回は50歳以下の若者を対象として、その錬丹術と錬器術の錬成技量を競い合うものとなっています。30歳までを若者として扱う俗界になぞらえると、15歳以下向けの大会と言えるでしょう。多くの仙界では100歳までが若者として扱われますので、ここでの50歳は俗界の15歳に相当するのです。……つまりお爺さまも仙界にくれば若者です。ポクポク。


 ――ちなみに今大会にあたり、わたくしと玉藻師姉、そして他に三名ほどは元々優れた錬成技量を持ち合わせているということで、複数の長老の推薦という形で出場が決まっていました。

 そしてこの【術錬大会】には、各宗派ごとに10名の参加が許されるので、今師姉が述べた『よ(・)う(・)や(・)く(・)』とは、残りの五名が『ようやく』決まったということです。

 なんでも、金蝉寺内で【術錬大会】の予選会のようなものが行われたとかなんとか……。出場してないのでよく知りませんが。ポクポクポク。


「――次に二つ目。師妹も何度か聞いてはいると思うけど、開催地は【長生界】の術錬師組合支部。出発は二か月後だそうよ」


「……(ポクポク)」


 ……えー、まず【長生界】とはここ【弁財界】の近隣に存在する別の仙界のことです。


 俗界にいた頃は知る由もなかったのですが、実は仙界というものは数多に存在しており、そのすべてが『次元の海』と呼ばれるものに遮られています。いうなれば、一つ一つの仙界を海に浮かぶ孤島と例えても良いのかもしれません。

 しかも自力で『次元の海』を乗り越えるには、ある一定の修為に至らねばならず、今のわたくしたちはその修為には至っておりません。おそらく今回の移動では、『次元の海』を乗り越えるために用いられる【霊宝】を使用することになるでしょう。


 次に術錬師組合ですが、これは読んで字のごとく術錬師の組合のことです。

 その役割は多岐にわたり、術錬師の登録・管理や、希少素材、宝器、丹薬など流通の補助、さらに錬成手法などの功法や希少素材の情報などの無形の財産の取引の仲介も行っています。


 ――術錬師は丹薬や宝器を作り出すという特性上、個人・集団問わず様々な勢力に狙われることが多く、さらに錬丹、錬器、陣法、瞳術、符術など多様な技術を修めて『万能』を志す者が多いため、単純な戦いでは一つのことを極める武人にかなわないことの方が一般的です。

 そのため多くの術錬師が組合に所属し、互いの影響力を以て自身の身を守っているのです。


 また術錬師の管理の一環として、武人には感知できない魂力位階の認定も行っており、実は術錬師組合は仙界のみならず俗界にも進出していたりします。

 わたくしの故郷である天魔神教の領域にも術錬師組合の支部はありました。【術錬師組合・天魔神教支部】です。


「――最後に三つ目。大会のある【長生界】の出場者が判明したの。かの万古長生樹に連なる樹妖の一族から30名。開催地として協賛の立場にもあるから、少し多めね。嫡流だけじゃなくて、支脈からも何人か出るらしいわ」


 万古長生樹とはかつて存在したとされる神樹で、樹妖族にとっては神仙的な存在です。

 その系譜を受け継ぐ樹妖の一族となれば、あるいは鳳凰や龍の血脈に匹敵するほどの潜在能力を持っているのではないでしょうか。神獣と言う意味では、玉藻師姉の先祖にあたる天狐族にも匹敵するでしょう……。モフモフ。


「そしてその中に一人だけね、場違いなほどに若い子がいるのよ。他の出場者が軒並み40代なのに、その子だけは15歳。無聴師妹と一緒ね」


 どこか悪戯っぽい目で、こちらをからかうように見ている師姉。

 狐耳はピコピコと忙しなく動き、揺らめく尻尾は段々振りが大きくなっているように感じます。


 50歳未満の大会となると、その出場者は40代が基本で25歳の玉藻師姉でもかなり若いうちに入ります。

 これはやはり経験の差が生じるからであり、この差を覆すには相応以上の才能を有していなければなりません。わたくしが言うと自画自賛のようですが、これが現実です。


「……(ポクポクポク)?」


 再び、小首をかしげながら木魚を打ちます。


 それほどの才を持つ逸材となれば、わたくしに【丹極鳳姫】という別号が与えられたように、その才に相応しい別号が与えられているに違いありません。

 それにそういえば【長生界】にそんな逸材がいるという噂も聞いたことがあるような……?


「……(ポク)?」


 名は何というのでしょう?


「…………(ポク)?」


 性別は?


「………………(ポク)?」

 

 別号は?


「……(ポクポクポク)? ……(ポポポポポッ)!?」


 わたくし、気になります!


「ウフフッ、やっぱり師妹も気になるのね? ――その子の名前は幽(ゆう)清桜(せいおう)。別号は【仙樹錬姫】で、15歳の女の子よ」


 ……ポクポク。

 天魔神教が【強者尊】を掲げているように、魔人と言うのは力比べが大好きです。それは降魔真言で魔気を封じられてしまった、今のわたくしも変わりません。


「……(ポクポク)」


 ――ああ、次はその方の実力が気になりますね?


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