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第74話 幕間:【小仙女】冷仙月の【実践演習】

◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 天魔仙跡:不敗剣后登極剣塔 小仙女 冷仙月(れいせんげつ) ◇◆◇



『そして仙月、身体をいとえ。超絶頂の境地に至ったそなたなら、本座と同様に単独で別枠となろう。あまり無茶をするな』


 ……。


『仙月、身体をいとえ。――本座と同様――あまり無茶をするな』


 …………。


『仙月、身体をいとえ』


 ………………。


『仙月』

『仙月』

『仙月』


 ……………………ハッ!?

 ……私としたことが、どうやら忘我の状態にあったようです。ええ、無我の境地ではなく、ただの忘我です。


 それもこれも慶雲師兄のお言葉が嬉しすぎたせいですが、そろそろ気合を入れましょう。

 もはやここは潜魔館ではないのですから。


「――えっと、ここは……壁?」


 気を取り直して辺りを見渡すも、そこにあるのは無機質な壁。

 私のいる場所から見て、前後左右を囲むように壁があり、この部屋の一角には上へと昇る階段があります。

 私は確か、潜魔五号生の試練・『実践演習』で、課題と共に試練に相応しい【天魔仙跡】へと送られたはずなのですが……。


「……いけませんね。師兄のお言葉を想っていたせいか、そもそも課題が何なのかも覚えておりません。……あ、一応、書付を受け取ったような……?」


 ふと、握りしめていた手に視線を向けると、そこにはクシャクシャになった課題の書付。


 うーん、これは良くないです。大事な課題を聞き忘れて、受け取った重要な書付はクシャクシャ……流石に反省案件ですね。

 もし師兄がお聞きになれば、私を叱ってくださるに違いありません。


 師兄の白銀色の髪と透けるように白い肌。

 目が眩むような美しい御顔は呆れに染まり、紅玉《ルビー》のごとく美しい瞳は、怜悧な輝きを以て私を容赦なく貫きます。……あれ、悪くないですね?


 ――コホン。失礼、何でもありません。ありませんったら、ありませんよ。本当に。

 ……ま、まあ、大丈夫です。課題を聞き忘れてはいますが、書付はあります。書付も確かにクシャクシャになってはいますが、全然読めます。

 これで何の問題もありません。

 えーと、それで内容は――


「――『【不敗剣后登極剣塔】第(・)百(・)階(・)層(・)到達』?」


 ……なるほど、つまりこの仙跡の名前は【不敗剣后登極剣塔】というのですね。


 さらに上へと昇る階段があるということは、この仙跡が天に伸びる建造物の形態をとった『城郭型』であるという証拠です。

 今回の課題の内容からして、上へ上へと昇りつめていけということだと解釈して間違いないのでしょう。


 ちなみにこの【不敗剣后】の別号は、始天魔祖師に付き従った七魔の一人、『剣魔』・冷謡月様が江湖を流離っていた時につけられた別号の一つです。

 現在の神教では、単に『剣魔』、あるいは【万剣魔尊】の別号で呼ばれることが普通ですので、知らない方は知らないかもしれません。


 私? いえ私は当然知っていますよ。このお方は、私の生家である【万剣冷家】の初代様の母君。つまり、私のご先祖様ということですから……。


 ――え? 私、そんな方の仙跡で不埒な妄想をして悶えていたのですか? しかも叱られることを想像して?

 ……これは謝った方がいいのかもしれません。先祖か、師兄か、誰に謝るべきなのかはわかりませんが。


「……ま、いいですか。謝る相手が分からないのでは、謝りようがありません。それよりも課題を進めていくことにしましょう」


 何より、こうして私が考えている間にも【白龍十五翼(同輩)】たちは先へ先へと進もうとしているはずですから。私だけが意味もないことで立ち止まっているわけにはいきません。


 ……そういえば、慶雲師兄にはあの不愉快な視線の主が襲い掛かっている頃でしょうか?

 結局、何人の不届き者がいたのかはわかりませんでしたが、あの時の視線は巨魔級の新任教官によるものでした。

 他の者ならともかく、私と慶雲師兄にとって巨魔の武人との生死をかけた戦いは、貴重な経験です。やはり少し羨ましいですね。

 この仙跡……【不敗剣后登極剣塔】でしたか、ここでも同じような歯ごたえのある敵が出て来てくれればよいのですが……。


「あれ? 不敗剣后、登極剣……塔……? ……『剣魔之塔』ですか?」


 敵に恵まれた慶雲師兄への羨望を基に、そこまで考えたところでようやく思い出しました。

 はじめは妙に仰々しい名前だったためか、すぐに気づくことができませんでしたが、この仙跡は万剣冷家内で『剣魔之塔』と呼ばれている聖地の一つです。


 【万剣魔尊】冷謡月様。

 この方は江湖をさすらう剣客であったとされ、その放浪の果てに始天魔祖師と出会ったと伝わっています。


 しかし江湖をさすらう剣客であったといっても、何処からともなく【不敗剣后】と呼ばれるほどの達人が生えてくるはずもありません。

 剣客となる前の冷謡月様は、神秘門派である【仙女門】の次期門主であったと言われています。


 神秘門派として江湖にはあまり顔を出さず、ただひたすらに剣の道を追い求めていた【仙女門】。


 しかし、ある日唐突に襲った悲劇により、その門派は壊滅。

 次期門主であった冷謡月様だけが生き残り、その後、復讐を志した冷謡月様は江湖をさすらう剣客となり、偶然その復讐対象と敵対していた始天魔祖師と出会って、お二人の長い付き合いが始まったのだとか、始まらなかったのだとか……。


 ちなみにすでに滅門している【仙女門】ですが、実は四川省に存在する峨嵋派(がびは)のように、女性のみが所属する門派であったそうです。

 つまり【万剣冷家】が女系である理由には、始天魔祖師の娘が興した家門ということ以外にも、【仙女門】の伝統が深く関係していたということですね。


 ――さて、せっかくなので来歴についていろいろ話してみましたが、もう歴史のお勉強はいらないですね。

 そろそろ私も飽きてきましたので、仙跡のことに話を戻しましょう。


 【不敗剣后登極剣塔】……長いから『剣魔之塔』でいいですね。

 この仙跡の最大の特徴は、一度に一人しか入ることができないという点です。

 この塔は全(・)百(・)八(・)階(・)層(・)からなり、各階層に設けられた舞台で、仙跡が選んだ敵と戦うことになります。

 ここで選ばれる相手は入場者の力量によって変わり、噂では冷謡月様ご本人が戦った遥か昔の達人たちや、この塔に挑んだことのある神教の先人たちが、生前の技量を再現されて出てくるのだとか。


 まあなんといっても、今の私にとっては願ってもないような最高の修行場ということですね。

 それでは早速行ってみましょう。



◇◆◇



 第一階層。

 床から染み出すように出てきたのは、何ということのない邪派の武人。

 武器は刀で、境地は絶頂の極。

 顔は髭に覆われ、その隙間からは向こう傷が覗いています。境地は絶頂の極と、それなりに強いようですが、その見た目だけで言えば裏路地のゴロツキのようです。


 ……そういえば聞いたことがありますね。確か、この第一階層の敵は固定されていて、当時【仙女門】を滅ぼした邪派の実働部隊の長だとか。

 とはいえ、今の私の敵ではありません。当然、一合も交えず倒してしまいます。



◇◆◇



 第五十階層。

 いつものように床から一人の影が現れます。しかも珍しいことに今回は女性です。

 武器は剣で、境地は今の私と同じ超絶頂の熟練。


 黒く長い髪と鋭い目つき、さらに感情が乏しいような顔立ちからは、どこか冷たい印象を受けます。

 身長は私と同じくらいで、体重も見た感じでは私と似たようなものでしょう。


「……え?」


 その人物を見ていると、妙な既視感を覚えます。

 というよりも、どう見ても毎日鏡で見ているような……。


 あれ? これ私ですよね?



◇◆◇



 ……何とか打倒して、第五十一階層への階段が現れました。


 私が聞いた限りでは自身の『鏡映し』が立ちはだかるなどという話はなかったのですが、しかし出てきてしまった以上は仕方なく、互角の戦いが三日間にわたり繰り広げられました。


 改めて『鏡映し』の私の境地は、超絶頂の熟練。

 そして私がこの仙跡に入った当初の境地は、超絶頂の入気境。

 つまりこの『鏡映し』は、私が第五十階層に入った瞬間を切り取ったものらしく、彼我の武功に大きな差がなかったため大変疲れました。


 もっともただ疲れただけではありません。

 自身の武功を外から見ることで、色々と『気付き』を得ることができました。

 これならばいけそうですよ。あと数戦もすれば、超絶頂の極にまで到達できてしまうかもしれません。



◇◆◇



 ここは第九十九階層。課題達成まであと少しです。


 床から現れたのは、怪しげな仮面をかぶった怪人。

 武器は鞭で、境地は化境の入気境。

 仮面のみならず、黒ずくめの衣装に身を包むことで、徹底的にその正体を隠しています。


 ……この人物のことも、以前少し聞いたことがあります。

 私の記憶違いでなければですが、この怪人の正体は化境の境地こそが人の限界であった始天魔祖師の時代における天下五大達人の一人、【七蛇老怪】です。


 江湖の歴史においては、当時曲芸とも揶揄されていた鞭法によって初めて五大達人にまで上り詰めたことで有名な老人ですが、同時に【仙女門】を滅ぼした邪派の黒幕でもあります。

 この老怪もまた、第九十九階層の敵として固定されているのです。



◇◆◇



 そんなこんなで六ヶ月が経ちました。

 上へ上へと昇り詰めるにつれ、剣手に刀手、槍手に拳手、さらに変わり種では毒功や鞭法、鎖鎌の使い手とも戦いました。

 様々な武功の使い手と戦った甲斐あってか、入場当時【超絶頂】の入気境だった私の境地は、現在【超絶頂】の極の境地にまで至っています。


 そんな私がこれから迎える戦い――『剣魔之塔』第百階層の相手は、我が【万剣冷家】の開祖です。


 すなわち、始天魔祖師と冷謡月様の娘であり、二代天魔祖師の妹。

 入場者と同等の境地に調整されたあの方との戦いとなります。


 目の前で浮かび上がりつつある女性の影に、私は剣を構え直して立ち向かいました。



◇◆◇



 さらに三ヶ月が経ちました。

 五日かけて何とか始祖様に勝利しましたが、私に残された時間はあと数日です。これより先は進めそうにありませんね。


 始祖様に勝利した後、私は無我の境地に入りました。……ええ、無我の境地です。忘我ではありません。

 化境の入気境にあった第九十九階層の【七蛇老怪】よりも、超絶頂の極に調整された始祖様の方がはるかに強かったのは流石と言うべきでしょう。


 これまでの戦いで得た『気付き』と『悟り』をまとめ、自身の武学を細部に至るまで見直した結果、私は化境の境地に至っていました。


 しかし名残惜しいですが、今回はここまで。

 始祖様から良い刺激を受けた私としてはまだまだ戦いたいところですが、この【不敗剣后登極剣塔】の第百一階層から上は、常に俗界全盛期の七魔と始天魔祖師が待っていると伝えられています。


 また遊びに来ましょうね。


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