第72話 幕間:【白龍十五翼】の恋愛事情
◇◆◇ 天魔神教 潜魔館 第四階層私室 第六公子 白眉剣龍 日月慶雲 ◇◆◇
これは本座や冷仙月たちが三号生になったばかりの頃の話。
我らの世代の者は皆、十歳を迎え、成長を促進する【玄魔養生功】の働きもあってか、身体が一般的な同年代の者よりも大きく成長している者も珍しくなかった。
しかし、そんな身体の成長とともに精神も成熟に近づき、とある問題が頻発する時期を迎えることになる。
――そう、思春期である。
◇◆◇
その問題が初めて本座の耳に届いたのは、三号生への進級から一月ほど経った頃のことだった。
「――諍いだと? ……本座の仲裁が必要なほどのものか?」
「はっ! 我が君、申し訳ございません。このような雑事でお手を煩わせるなど……。小生の不徳にございます」
それを伝えたのは本座の目の前にいる白刻影。
派閥の雑事を処理することで、武功の錬磨に集中したい本座の負担を減らし、さらに生じた問題への献策までこなす超絶有能な秘書である。
昨今では他の天才たちの台頭により、本座の右腕と称されることは少なくなりつつあるが、それでも設立から現在に至るまで本座の臣下の幹部格である【白龍十五翼】の一角を一度たりとも譲ったことがない。
今は何やら深く反省している様子で、自発的に地べたに正座をしている。どうやら度の過ぎた忠誠心はいまだ健在のようだ。
「――して、本座の仲裁が必要なほどの諍いとは?」
そして、斯様に忠誠心が厚い白刻影がわざわざ本座の時間を奪うほどなのだ。
当然、余程の大事に違いあるまい。
「はっ……我が君のお耳に入れるのは些か憚られるものでございますが、端的に申しますと、色恋沙汰にございます」
「ほう……それは確かに大事よな……ん?」
ん? 色恋沙汰?
「はっ! ご賢察の通りでございます。――実は最近、とある出来事から派閥の中で惚れた腫れたの騒ぎが大変増えておりまして……」
「……ほ、ほう? とある出来事と申すか……」
これはあれか? この派閥のカップル第一号こと、本座と仙月を皮肉っておるのか?
先ほどの本座の耳に入れることを憚られることとは、言ってしまえば皮肉になるからということか……。
――それでも話したということは反乱の芽かな?
「はっ……小生の私事にて恐縮でございますが、沈家の令嬢との交際を始めまして……」
本座が感じ取った反乱の芽を摘むべく覚悟を決めようとしていると、珍しく顔を赤く染めた刻影が気恥ずかしそうに交際の報告をしてくる。
どうやら反乱は本座の早合点であったらしい。
……というか交際? 真面目一辺倒のその方が?
幼馴染の成長を垣間見るのも感慨深い……。
「ほ、ほほう……め、目出度いな?」
「はっ、お言葉ありがたく。そして時を同じくして、沈家三姉妹の残りの二人も王天翔殿と王地狼殿との交際を始めたようでして……」
そして今、名前の挙がった六名は、いずれも【白龍十五翼】に名を連ねる派閥の幹部格たちだ。
つまり上の方が桃色の空気に染まったゆえ、下の方もそれに釣られてざわつき始めたということか……。
「……なるほどな。事情は分かった」
さて事情こそ分かったのだが、この派閥の中で最初に男女交際を開始したのは本座だ。
下の者たちを窘めようにも、いの一番に始めた奴が言ったところでどれ程の説得力があろうか? 完全に『おまいう』という奴である。
「――それで? その方が来たからには、何か解決策があってのことよな?」
そしてこういう時の知恵袋こそ、本座の超絶秘書・白刻影である。
「――はっ! つきましては此度の一件、小生の私事が皮切りとなった部分もありますので、まずは謝罪申し上げます」
「……うむ」
いや良いわ。というかやめよ。
本座と仙月の立つ瀬がないではないか。
「それではご献策申し上げまする。まずは一定以下の実力の者については『交際禁止』を申し付け、その精力を修行に向けさせることで、派閥全体の実力の底上げを――」
……まああれだ、刻影は長々と語ってくれているが、本座が簡潔にまとめよう。
大まかなところでいうと『恋愛禁止』と『強者優先』、そして『交際可・不可の意思表示の明確化』といったところである。
『恋愛禁止』は一定以下の実力しか持たぬ者に課される決まりで、三号生となり、些か腑抜けている者たちの尻を蹴り飛ばす意味が込められている。
次の『強者優先』は同じ人物に複数の者が懸想した場合に課される決まりで、その中から最も潜魔序列の高い者のみがアプローチを掛けることが許されることになる。ちなみに『強者優先』とはいうものの、潜魔序列の高い者であれば、交際相手に無理強いをして良いというわけではないことも伝えておく。
そして最後に『交際可・不可の意思表示の明確化』。
まあこれは簡単だ。色恋沙汰に巻き込まれることなく、修行に専念したい者もいるだろうということで作られた決まりである。
一瞬、本座の派閥はどこに向かっているのかとも思ってしまったのだが、無い方が支障をきたすとも思えてしまう。
婚活や合コンめいた雰囲気を作りたいわけではないので、とりあえずは黙認することにした。
「――以上にございます。我が君、ご裁可いただけますでしょうか?」
「ああ、ご苦労。本座の名を好きに使って構わぬ。早急に発布して、混乱を鎮めよ」
「御意!」
本座から白紙委任を受けた刻影は、地べた正座スタイルから立ち上がって礼を尽くす。
――しかし色恋沙汰か。確かに十歳とは思春期に入り始める頃よな。
……そういえば、他の【十五翼】たちはどうなのであろう? 無論、入れ替わりの激しい者もいるが、白刻影のようにその座を一度たりとも譲ったことがない者もいるのだ。
例えば、そう――
「趙誠はどうだ?」
「へ? ――は、ははっ、失礼いたしました。趙誠殿の色恋沙汰という意味のご質問でございましたら、あの方には許嫁がいると伺ったことがあります」
「ふむ?」
許嫁?
「相手は?」
「申し訳ございません。小生は寡聞にして存じ上げません」
……そうか。まあ本座も今初めて聞いたのだ。仕方ないか。
「では此度の色恋沙汰騒動の目途が立てばで良い。併せて報告に来い」
「かしこまりました」
◇◆◇
「我が君、大変お待たせ致しました。臣下たちの間に起きた騒動について報告に参りました」
「ああ、ご苦労」
以前の話し合いから一週間ほど経った頃、超絶秘書・白刻影は本座の私室を再び訪れた。
普段は派閥にあまり興味を持たない本座も、流石に今回ばかりは注視していたゆえ、どういう帰結を辿ったのかは知っている。
どうやら無事に騒動は収まったらしい……まあ別のバカ騒ぎに発展したともいうが。
「刻影よ、本座も例の騒動が一端の終息をみたことは知っておる。此度の報告は趙誠のことだけで良いぞ」
というわけで今回本座が聞くべきことは、この派閥の中で三位の実力者・趙誠の恋愛事情である。
改めて言うようなことでもないが、奴はSランクの武骨・【極魔之体】に加え、【天魔血脈】と【刀尊血脈】を有している。
本座と仙月のような規格外さえいなければ、当然のように頂点に君臨していたはずの天才なのだ。
「――はっ! まず趙誠殿でございますが、潜魔館入館前からの許嫁がいるという情報は事実のようでございます」
「……」
「そしてその相手は、我が君の姉君であられる二公女・百里冬様と聞いております」
「ほう?」
ああそうか、そういえばそうだった。
確か趙誠の父親である【骸塔魔君】が、母方の縁か何かで三公子・百里朱岳に仕えているのだったか。
であれば才に満ち溢れる趙誠は、その側近候補として同腹妹との縁組がとられていたのだろう。……本座が横から掻っ攫わなければ。
フフッ、何やら後々に荒れそうな気配がするな? 実に楽しみよ。
……いやその前に現状を確認すべきか。
「しかし今の趙誠は本座の下についておる。このまま百里の派閥と仲良しこよしとはいくまいし、その婚約が継続されるとも限らぬ。そこのところがどうなっているかわかるか?」
「はっ! 実は趙誠殿でございますが、我が君が二公女様を比武で破られた後、趙誠殿も二公女様と戦って勝利しております」
……ん?
ふむ、本座はてっきり『現在はほぼ絶縁状態にあるようです』などと言われると思ったのだが、何やら雲行きがおかしいな……?
そして『潜魔館卒業の折には百里派閥との激突が予想されます』などと言われても、決して不思議ではない。
「趙誠と二姉が戦った……それで?」
「はっ。その後、趙誠殿が我が君の派閥に付くように説得し、二公女・百里冬様と趙誠殿は秘かに交際関係にあるとのことでございます」
「……」
こういう言い方は傲慢かもしれぬが、セオリー通りの行動をとるやつは何処かおらぬのか?
思った通りの行動をとってくれる者は……?
「……これはちなみに、と言うことでお伝えいたしますが、趙誠殿が二公女様を説得したときの台詞は、『黙って俺についてこい!』だったそうでございます」
「……そうか、ご苦労」
……まあもう良いか。
婚活でも、合コンでも、少女マンガでも、好きにやっておれ。




