第69話 【鏡魂】と【太初虚影火】とついに伝えられた驚愕の知らせ
◇◆◇ 天魔神教 潜魔館 第一階層 闘技場控室 第六公子 白眉剣龍 日月慶雲 ◇◆◇
唐突だが、本座が修める【明月錬魂法】には五つの成就段階が存在する。
まず第一成段階で発現する【魂力強化】。
次に第二成段階、【水晶鏡魂】。
第四成段階、【精神浄化】。
第八成段階、【星光分霊】。
最後に第十成段階、【明月天魂】である。
これらの能力は【明月錬魂法】の成就が深まるとともに増強され、さらに魂力位階の向上によっても増幅される。
今の本座は、長きに渡り【太初之火】に苦戦したこともあってか、魂力は第四位階の境地にあり、【明月錬魂法】の成就は極成の十二成。ついでに【換骨奪胎】とともに突破した【覇体恒星身】もまた、極成の十二成に至っていた。
以前も軽く説明したことがあったと思うが、【魂力強化】や【精神浄化】は読んで字のごとしとして、【水晶鏡魂】はより純粋でより密度の高い魂力への成長を促すというもの。
そして【星光分霊】は星の光を用いて分霊を作成するというものであり、【明月天魂】は日月の精華により【天魂】……すなわち完璧な魂魄を作り出すというものである。
――さてそれでは、そろそろ本題に移ろう。
何故本座が唐突に【明月錬魂法】の成就段階に触れたかについてである。
時に諸君らに問いたい。
本物を見て作り上げた『模倣』と、本物を鏡面に映した『虚像』、どちらの方が本物に近いだろうか?
無論、一概には言えないとは思うのだが、少なくとも写真と絵画を比べて、どちらが本物の景色をより正確に再現しているかと問われれば、虚像に値する写真を選ぶものは少なくないと思う。
そう、先の焔牙魔君との生死決で本座が繰り出した【天魔君臨歩】……もっと言えば、その時に身に纏った聖火に酷似した『墨色の炎』の正体とは、まさに『虚像』である。
今の本座の器量に余り、下手に触れればすべてを焼き尽くさんばかりの暴走を始めかねない【太初之火】。
本座がこれを封印するため、完璧な魂魄である【天魂】を利用したのは少し前に師匠が言ったとおりであるが、しかし実際の封印には【天魂】……すなわち【明月天魂】の能力だけではなく、【水晶鏡魂】や【星光分霊】など、【明月錬魂法】に由来する別の能力も利用されている。
『虚像』について話すのならば、まずは封印について詳しく説明せねばなるまい。
この封印の形態には、まず主体であり土台として【明月天魂】が存在する。
僅かでも油断すればすべてを焼き尽くしてしまう【太初之火】を内部空間に閉じ込める形で収めており、完璧な魂魄の名にふさわしく、意図的に漏らすようなことをしない限り完璧な封印が確保されている。
次に【水晶鏡魂】と【星光分霊】。
この二つは組み合わせて使用される。具体的な仕組みとしては、まず【水晶鏡魂】によって魂魄を鏡のような性質へと変化させ『鏡魂』を作り出し、それを【星光分霊】によって部分的に分霊し、十枚ほどに増殖させる。
そうして作り出した鏡魂を、【太初之火】を中心とした十方――東・西・南・北・東南・東北・西南・西北・上・下――に配置する。
これにより、それぞれの鏡魂には【太初之火】の姿が映し出され、そこに生じた虚像の力を引き出し、十方から【太初之火】本体へと作用させることで、その力を封じ込めるのである。
ただの模倣に過ぎない聖火でさえ、元となる存在の力をある程度再現できるのだ。【太初之火】ほどの代物ともなれば、たとえ鏡に映った虚像であろうとも相応の力を発揮する。
つまりこれは、【太初之火】を十枚の『鏡魂』に映し、その虚像の力を利用して本体の力を封じるという構造になっているのだ。
そんな鏡魂に映る虚ろなる像にして、虚ろなる影こそが我が『墨色の炎』。
本座はこれを【太初虚影火】と名付けた。
◇◆◇
これは焔牙魔君との生死決が終わった後のことである。
仙跡脱出から焔牙魔君との生死決まで休みなしだった本座は、割り当てられた闘技場の控室で師匠とともに休んでいた。
一応、この後の予定としては『実践演習』終了の式典やら、演習で課された任務の報告やらが入っており、残念ながら臣下たちと話すのはもう少し先になりそうだ。
「しかし無理をしたのう、童よ。妾があれほど触るなと言っておった【太初之火】をあのように利用するとは……無事じゃったからよかったものじゃが、下手を打てばこの潜魔館ごと燃えておったぞ?」
いつも通り宙に寝ころび(?)こちらを見る師匠。
その呆れたような言葉とは裏腹に、声にはどこか感嘆がこもっている。
しかしそんな師匠も驚いた本座の【太初之火】の活用法であるが、一見画期的に見えるこのやり方にも問題がない訳ではない。
模倣である『聖火』がそうであるように、【太初之火】ほどの格を持つものであれば、たとえそれを真似るだけであっても一定以上の格が備わることになる。特に鏡に映るような精巧な虚像であれば、そこに備えられる格は模倣の比ではない。
つまり【太初之火】本体に遠く及ばぬこの虚影――【太初虚影火】であっても今の本座にとって、手に余るということだ。
「それで? どうやって制御したのじゃ? 如何に虚像から持ってきた力じゃとしても、それでも今の童では扱えるものではあるまい」
そしてそのことは、当然本座も承知のことであった。
「ああ、少々手こずったがな。うまく反射率を弄って……まあ封印の方に影響を及ぼさぬように力を引き出すことができた。名は【太初虚影火】だ」
鏡魂に映った虚像は、それぞれが【太初之火】本体の10%に値する力を持つ。それが10枚で100%となり、【太初之火】本体を抑え込むのが我ら師弟が構築した封印の仕組み。
そして今回、本座が【天魔君臨歩】を展開する際に使ったのは、10枚ある鏡魂の内の1枚を、さらに鏡魂の反射率を10%まで低下させた、つまり【太初虚影火】全体からみると1%に値する力。
そう聞くと大したことがないように聞こえるかもしれないが、たったこれだけでも天魔神教の神物である【聖火】に匹敵するだけの力があった。
【太初之火】を映した虚像の、さらに【太初虚影火】を1%まで矮小化して、そこまでしてようやく【聖火】に匹敵する程度まで弱められる。
……もはや【太初之火】本体の力がどれほどなのか想像もつかぬな。
「ふむ、良い名じゃな。……まあ、妾の施した術は解けておらぬようじゃしの。問題はなかろう」
そう呟くと師匠は宙で寝返り(?)を打つ。
美しい顔を歪ませ、眉間に深いしわを刻んではいるのだが、本座の行い自体を咎めるつもりはないようだ。
……それにしても『施した術』か。ああ、そうだったな。もう一つ補足があったのを忘れていた。
今回の我ら師弟が構築した封印の仕組み。
一見抜群の安定性を見せるこの形態であるが、実は本体と虚像が刺激し合い、互いの力が高まり続けるというリスクも存在する。
そしてそのために施されている術こそ、師匠の瞳術である【月欠無窮】の第三章【幻界眼】。
【月欠無窮】の瞳術は基本的に幻術に類する傾向が強いのだが、この第三章【幻界眼】の真髄とは、現を幻へと変化させる力。
つまり師匠の施したこの術によって、高まり続ける本体と虚像の力は幻へと変換され、本座の健やかなる日常が保証されているというわけだ。
◇◆◇
「――む?」
そんなこんなで【太初虚影火】に関する話がひと段落したとき、師匠が急に起き上がり、この控室から闘技場へ続く扉に目を向けた。
まあ起き上がりとは言うものの、実際は宙に横向きに浮いていたわけで、体の向きを横から縦に変えたという方が正確かもしれない。
「ん、師匠どうし――」
「――ホホッ。では童、妾は休むの」
急に姿勢を正した師匠は、本座が話しかける間もなく【至黒麟龍環】の中へと帰っていく。
しかしその理由はすぐにわかった。
師匠が見ていた扉の先、そこには極めて巧妙に隠された人の気配が存在していた。
「――六公子よ、儂じゃ。入るぞ」
その人物は扉越しに本座に声をかけ、返事を待つことなく部屋へと入ってくる。
年老いた口調に見合わぬ若い声と若々しい姿。
そして今の本座をして気づくのが遅れるほどの気配の操作。
これらに該当する人物は、この潜魔館にただ一人。
「【夢瞳魔尊】か」
幼魔館・潜魔館の両館の最高責任者であり、天魔神教において次代の育成を司る長老の職位にある『魔学之司』。
そして本座が焔牙魔君を殺した今では、臨時で潜魔館主までも兼任している。
……まあ、別段気後れするということは無いのだが、迷惑をかけていることは自覚しているわけで。
頭が上がらないというほどでもないが、恐縮というか、脱帽というか……多少は申し訳なく思っている。
「ご苦労だな、魔尊。何用だ?」
だからか、ついついご苦労などと労いの声をかけてしまう。
「カッカッカ、いや六公子。ご苦労などと言うのであれば儂の台詞よ。潜魔に手を出すは、始天魔祖師の権威への挑戦も同義。よく片づけられましたな」
呵々と笑って、逆にこちらを労ってくれる魔尊。
いや今の本座にとって、あの程度の輩であれば大した手間では……。
「フッ……」
苦笑して首を振ろうとするのをやめ、ふと目の前の魔尊を見る。
あの程度の輩が手間ではないのなら、これほどの相手であればどうであろう?
【夢瞳魔尊】。
魔尊級の武人でありながら、魔君級の魂力も持ち合わせ、武人であると同時に術錬師でもあるという稀有な魔人。
魂力位階は第四位階。武功境地は玄境の……熟練か?
「……」
おそらく肉体の強さであれば本座が上。
術道は魂力位階自体は同等だが、本座には【明月錬魂法】の【魂力強化】や【万古通霊道典】の御獣との相互強化がある。まず負けることはあるまい。……だが、これだけで勝負を決められるほどの差もないな。
武功においても他を圧するほどの完成度を誇る【太初滅世輪廻掌】や【天魔君臨歩】があれば、そうそう後れを取ることはないと思われる。
術道功法については、本座は【萬術天魔】天桃琳の直弟子として、その独門功法である【月欠無窮】と【日蝕無極】の瞳術を受け継いでいるのだ。当然、半端な【幻夢眼】を修めている程度の夢瞳魔尊に正当後継者として負けるわけにはいかない。
……となれば問題は化境の極と玄境の熟練の『武学の深みの差』か。
「……ふむ」
諸君らも知っているかもしれないが、化境の極と玄境の入気境の実力には雲泥の差がある。
すなわち化境の極と玄境の熟練の差はそれ以上だ。
それは内功の深みの差であり、展開できる武功の差であり、積み上げた武学の理解の差でもある。
ともすれば化境達人と絶頂達人に匹敵する差があるかもしれない。それが化境の極と玄境の熟練の差なのだ。
「どうかしたかの?」
「……いや、何でもない」
まあ、あれだな。
今すぐに襲い掛からねばならぬというわけでもないし、本座も今少し自身の功法を見直す時間も欲しい。
この比武は卒業記念に取っておくとしよう。
「――して魔尊。何用だ? まさか式典が始まるから迎えに来たということはあるまい?」
本座は比武の考察を取りやめ、訝しむ魔尊に再度問う。
フッ、もし魔尊が直々に迎えに来たのであれば、流石に大物待遇が過ぎるな。もちろんこれは冗談だ。
「カカッ。まあそれもあるのじゃが、六公子と少し話がしたくての。お主がここを卒業してからのことにも関係がある」
それもあるのか……いや、それよりも卒業後のことだと?
まさか本座の卒業記念挑戦計画がバレたか?
挑まれる前に殺すとか、卒業後の進路は冥府だとか。そういうやつか?
「本来であれば魔君以上の位階になければ知る権利もないのじゃが、お主は潜魔の身にあって魔君級の達人であるし……何よりあの事件と無関係という訳ではないからの」
「……ほう?」
本座の内心のおふざけとは裏腹に、夢瞳魔尊の顔にはその若々しい外見に見合わぬ深い思慮が刻まれている。もっと真面目な話らしい。
「……事が起こったのは七年前じゃ。とある行事により、一人の貴人を含んだ一行が青海省を訪れた――」
――夢瞳魔尊の口から語られたのは、青海の片田舎で起こったにはあまりにも大きすぎる事件の話。
師匠の仇である崑崙派の残党に、西蔵の支配者・ポタラ宮、さらには仙界の仏門勢力まで関わり、ともすれば500年前の『大界変』にも匹敵しかねない狂騒の引き金となりかねぬほどの大事件。
そこに投入された戦力を思えば、たとえ貴人がどれほどの身分であろうとも、一人を求めたにしては過分としか思えない。
……特に話に出てくる護衛の中に、明らかに【貫海天魔】である御爺様がいる。もはや嫌な予感しかしない。
しかし七年前か、本座が未だ幼魔一号生の頃だな……。
「攫われた貴人の名は【百雷鳳雛】麻夢蝶。仙界より推挙を得た仙縁之子にして、六公子の従妹姫じゃ」
本座は意識の一部が真っ白になるのを感じながら、どこか別の場所でこう考えていた。
『やはり』、と。




