第66話 【換骨奪胎】と【端渓造化鼎】と【幽影無痕靴】
◇◆◇ 天魔神教 天魔仙跡:白蛇原始樹海 第六公子 白眉剣龍 日月慶雲 ◇◆◇
《【神通・太初之火】の存在を確認しました。――【真脈・太初真脈】の存在を確認しました。吸収を開始します》
目の前で燃え盛る『墨色の火』……【太初之火】に触れると同時に、システムから脳内へと通知が流れる。
本座はいつの間にか止めていた息を吐きだし、こちらを見守る師匠に軽くうなずいた。
「うむ、無事に始まったようじゃの。まずは何よりじゃ」
師匠の話によれば、まず【火】に認められることこそが最初の試練であるのだとか。ゆえに資格の無い者は触れることさえ許されず、場合によってはそれはそれは恐ろしい末路を迎えるらしい。
つまり本座は無事に資格を有する者と見なされたということだ。
「おっと!」
しかし安堵している暇はない。
本座の【太初真脈】に刺激されたのか、【太初之火】はうねりを上げて激しく燃え盛り、その仄暗い輝きとともに本座の全身を覆い始める。
四肢、胴、頭、すべてが『墨色の火』に包まれた本座は、さながらラスボスが闇の光と共に第二形態へと進化したかの如く。
そして【太初之火】の真元ともいうべき核は本座の上丹田の上、すなわち眉間へと収まり定着した。
……油断しているわけではない。しかしこれはこれで中々格好良いのではないだろうか?
「童よ、そろそろ来るぞ?」
「ああ、わかっている」
師匠からの忠告に、本座は慌てず自然な動作で結跏趺坐の姿勢をとる。
【太初之火】は全身に広がれど、肉体自体が燃えているわけではない。
しかしこの【火】から感じる威圧感は、肉体を通り越して魂魄さえも圧し潰すほどに覇道的である。
しかしこれはまだまだ序の口。ここからが本番だ。
「!!!」
【太初之火】が魂魄を圧し始め、本座はそれを練り上げた魂力で跳ね返す。
今回の【神通・太初之火】の取り込みに際し、前回あるいは前々回のように無我の境地に入ることは無い。
むしろ意識的に魂力を動かすことこそ肝要であり、逆に言えば無我の境地に入ることはそのまま死を意味するのである。
《【神通・太初之火】の存在から、過去の類似事象を確認しました》
? 類似事象?
……何故だろう。嫌な予感がする。
《現象名【聖火の儀】》
聖火の儀……ということはかつての【伐毛洗髄】か?
しかしそれは、まさに死を意味する無我の境地に入ることに成りかねぬのだが……システム君?
《――【換骨奪胎】を開始します》
「ッ!!!!!!!!!!!!!!」
「ど、どうした!? 何があったのじゃ!?」
無我の境地に入らんとする肉体とそれを留めんとする精神。
師匠の声をどこか遠くに聞きながらも、それに返事をする余裕は欠片もない。
……これはマズいな、本気で死にかねん。
意識を飛ばして魂魄まで焼き尽くされるか、半端に意識を残して走火入魔に陥るか。二つに一つだ。
「童! 童! わ――」
飛びそうになる意識の狭間。
本座の目に映った光景は、身体から燃え盛る『墨色の火』とその下から立ち上る『五色の光』だった。
◇◆◇
《【大試練・術道:第四位階到達】が達成されました。おめでとうございます。報酬が付与されます》
《『混元値』を200万獲得しました。【法宝・端渓造化鼎】を獲得しました》
「……ようやく終わったな」
「……そうじゃな」
「……今度ばかりは死ぬかと思ったぞ」
「……そうじゃな」
「……今の本座があるのは、師匠と【魂嬰果】の効能のおかげだ」
「……そうじゃな」
「……それでも最後に回光返照(死ぬ間際に一時的に活気を取り戻すこと)が如く激しく燃え盛った時は死を覚悟したな」
「…………そうじゃな」
【太初之火】と【換骨奪胎】。
ようやく二つの難事を片付けた我ら師弟は、もはやボロボロと称する他ないほどに憔悴していた。
そしてそんな我らが【太初之火】を吸収するまでに要した時間――
実に、六ヶ月半。
あと数日もすればこの五号生の試練・『実践演習』が終了する日付である。
……実はこの間、何も食べていなかったりするのだが、師匠曰く『龍の身体を持つ者がその程度の絶食で死ぬわけがなかろう』とのこと。
持ってて良かった【覇龍霊体】。
おかげで餓死せずに済んだ。
実は三つある固有能力がすべて封印されていたりと、今の本座にとっては宝の持ち腐れなのではとも疑っていたのだが、どうやら本座の目が節穴だっただけらしい。
「――フッ! ……よし、まあ費やした月日に見合うだけの成果はあった。一つ一つ確認していくぞ師匠」
「ホホホッ。妾の疲れが吹き飛ぶようなものを頼むぞ、童」
呼気とともに身を起こし、だらしなく寝そべった状態から脱する。
師匠は今も寝そべっている形ではあるのだが、あくまでそれは宙の上でのこと。つまりは平常運転だ。
「まずは魂力位階が第四位階か……まあこれも目出度いが、武道境地も化境の極に至ったな」
まず最初に確認したのは、最重要案件と言える自身の実力。
魂力位階はシステムの通知にあるように第四位階へと至り、【換骨奪胎】を経た武道境地もまた、化境の極にまで到達していた。どちらも望外の成果である。
そして先の混乱の中で視た本座の身体から立ち上る『五色の光』、これはまさに【五気朝元】である。
以前軽く触れたこともあったと思うが、【五気朝元】とは【三花聚頂】や【換骨奪胎】に並ぶ、武人であればだれもが熱望する境地のことである。
体内の五行が一元化し、真元へと帰一する。
内天地の完全な循環を成した境地のことを指し、これほどの境地に至った武人の内功は一切の濁気が存在しない『炉火純青』を体現していると言っても過言ではない。
元々【玄魔養生功】の効果で不純物や濁気が少ない本座の肉体ではあったのだが、今回の【換骨奪胎】と【五気朝元】によって不要なものは完全に消え失せたと見て間違いないだろう。
「しかし【五気朝元】はともかく【換骨奪胎】か……本音を言えば九死に一生はおろか、十死零生の運命を辿ることになると思ったものだが……しかしこうして分かりやすい成果が出てはな。中々どうして悪くなかったのかもしれん」
「ホホッ! たわけがっ! なにが分かりやすい成果じゃ、妾が手を貸しておらねば間違いなく死んでおったのじゃぞ!」
「ハッハッハ、しかしそこを助けてくれるのが師匠であろう? そう考えれば、やはり悪くない賭けであったということよ」
「むぅ……フンッ」
本座の結果論に顔を赤くして怒ったかと思えば、今度は照れたように頬を染め、そっぽを向く師匠。
どうやら向けられた信頼の言葉が気恥ずかしかったらしい。
まあ本座としても、文句を言われぬのであればそれで良い。
「次は……大試練達成報酬の確認で良いか」
本命である【神通・太初之火】については、最後まで取っておこう。
……というよりも、かの【神通】は気軽に触れられるものではないゆえ、調べるにしても今少しばかり時間を置きたい。そして、そうであれば化境の時の報酬も確認していない大試練の達成報酬は丁度良い緩衝材である。
「今回の魂力第四位階の報酬はこの鼎(足がついた鍋のような器具)。そして化境の時の報酬は……この靴だったか」
本座は以前の記憶を思い起こしながら、システム報酬の届け先である【倉庫】の中を探る。
取り出したのは重厚な黒と幻想的な青紫の混じった鼎と、闇に紛れる様な漆黒を誇る靴であった。
ちなみに双方の鑑定結果はこんな感じである。
〇【端渓造化鼎】
<分類>:法宝
<ランク>:伝説級
<概要>:数百年前、『端渓老怪』の異名で知られた名術錬師が愛用した宝鼎。練丹術・練器術の双方に対応した希少な法宝であり、数々の名丹や名器を生み出したことで広く知られている。
<効果>:【練丹通玄】【練器通玄】【造化錬成】
〇【幽影無痕靴】
<分類>:法宝
<ランク>:伝説級
<概要>:伝説の盗賊『幽霊神套』が愛用したと伝えられる独門利器。幽霊神套は神出鬼没の陰潜術や軽功のみならず、赤手空拳の武功にも卓越した達人として知られ、その技を支えた一足でもある。幽気を纏う特殊な霊革で作られており、履いた者の足音や気配を極限まで消し去るほか、身法と拳脚を極限まで引き上げ、いかなる地形でも痕跡を残さず駆け抜けることができる。
<効果>:【軽功増幅】【幽影匿跡】【拳脚通玄】
どちらも伝説級の【法宝】であるが、少し前に数多の【霊宝】を身に着けていた本座としては、若干物足りないと感じなくもない。
しかし身に余る【霊宝】が持ち主に反噬をもたらすということは周知の事実。なればこそ、今の本座にとってはその力を十全に発揮できる【法宝】の方が役に立つのかもしれない。
……まあ実は以前から欲しかった特殊な鼎はもとより、この十か月弱の生活でボロボロとなっていた靴の替えを手に入れられたことは素直に嬉しいな。
「……んん? 靴の方は知らぬが、そちらの黒鼎は『端渓老怪』の【端渓造化鼎】ではないかの?」
今も気だるげに宙に寝転んでいる(?)師匠が、何気なく黒鼎の正体を突き止める。流石は師匠。シショウペディアの面目躍如である。
「――あ、ああ。その通りだ。鼎の方はまさしく【端渓造化鼎】で、靴の方は【幽影無痕靴】。伝説の盗賊である『幽霊神套』が愛用した独門利器らしいぞ」
「ホホホッ、『幽霊神套』の独門利器のう。流石にそちらは会ったことがないわ」
そう言うと寝返りを打って、カラカラと笑い出す師匠。
……そちらは、か。
あるいは昔【端渓造化鼎】の実物を見たことでもあったのかとも思ったのだが、今の師匠の口ぶりからするとそれだけではないようだ。
「『端渓老怪』というのは師匠と旧知の間柄なのか?」
「む? まあそうじゃな。妾と『端渓老怪』は共に同じ時代を生きた術錬師じゃ」
ほほう?
「端渓老怪は元々端渓石の採掘員での。その採掘作業中に例の黒鼎という奇縁を得て、その中に入っていた玉符から錬魂法・練丹術・練器術を手に入れたそうじゃ。【端渓造化鼎】というのは端渓老怪がその黒鼎を手に入れた場所にちなんでつけた名前じゃな」
「なるほど……まさしく奇縁であるな」
これに加えて家門からの追放やらの裏エピソードがあれば、まさに主人公であろう。
……しかしそうか。端渓とはどこかで聞いた覚えがあると思ったが、端渓石と聞いてやっと分かった。
硯石として名高いあの端渓の事か。
「あの当時、老怪は神教であれば魔尊級に相当する魂力第五位階にあり、当時の術錬師の中では群を抜いておった。まさに時代を代表する術錬師と言っても良かったのじゃが、いかんせん偏屈での。気に入った相手に求められれば、どこの誰であれその要望に応えた代わりに、正・邪・魔のどの勢力にも属しておらんかった」
ふむ……別号に端渓の地の名が入るほどであれば、その端渓老怪が住処とした場所は広東省だな。
今の時代では、とある【武天九星】の一人の勢力下に入っている場所であるが、500年前の当時であれば、まさに正派と邪派の紛争が絶えない係争地。
しかも元が採掘員と言うことは、江湖武林自体に馴染みがない人生を送ってきたとしても何らおかしくはない。どの勢力に属さぬということは、そういった半生が基となっているのだろう。
「その一方で同じ術錬師にだけは優しくての。ゆえに妾も同じ時代を代表する術錬師として、色々と交流があったということじゃ」
「なるほど……そういう繋がりがあったのか」
少し長い話であったが聞いて損はない話であった。
――ただの採掘員を時代の代表者にまで押し上げた奇縁、か。
無論本座が得た物は【端渓造化鼎】という鼎一つであって、その他の術については知る由もないのだが、それでもこの黒鼎は俗界において最高の宝鼎の一つ。見たところ錬成手法の残片を探ることも出来そうであるし、それに――
「――うむ。まあ妾が与えた入門用の鼎も、童にはそろそろ物足りなくなってきた頃じゃろう。良い頃合いじゃな」
……まあそういうことだな。現在使っている鼎は、魂力第三位階も終盤になってからは魂力を持て余すことが増えてきていた。
しかしこの黒鼎は違う。今回至った第四位階の魂力であっても、十分に受け止めその力を発揮できるというのは実に素晴らしいことである。
いつまで使えるかは分からぬが、第六、第七位階くらいまでは使えてほしいものだ。
「では最後だな。お待ちかねの【神通】、【太初之火】を――」
「――ならん」
「…………」
「ならんぞ童」
……うむ、いつになく深刻そうな顔だ。
やはり触れるのはマズいか?
「ホホホホッ、とはいっても何も分からぬではつらかろう。妾が今の童の状態を簡単に説明しようではないか」
「…………」
……それは助かるが、そこまで危険なことなのか?
「今の童は【明月錬魂法】とやらの力で、日月の精華から【天魂】を作り出しておる。【明月錬魂法】の第十段階・【明月天魂】のことじゃ」
「……ああ、この仙跡は星が見えるだけあって潜魔館よりも修練が捗るからな」
むしろ潜魔館の中で【明月錬魂法】の成就が上がり続けた方がおかしい。あれは完全に内部の特殊な施設のおかげだ。
「無論まだ未熟である上、純度も力も足りぬ。童の中にあるものを正確に例えるなら【天魂】の卵のようなものじゃ。しかしそもそも【天魂】とは完璧な魂魄のこと。すなわち【天魂】と名がつくからには、未熟なものであっても【太初之火】を封印することができる」
「…………」
当然、このことは十分にわかっている。
そのための六か月間だったのだから。
「ホホホホホホホッ。ゆえに、じゃな。なまじ童の魂魄への封印ができてしまったがゆえに勘違いしておるのじゃろうが、その【太初之火】という代物、本来であれば童はおろか、今回の封印作業で魂力第九位階に至った妾とて触れられるような物ではないのじゃ」
「ッ!!!」
「そのことを重々承知しておくのじゃな」
ここまで言われれば、本座の見通しがいかに甘かったのかが伝わってくる。
真、言葉もないわ。
「…………」
しかし今はそれ以上に大事なことがある。
今まさに言わねばならぬことが。
「師匠」
「うむ?」
「魂力位階の昇格、めでたいな」
「……ふん、本体に少しばかり近づいただけじゃ」
「ハッハッハ。……本座にとっては、師匠こそが本物の師匠だ」
「……ぅむ」
弱々しく答え、少しそっぽを向いた師匠の姿は中々可愛らしい。
「…………」
しかし問題はやはり【太初之火】よな。
今回の仙跡で最も大きな成果の一つであることは間違いないのだが、その力の強大さゆえに不可侵となるとは。理屈は理解できるのだが、如何せんどうにも惜しい。
……何か良い手はないものか。




