第65話 【覇龍霊体】と【十方龍域】と【太初之火】
◇◆◇ 天魔神教 天魔仙跡:白蛇原始樹海 第六公子 白眉剣龍 日月慶雲 ◇◆◇
《【稀物・真龍血源】を吸収しています》
《――【血脈・真龍血脈】の存在を確認しました。血脈の蛻凡が開始されます》
《……完了しました》
《【真脈・真龍真脈】を獲得しました》
《――【真脈・真龍真脈】を確認しました。宿主から複数の龍の力を確認しました。【天賦・覇龍霊体】の覚醒を試みます》
《なお、覚醒の成功確率は『龍の力の数×10%』の式が適用されます》
《……確認しました。宿主の保有する龍の力は【龍血】・【龍頭】・【龍眼】・【龍鱗】・【龍尾】・【龍涙】・【龍牙】・【龍皮】・【龍角】・【龍骨】の計十種です。100%の確率で【天賦・覇龍霊体】の覚醒が行われます》
《【天賦・覇龍霊体】を獲得しました》
《――【天賦・覇龍霊体】の獲得にともない、付随する【神通・十方龍域】の発現を行います》
《……成功しました》
《【神通・十方龍域】を獲得しました》
《――おめでとうございます。初めて【神通】を獲得したことにより報酬が付与されます》
《『混元値』を100万獲得しました。【霊薬・魂嬰果】を獲得しました》
◇◆◇
「…………」
また不意に目が覚める。
どこかデジャブを感じるような目覚め方であるが、今回の本座の姿勢は結跏趺坐ではない。視界に移る景色からして、どうやら天井を見上げるような形で洞窟の床に寝そべっているようだ。
目覚めると同時に全身の感覚が覚醒し、洞窟内のあらゆる情報が脳へ流れ込む。それは起き抜けの脳には些か酷なほどに濃密かつ大量なもの。結局本座は処理し切れず、大量のシステム通知も重なって頭の奥に僅かな痛みを覚えた。
「……む?」
否、この痛みは単に起き抜けゆえ意識が鈍ったことが原因というわけではないようだ。
視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚。
五感に代表される全身の感覚がいつもより格段に鋭くなっている。
もっと端的に言えば、感覚から入ってくる情報の量が爆増しているのだ。その差は【法宝・劫圧紫金錠<感>】の封印を解いた時以上のものであり、どうやら【覇龍霊体】の獲得とともに【超感覚】の体質もレベルアップしているらしい。
さらに【真龍真脈】、【覇龍霊体】、【神通】、【十方龍域】、【魂嬰果】か。多い多い、情報が多い。感覚のそれとは別の意味で情報量が多すぎるわ。
「ぬ、起きたか童よ。三日も寝ておったぞ。もう身体は大丈夫かの?」
肉体の変化とシステム通知の内容を確認するため、意識を内側に向けていた本座の視界に一筋の影が差す。
無骨な洞窟の天井にはそぐわぬ華やかな美貌と、うっすらと光るハート型の桃色の瞳。言うまでもなく師匠である。
「ああ、師匠か。……ふむ、どうやらまた雑作をかけたようだな。礼を言う」
師匠の声に体を起こして周囲を見渡すと、そこに張られているのは見覚えのある高度な結界。どうやらまたも師匠に守られていたらしい。
「ホホホッ……まあそのようなことは良いのじゃ。それで? 身体に違和感はないかの?」
本座の礼をどうでも良いとばかりに捨て置いた師匠の顔は、どこか怒っているような、困惑しているような、そんな複雑な面持ちをしている。
だが何故だ? やけに本座の身体を気にするな。
いや本座にとっては寝て起きたようなものだが、護法をしてくれていた師匠は【覇龍霊体】獲得の過程も観察したことだろう。
そこで何が起こったのかは知らぬが、肉体の変化を確認したかった本座にとってはなかなか都合の良い問いかけよな。
「しかし身体の違和感と言われてもな、具体的には何のことだ? 感覚が痛いほどに鋭敏になっておることはさておいたとしても、肉体と穴道からは『龍気』が感じられるようになっておる。すなわち違和感だらけよ」
そう言いながら自分の体を見下ろす。
目につくのは、いつもと同じ修行服を身につけた本座の姿。一見いつも通りの姿であるが、その下の肉体は途方もない変化が生じているはずだ。
「…………ん?」
いや、おかしい。見た目に違和感がないことが変だ。
本座は龍骨の鎧と龍皮の外套を身につけていたはずなのだが……。
「耳飾りは……こちらもないか」
慌てて龍角の耳飾りを着けたはずの右耳を触るも、そこには装飾品などなにも着いていない。
そういえば左手にあったはずの【屠龍剣】もないし、口に含んでいたはずの龍涙の玉もない。
「……腕輪はあるな」
一通り確認し、残っていたのは【至黒麟龍環】のみ。加えて言えば【天賦】である【黒龍六眼】と【三頭千魔】も消えることなく残っている。
しかしどうやら他の身に着けていた霊宝や天材地宝は、その影も残さず消え去っているらしい。
……師匠が回収したのかな?
「ホホッ、気づいたようじゃな。念の為に言っておくが妾は何もしておらぬぞ? ただ護法のため結界を張っただけじゃ」
「そうか……」
マジでか……。
手に入れた【覇龍霊体】という名の天賦。
いつの間にか消え失せた全身の龍の霊宝と天材地宝。
そして師匠の怒りと困惑が入り混じった複雑そうな顔と、消え失せたはずの財物を回収してないという発言。
これらが導き出す答えは…………我が身に取り込んだのか?
「……いや、無意識のうちに【倉庫】に収めた可能性も――」
「――ホホホホッ。小声で何を言っておるのかは知らぬが、なかなか見事じゃったぞ童。其方が【真龍血源】を吸収して倒れた瞬間、突如として身に着けた霊宝と天材地宝が輝きを放ちはじめ、ついには光の玉になって体の中に入っていく様は、のう」
「!?」
予想はズバリ的中。しかしなにも嬉しいことはない。
というよりシステムよ、吸収されるのであれば事前に言え。本座が購入した霊宝はまだ良いとして、師匠から預かった霊宝と天材地宝はあくまで借り物。特に【屠龍剣】に至っては師匠の仇である崑崙派の神物だ。となれば怒りもすれば、困惑もする理由が良く分かる。
「…………」
「…………」
「…………」
こうなれば本座にはもうなにも言えぬ。
それに師匠も感情を匂わせぬ笑みを浮かべこちらを見るのみだ。こういうのをアルカイックスマイルというのだったか? こっわ。
「……ホホッ」
「!」
「ホホホホホホホッ! そのような顔をするでない。前にも言うたであろう? もうとうの昔に終わった話じゃ」
突然堰を切ったように笑い出す師匠。どうやら悪戯の類であったらしい。
まあなんとも思っていないというわけでは当然無いのだろうが、その怒りは決して強くはない。あるいは師匠にとっても捨てるに捨てられぬ不良在庫のようなものだったのかもしれない。本座に都合の良い解釈かもしれぬがな。
「ホホホホホホホッ!!!」
高らかな笑い声と共に体が大きく揺れ、たなびく髪が地面にゆらめく影を映し出す。
「……」
本座は師匠から視線を外し、ふとかつて【真龍血源】があった場所を見た。
ここは湖の中程に存在する水中洞窟であり、日の光は一切届かぬ地下洞窟。そしてかつてはその存在感と共に光を放ち、この洞窟の唯一の光源となっていた【真龍血源】は既にない。
では何故地面に影が映るのか。
その答えは、本座の目の前で燃え盛る『墨色の火』にあった。
◇◆◇
「――それで今回本座が得た物は【真脈・真龍真脈】、【天賦・覇龍霊体】、【神通・十方龍域】、【霊薬・魂嬰果】の四つだ」
「ふむ」
「【真龍真脈】は事前に買っておいた【真龍血脈】が蛻凡し、【覇龍霊体】は手に入れた【真龍真脈】と龍系の霊宝やら天材地宝やらの影響……というよりあれらを吸収したことで覚醒した」
「ふむふむ」
「それで【十方龍域】は【覇龍霊体】に付随した【神通】? とやらで現在封印中。【魂嬰果】は初めて【神通】に覚醒したことへのシステムからの褒美だ」
燃え盛る『墨色の火』にも興味はあるが、とりあえずそちらは置いておくとして、本座は今回得た成果について師匠に話しておくことにした。
ちなみにそれぞれの鑑定結果はこんな感じだ。
〇【真龍真脈】
<分類>:真脈
<概要>:太古より天地を統べる真龍一族の嫡流に連なる正当なる血脈。体内に真龍の血気を宿し、龍気を自在に巡らせる。龍に関するあらゆる功法・神通に絶対的な適性を有し、天地霊気との親和性が極めて高い。
<効果>:龍道完全適性・真龍血気・天地親和・龍気覚醒
〇【覇龍霊体】
<分類>:天賦
<概要>:****の時代より存在する****・【**】の**を宿す究極の*****の一つ。肉体・魂魄・真気のすべてが**の*へと昇華され、**をも超越した**を発する。**の姿へ自在に化形し、その咆哮は天地を震わせ、その龍域は十方世界を支配する王者の**を宿す。
<効果>:
1.真龍化形 <封印>
2.覇龍咆哮 <封印>
3.十方龍域 <封印>
〇【十方龍域】
<分類>:神通
<概要>:覇龍霊体の持つ能力。龍威により領域を宣布する。
<効果>:【十方龍域】召喚
〇【魂嬰果】
<分類>:霊薬
<ランク>:黄級上品
<概要>:魂魄を守る性質を備えた霊果。魂を穏やかに滋養する性質を持ち、術道の修行者のみならず武道の修行者にも広く用いられる貴重な霊薬。五十年に一度開花し、その後さらに五十年を経て結実するため希少性が高い。
<効果>:【魂魄滋養】【魂魄強化】【魂魄護持】
鑑定を試みたは良いものの、このように伏字だらけの物もあれば<封印>状態にある能力も多い。
それでも以前は伏字が多かった【○○真脈】の鑑定結果がすべて表示されたことは本座の成長と捉えてよいのではないだろうか? さらに言えば仙界の霊薬と思しき【魂嬰果】についても同様に伏字なく表示されているのである。
……まあ結局分からぬことだらけではあるゆえ、そこは追々考えなくてはならぬのだが。
無論、シショウペディアにも頼るつもりであるが、おそらく自分で調べていくことになるのだろう。
「ふーむ、なかなか多くの実りがあったようでなによりじゃ。しかし妾は龍ではないからの。すまぬのじゃが、その【天賦】やら【真脈】やらについて聞かれてわかることは殆どないぞ」
「……では【神通】と【魂嬰果】についてはどうだ?」
自身が龍ではないから、龍の体に関する【天賦】の詳しいことは分からない。
そんなある意味当然とも言える回答は受け入れるとしても、鑑定結果が簡素過ぎてほとんど情報がない【神通】とやらについては、もう少し詳しく聞きたいところだ。【魂嬰果】についてはおまけだな。
「ホホホッ、【神通】と【魂嬰果】のう。……ふむ、【神通】については【天賦】や【道骨】、【真脈】に由来する不思議な力とでも覚えておけばよいわ。これは一つの例なのじゃが、【百雷鳳雛】と呼ばれた麻夢蝶は【道骨・涅槃仙骨】と【天賦・神鳳霊体】に由来する【涅槃法身】と【鳳凰真火】の二つの【神通】を持っておったりしとったのじゃぞ」
「ほう?」
流石は蝶姫と言うべきか。本座がかなりの特異な奇縁の果てにやっと得た【神通】を、二つも持って生まれたという事実に言葉もない。
……いやホントにすごいな? 本座や冷仙月とは格が違うわ。
「まあなんにせよ、【神通】自体が封印されておる今の童には関係のない話じゃの。いかなる【神通】も凄まじい力を持つものじゃ。いずれ使えるようになったとしても、威力に見合うだけの重篤な反噬を喰らうこともある。そのことだけはゆめゆめ忘れてはならぬぞ?」
「……ああ、心得よう」
いつになく真面目な表情で本座に注意を促す師匠。
あるいは師匠自身がその【神通】の重い反噬を喰らったことがあるのかもしれない。
「ところで【魂嬰果】については?」
「……ホホホホッ、いかなる【神通】も凄まじい力を持っておっての。時には威力に見合うだけの重篤な反噬を喰らうこともあるのじゃ」
「……ん?…………???」
それはさっき聞いたことだが?
……え、真面目な顔した反動でふざけ始めたのか? これが反噬?
「というわけでの童、【魂嬰果】はあれを取り込む前に食べよ。魂魄が焼き尽くされることを防いでくれるはずじゃ」
師匠はそう言うと、唖然とした本座の口の中に【魂嬰果】を放り込んだ。
真面目な顔をしたことがそんなに恥ずかしかったのか、性急な行動からはどこか照れ隠しの気配もする。
しかしそんなことはもうどうでも良い。師匠が示唆したあれとは、本座がずっと気になっていたことなのだ。
「――師匠……あれは【聖火】ではないよな?」
あれとはまさに本座の目の前で燃え盛る『墨色の火』。
見た目はかつての儀式にあった天魔神教の神物たる【聖火】に酷似している。しかし同時にその【火】から感じる存在感は、【聖火】とは格が違うまったくの別物に思えた。
もっと正確には、かつて見た【聖火】が偽物で、ここに燃え盛る【火】こそ本物に思えたのである。
「これは太初の力の権現にして長生天家に伝わる独門神通【太初之火】。童も薄々と感じてはおらぬか? これを模倣して造られた力こそが聖火じゃよ」
「模倣……それはどういう――」
「――まあその辺の話は後日で良かろう。あまり時間がないのじゃ。【魂嬰果】の効能が最大値まで発揮され、かつ龍気が肉体に満ち満ちておる今ほど、この【神通】を取り込む好機はないのじゃ」
「……?」
よく分からぬが、問答の時間もないらしい。
しかしそれは師匠が【魂嬰果】を急いで食べさせたせいではないかと、思わなくもない。
「ホホホホホホッ! 【太初真脈】を持っておる童であれば、理論上はこの【神通】をその身に収めることも可能なはずじゃ。童よ、覚悟は良いかの?」
まあ結局遅いか早いかであるな。
『理論上は』などど言う不穏な言葉に若干引がないこともないが、ここで引き下がるような本座であれば【樹海の王者】たる白蛇と戦うことも、【真龍血源】の吸収のようなリスクを取ることもなかったことだろう。
すなわち――
「――本座に覚悟を問うとは。愚問であるぞ、師匠」
「ホホホホッ、良い返事じゃ」
まあ覚悟は良い。そちらは良いのだが、この五日ほどの間に三度も命をかける羽目になるとは想像もしていなかった。
「ちなみに師匠。成功率は如何ほどだ?」
「多く見積もって二割じゃ」
「…………」
九死に一生を……いや、八死二生を得ねばならぬということか。
楽勝よな。




