第64話 【龍系霊宝】と『屠龍剣』の秘密
◇◆◇ 天魔神教 天魔仙跡:白蛇原始樹海 第六公子 白眉剣龍 日月慶雲 ◇◆◇
『【真龍血源】。――今の本座でも吸収できるのか?』
本座が師匠にそう問いを投げかけた瞬間。
『ピコン♪ピコン♪』という効果音が鳴り、システムの【蓬莱商店】に二つの通知が入った。
すぐにそのことを師匠に告げ、通知の内容を確認すると、例によって一押し商品の特別セールが始まったようである。
もっとも今回の場合、前回とは少し毛色が違うようだ。
まずは一つ目について。
その内容は『【緊急告知!】 事前購入推奨! 【血脈・真龍血脈】! 通常30000混元値の所、10000混元値! 大特価セール!』
これは前回と同じように今の本座に必要な物を売り込んでくる特別セールである。
内容から察するに【真龍血源】の摂取に伴い自らの肉体に馴染みやすく、そして吸収しやすくするための前準備と捉えて間違いないだろう。ある意味、システムの意図が極めてわかりやすい特別セールだ。
そして価格も今の本座にとってはさほど痛くもない程度。その購入を躊躇う余地はない。
そしてもう一つ。
こちらの内容は『【緊急告知!】 事前購入推奨! 龍系下級霊宝&龍系霊薬&龍系天材地宝! すべての財物が一律150万! 大特価セール!』。
当然、こちらも何らかの意図があってのものであることは間違いないが、今の本座ではその内容まで察することはできない。
加えて言えば今の本座が貯め込んでいる混元値の総額は450万と少し。
今回のセールで売りに出されている龍系の財物が全十種であることを思えば、混元値のほとんどを使ってもなお半分も得ることができぬというのが現状である。この状況で買える三つだけを購入したとして、それにどれほどの意味があるのかは疑問だ。
本座の考えが正しければ、十種類がオススメされていることにはちゃんとした訳があるはずなのだ。
「――という訳だ。師匠はどう思う? 【真龍血脈】は言わずもがなとして、龍系の財物とやらも買うべきと思うか?」
そして本座は即座にその疑問について師匠に相談した。いくら考えてもわからない事は、さっさと聞くに限る。
「ふむ……そうじゃな、まず先程の吸収できるのかという問いについてじゃが、その答えは妾にもわからん。童は龍を由来とする二つの天賦を持っておるからの。まったく不可能という訳ではないじゃろうが、その成功率が高いかと聞かれると、なんとも言えんのじゃ」
「そういうものか……」
ゆえにあの問いに押し黙ったのか。しかしそれならば始天魔祖師はどうやって【真龍生命元珠】を吸収したのだろう。
あるいは元々【真龍血脈】か【真龍真脈】といった、龍に由来する力を保有していたのだろうか?
「それに今の童は境地も低いしの。もっと高い境地にあるか、いっそ何も無い真っさらな状態であれば受け入れることは容易いはずなのじゃがな」
「…………」
なるほど、始天魔祖師が【真龍生命元珠】を吸収できたのは、丹田が砕かれて空虚の状態にあったが故ということか。
そしてなればこそ、現在の始天魔祖師の丹田は龍の内丹で魔功を修練した形となっているのだ。元が空でなければ、このような現象は起こりえない。
「ホホホホホッ……あれこれと言ったものじゃが、童にはあの仙界の功法すら扱う不可思議な存在がついておるのじゃ。問題は無かろうよ」
「フッ、そうだな。やはり他の龍系の財物は【真龍血源】を吸収するための助けと見て良いのかな?」
「うむ。確証がある訳では無いが【真龍血脈】同様に吸収のための地均しじゃろう。まあざっと売られておる財物の内容を見ても、あって困るようなものはないようじゃ。これを逃せば手に入れる時が来るか分からぬという意味でも買っておいて損はないの。……あ、内容を見たからないようじゃと言っておるわけではないぞ?」
さて師匠のダジャレはともかくとして、確かに霊宝・霊薬・天材地宝というのはあって困るものではない。
霊薬や天材地宝のような、今の本座に役立つか怪しいものはさておくとしても、特に龍系の霊宝は【至黒麟龍環】の元となった【黒鱗環】のように役に立つイメージが強い。あの【黒鱗環】は元々伝説級の法宝に過ぎなかったのだ。
「まあ、問題は値段じゃの。今後何があるかもわからぬのじゃ。その時のために混元値を残しておきたいということであれば、一つだけ買って満足するというのも手じゃぞ。なにも買えるだけ買わねばならぬという決まりはないのじゃからな」
「そうよな……」
これもまた道理だな。
確かに余裕を持っておくことは間違いないし、買えるだけ買わねばならないという決まりもない。
だが――
「だが師匠、本座は出来るだけ多くの物を買った方が良いのかもしれん」
「ほう……その心は?」
師匠が興味深そうに先を促してくる。
「一つは何故わざわざ売り方を二つに分けたのかという疑問。そしてもう一つは本座の勘だ」
「! ホホホッ! 面白いことを言うのう。疑問はともかく童の勘じゃと? そんな突拍子もないような……いや、そうじゃの、この件に関しては頭に龍の天賦を宿しておる童は、普段とは別の勘が働くことがあるのかもしれん。一概には笑い飛ばせんの」
勘こそが判断材料だという本座の言はわずかに師匠を笑わせたものの、師はすぐに冷静さを取り戻しその勘の働きに根拠を見つけ出した。
この勘が外れていれば相当に恥ずかしいのだが、何故か本座にはこの勘が間違っていないという確信がある。これこそが師匠に言う龍の頭の天賦の力だろうか?
「……ふむ、確か【蓬莱商店】が勧める龍の財物は全十種じゃったな。それに童の龍の頭の天賦がもたらす勘……安直かもしれぬが、物に限らず龍に関する何かを十種集めればその特別セールとやらの狙いに少し近づくことができるのかもしれぬぞ」
……なるほど、確かに龍の天賦が働いているようであれば、なかなか頷けるところが多い考察である。
しかし龍の力を十種、か。
今の本座には天賦である【三頭千魔】と【黒龍六眼】、そして霊宝となった元【黒鱗環】こと、現【至黒麟龍環】。
これから【真龍血脈】を購入して、さらに混元値150万の龍の霊宝を三つ買うとしても、その時本座が有している龍の力は七つにしかならない。
「ところで師匠。今の本座の懐事情では空になる勢いで龍の財物を買ったとしても結局七つ止まりにしかならぬぞ。いかに本座とて無い袖は振れぬ。どうすべきと思う?」
この本座の言を意訳するならば『師匠なら龍の財物を三つくらい持っておるよな?』だ。
……あるいは単に『寄こせ!』でも可。
「……ホホホホッ、そのような物欲しげな顔をせずとも良い。最初から足りぬ分くらいは出してやるつもりじゃ。弟子の成長を願わぬ師匠がどこにおる」
師匠は本座の視線の強さに苦笑をこぼしつつ、何処からともなく三つの品を取り出した。
まず龍尾を加工した帯の霊宝、【龍尾天索】。
次に龍の涙が変化した玉の天材地宝、【龍涙霊玉】。
そして最後は……何の変哲もない一本の剣?
しかも他の品と違い、龍の気ではなく道家真気が満ちているように感じる。
「ホホホホッ、この剣が気になるかの? これはかつて存在した崑崙派の神物・【屠龍剣】じゃ」
なるほど、崑崙が西王母から賜ったというあの……だから道家真気に満ちていたのか。
そして師匠にとっては仇の剣だな。まあ龍の力を宿しているのであればなんでも良いが。
「童も疑問に思ったことがあるじゃろう。何故龍を屠ると書いて【屠龍剣】であるにもかかわらず、その武功である【太虚屠龍剣法】は龍の残影を映し出すのかと。その訳こそ、この剣の材料である龍の牙じゃ。その昔、西王母は太上老君の流れをくむ術錬師に――」
あ、これは話が長くなるやつだ。この隙に【商店】の方で必要な物でも買っておこう。
別売りの【真龍血脈】は当然として……あとはそうだな。
龍皮を使った外套である【龍紋霊氅】に龍角を加工した耳飾りである【龍角耳環】、そして龍骨を加工した鎧である【護龍宝甲】。この三つで良いか。
【烈日】もそうであったように、身に余る霊宝は反噬を引き起こす。特に武器であればそれは顕著だ。
となれば武器よりも装飾品や防具の方が役に立つだろう。
「ゆえに【太虚屠龍剣法】とは龍を屠る剣法ではなく、屠った龍を剣式で再現するための――」
……まだ続いておるのか。いつ終わるのだ。
「――して崑崙派の第十八代掌門である青雲子は【太虚屠龍剣法】を極成まで練磨し――」
……んん? これは崑崙派の歴史の話になっておるな。
こうして聞いていると師匠は崑崙派の追従者だったのかと疑いたくなるが、実際はこれを教えてくれた人物のことが余程に好きだっただけだろう。
憎き崑崙派の話であろうと、すでに割り切って母君との思い出となっておるというわけだ。
「――その後崑崙派の第三十一代掌門である雲鶴子は――」
……とはいえ本座の我慢にも限度がある。こちらは勝手に始めるとしよう。そうすれば師匠も自ずとこちらに意識を向けるだろう。
本座は購入した霊宝を【倉庫】から取り出し、師匠から預かった品と合わせて身に着ける。
【龍角耳環】を耳に着け、【護龍宝甲】と【龍紋霊氅】は当然鎧と外套として身を覆う。
それから師匠から預かった【龍尾天索】はベルトにするとして、【龍涙霊玉】は……とりあえず口に含んでおけばよいか。
そして最後に左手に持った【屠龍剣】で右手のひらに傷をつける。
これは【真龍血源】吸収のための出入り口だ。流石に霊宝だけあって本座の肉体をいとも容易く貫くほどの切れ味を誇っている。なお師匠は未だ喋り続けている。
「…………」
浮かぶ【真龍血源】を前に柄にもなく少し躊躇う。
しかし本座は出来る限りのことをした。ここまで備えてなお本座の肉体が堪えられぬのであれば、それはもはや天命だ。
「――死生命無く、死中生有り」
すなわち生死は天命によるものであり、人の力ではどうすることもできない。
儒家の言葉であることは気に入らぬが、真にこの通りであると思う。
本座は意を決して右腕を【真龍血源】の中へと突き入れた。
《【稀物・真龍血源】の存在を確認しました。吸収を開始します》




