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第62話 【無上剣宗】と【四季至尊剣】

◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 天魔仙跡:白蛇(はくじゃ)原始樹海(げんしじゅかい) 第六公子 白眉剣龍(はくびけんりゅう) 日月慶雲(じつげつけいうん) ◇◆◇



「――というわけで『始天魔(してんま)堕天廟(だてんびょう)』は神教の隠された聖地であり、この地を見つけることこそ我ら天家の者にとっての大願と言うわけじゃ」


 その後、件の『始天魔堕天廟』について素直に知らないと告げた本座は、師匠より長い長い説明を受けていた。

 歴史やら思い入れやらと、ある意味今の本座には関係のないことをつらつらと。

 その長い話の要約については今師匠がまとめてくれた通りである。


「しかし神教の大願と言うにしては、本座は欠片も聞いたことがないのだが?」


「ホホホッ、童よ。()()()大願ではなく、我ら()()()大願じゃ。一般の教徒は噂くらいしか知るまい」


 流石に隠された聖地と言われるだけあって、その存在は神教の一般教徒には知られていないらしい。

 詳しく聞くところによると、魔君以上の位階にある者にしか情報が開示されていないそうだ。

 そして今の本座は魔君級と言える化境の達人であるゆえ、このことを知る権利がある。……まあ、師匠であれば掟を無視して教えてきそうではあるのだが。


「それで? 結局あの血玉と剣はなんなのだ? あれこそが天家に大願と言わしめた物なのだろう?」


 【太初滅世輪廻掌】と【天魔君臨歩】。

 壁と床に刻まれていたこの二つの武功だけでも、相当な収穫であることに間違いはない。

 しかし天魔神教の教祖家系である天家が、このたった二つの武功を指して待望などと言う言葉を使うとは到底思えないのである。

 本座の勘が正しければ、この二つはあくまで副賞のようなものなのだろう。


「うーむ、そうじゃなぁ。……あの剣の柄、その頭のところに文字が書いてあるのがわかるかの?」


 柄頭の文字?

 ……ああ、あれは文字だったのか。文様だとばかり思っておったわ。


「あれがどうした?」


「あれは太初神教に伝わる文字での。そこにはこう書いてある。――『無上(むじょう)剣宗(けんしゅう)の聖女が天白龍の快気を願って』」


 無上剣宗?


「ここで言う無上剣宗の聖女とは始天魔・天白龍祖師の母君のことじゃ」


 剣宗の聖女が母君……そういえば以前、仙月に聞いたことがあったな。

 万剣冷家には【聖火】に匹敵する神物があり、それの元を辿れば始天魔祖師が母君より贈られた物なのだと。

 たしか名前は――


「――【揺籃剣池(ようらんけんち)】?」


「おお、童よ良く知っておるな。聞いた話じゃが、あの神物の由来は無上剣宗の聖地である【無上剣池】。その聖地の核の一部を母君が始天魔祖師へと贈ったのじゃそうじゃ」


「……ほう?」


 ……宗門の聖地の核の一部を息子に?

 いや、その無上剣宗での聖女の地位の高さを知らぬゆえ何とも言えぬのだが、通常そのようなことが許されるものなのだろうか?


「ホホホホッ。――かつての無上剣宗は仙界で大きく威を張った宗門じゃったそうじゃ。宗門の聖女の婚約者は、太初神教の小教主にして長生天家の継承者である天長歌(てんちょうか)。しかし二人が婚儀を結ぶ前に無上剣宗が滅んでしまった」


「…………」


 また恋バナか?

 いや大層興味深くはあるのだが。


「龍族の一つである黒龍族と戦争になったらしくてのう。その戦争の最中に宗門の象徴である四季至尊剣も三本が失われ、残った一本と【無上剣池】の核を携えた聖女は太初神教へと身を寄せたそうじゃ」


 まあシリアス寄りの恋バナだな。

 残った剣の行方が気になるところではあるのだが、とりあえず恋バナ方面に掘り下げてみよう。


「しかし元は無上剣宗の聖女とはいえ、よく正室になれたな。後ろ盾のない小娘ではどうしようもあるまい?」


「ホホホホホッ、どうやらその時は太初神教も弱みがあったそうじゃ。聖女と継承者を婚約させ、同盟を結びながらも消極的な支援しかできなかったという弱みがの」


 ……なるほど、それならば押し通せなくはない……のか?


「しかし何故、太初神教はまともな支援をしなかったのだ? 裏切ったならば裏切ったで徹底的に禍根を断たねば……後から厄介なことになるのは目に見えておろう?」


「……そうじゃな。今ではまるで系統を異とする者たちじゃとわかっておるのじゃが、当時は太初神教の神話にある黒龍と、その戦争相手であった黒龍族が遠縁であるという風説が蔓延っておったらしいのじゃ」


 ふむ、同盟と信仰の狭間にあったと言うことか。

 しかしようやく合点がいったな。刃を向けにくい相手であれば、その中途半端な行動も納得がいく。


「太初神教も混乱の渦中にあったのだな」


「まあそういうことじゃ。――つまり聖女は弱みに付け込んで長生天家へと入り込んだようなもの。当然居心地は良くなかろうし、その生命線となるのは嫡子たる息子のみじゃ。ゆえに聖女は持っていた宝をすべて息子に譲り渡したらしいの。無上剣宗に残ったたった一本の四季至尊剣も含めて」


 そう言い終えた師匠の視線は血玉へと突き刺さった剣へと向いている。

 まさかとは思っていたのだが、本当にその剣が……。

 しかし随分と話は長かったが、ようやく現在へと時間が戻ってきた。これからは残った疑問について聞かせてもらおう。


「師匠よ、実は本座は今朝まで夢を見ていてな。とある若者の傍で砕かれていたのがこの剣だ」


「……ん? なんじゃ、夢? そこで剣が砕かれておったと?」


 信じがたいのは大いに分かる。

 しかし何か意味があるかもしれぬのだ。本座もここで言葉を止めるわけにはいかぬ。


「そうだ。翡翠色の病衣を纏った瀕死の若者の傍で、この剣の残骸とみられるものが転がっていた。どういうことかわかるか?」


「翡翠色の病衣、のう……。変異種のはずの碧霊(へきれい)玉蚕(ぎょくさん)がおったのはそういうことじゃったのか。なるほど、荒唐無稽な夢と言うわけではなさそうじゃな」


 どうにか信じてくれたようで、師匠は考察を続けている。

 先の碧霊玉蚕については、この地の天蚕がその病衣の切れ端を食べたことで仙界のものと同様の変異を起こし、それがこの仙跡では種として定着したということだろう。

 知識不足は否めぬが、こうして本座もできる限り師匠の思考を追っていこう。


「砕かれていた剣がこれのことだとすれば、その若者が始天魔祖師じゃな。そしてその転がっていた場所は当然この隠し洞窟の広間……そうじゃ! 【后土鎖水陣】じゃ!」


 師匠の思考の道のりは極めて理智的で、本座も首肯しながら話について行っていたのだが、ここで何故か師匠の思考が飛躍し、本座は躓いた。

 何故ここでその陣法の名前が出てくる?


「どういう意味だ?」


「ホホホッ、少し前に話したの? 【后土鎖水陣】は『土剋水』の理を利用して湖水が入り込むことを防いでおった」


 本座は黙ってうなずいた。当然それは覚えている。


「であればあの洞窟は土気で満ちておったはずじゃし、それに応じて金気も生まれておったはずじゃ。しかしあそこにあったのは草木や苔などの霊薬と彌陀聖水。『土生金』の相生で生まれるべき金気の霊薬……すなわち茸の類が一つも見当たらなかったのじゃ」 


 ……なるほど。確かに水中洞窟という湿度が高い場所で、かつ脱皮した蛇皮のような養分があったにも拘らず、言われてみれば茸は一つも見ていない。


「では金気はどこに消えたと?」


「ホホホホホッ! 知れたことよ、あの剣の修復に使われたのじゃ。何千年も積み上げられた膨大な金気と、例の血玉の潜在能力。これがあれば粉砕した剣であっても再生しよう。無論、その剣の材質あってのことじゃがな」


「……なんと」

 

 本座が夢で見た剣はただ折れていたわけでは無く、文字通り粉砕されていた。

 それを打ち直す、あるいは再錬成する以外に修復する方法があったのか……。

 しかし例の血玉に剣の材質、か。


「師匠よ、そろそろ教えてはもらえぬか? その剣と血玉の正体を。剣の材質などと言われても、未だ見る目がない本座は付いていけぬ。恥ずかしい限りではあるがな」


「……!? ホホホホホホホッ!!! 齢十二で魂力第三位階の化境の達人が何を恥じるのじゃ!」


 恥を忍んで口にした言葉は何故か師匠の琴線に触れたようだ。少しの絶句のあと、師匠の高笑いがなかなか治まらない。


「…………」


「……ま、まあそうじゃの。些か意地が悪かったの。では剣の方から教えてやろう。――その名の通り『四季至尊剣』は全部で四本。それぞれが季節の【法則】を宿す頂上霊宝じゃ」


 めげることなく見つめていると、やっと師匠が落ち着いてくれた。

 やはり四季に対応した四振りで『四季至尊剣』なのか。では今ここにあるのはどれなのだろう。


「まず【春之法則】を宿し、青帝(せいてい)木心晶(ぼくしんしょう)万年(まんねん)春蚕(しゅんさん)糸鋼(しこう)によって造られた剣、銘は『誕生』」


 ふむ、再生能力に長けていそうな印象を持つ材質だな。例の剣はこちらか?


「次に【夏之法則】を宿し、天照(てんしょう)煌金(こうきん)曜陽(ようよう)神鉄(しんてつ)によって造られた剣、銘は『烈日(れつじつ)』」


 ふむふむ、なるほど。血玉……すなわち血とは陽気の塊。そして火は『火生土』の理により土気を生む。【后土鎖水陣】との繋がりまで考えればこちらの方が有力だな。


「ちなみにこの『烈日』が、今そこに刺さっておるやつじゃ」


 合っていたらしい。


「次に【秋之法則】を宿し、白虎(びゃっこ)庚金骨(こうきんこつ)霜月(そうげつ)悲鉄(ひてつ)によって造られた剣、銘は『哀傷(あいしょう)』」


 まあ元々秋と冬の可能性は低いと思っていた。

 既に失われた剣の、誰が得をするでもない話だが黙って聞こう。


「最後に【冬之法則】を宿し、月照(げっしょう)精銀(せいぎん)北天(ほくてん)寒星鉄(かんせいてつ)によって造られた剣、銘は『寂滅(じゃくめつ)』。ちなみにこの剣は黒龍族の族長を殺した剣とされておる。無上剣宗は滅んだのじゃが、黒龍族もただでは済まなかったということじゃな」


 ……何故か不意に冷仙月の顔が浮かんだ。

 龍に掛けられた呪い。

 そして【仙剣(せんけん)**之化身(のけしん)】という、伏せ字があるとはいえ剣の化身とも読める天賦。

 ただの偶然だろうか?


「今話したものの内、三本は既に失われておる。どれも仙界ですら垂涎の素材が用いられておるゆえ、その素材の名前だけ覚えておけばよかろう。では本題の血玉についてじゃ」


 冷仙月のこと。

 そして『寂滅』なる剣のこと。

 どちらも気にはなるのだが師匠が言及しない以上、本座は口を噤むしかない。

 あくまで本座の勘でしかないのだ。こう言ってはあれだが、龍を斬って呪いをかけられた剣など仙界では珍しくもないのかもしれぬしな。


「この血玉の正体は【真龍血源】。極めて始祖に近い真龍の血の一滴じゃ」


 ……フッ、言った端から案の定である。


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