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第61話 【太初滅世輪廻掌】と『始天魔堕天廟』

◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 天魔仙跡:白蛇(はくじゃ)原始樹海(げんしじゅかい) 第六公子 白眉剣龍(はくびけんりゅう) 日月慶雲(じつげつけいうん) ◇◆◇



 【天魔仙跡:白蛇原始樹海】。

 この仙跡は潜魔館と教祖大殿からのみ入場が許される極めて特異な仙跡である。


 内部に存在する【万重轟毒湖】は一部の特殊な毒物のみが生息する超危険地帯であり、仮にこの仙跡への入場が許された者でもこの湖に近づく者は殆どいない。

 そしてまともに近づく者がいないため、その調査などろくに行われておらず、ゆえにこの湖はほぼ未開の地と言っても過言ではない。


 これから本座が調査するのは、その謎めいた広大な湖の一角に存在する水中洞窟の、そのさらに内部の岩壁から出現した隠し洞窟である。


 この地が仙跡である以上、かつて誰かがこの地に足を踏み入れたことは間違いない。

 そして水中洞窟には陣法が存在する以上、この洞窟自体、人為的なものである可能性も極めて高い。


 鬼が出るか蛇が出るかとは言ってみたものの、本座はもう一つの可能性を忘れてはいなかった。


 すなわちダンジョンボスの撃破報酬。

 いわば奇縁(ごほうび)ということだ。



◇◆◇



 本座と白蛇の戦いはこの水中洞窟を大いに荒らし回った。

 幸いにして敷かれていた陣法に影響はないようであるが、床から生えた石筍や天井から釣り下がった鍾乳石は、もはや無事な物を見つける方が難しく、壁や床に至っては白蛇の尾が打ち付けられた跡がくっきりと残っている。

 そしてそれらの影響でぽっかりと口を開けた場所こそ、今回本座たちが調べる隠し洞窟の入り口である。


 猛毒の湖に秘された水中洞窟の、さらにそこに隠された謎の洞窟という、少年の心を大いに揺さぶる要素が満載であるが、流石の本座も即座に飛び込むような真似はしない。

 むしろ入り口から漂う凄まじい気配は、龍が口を開けているようにも感じるほどである。本座に限らず、誰しもあまり近寄りたい場所ではないだろう。

 先ほどは奇縁の可能性に言及した本座であるが、決してボスラッシュルートの可能性が消えたわけでは無いのだ。


「ホホッ、どうした童よ。足が止まっておるぞ? まさか齢十二にして化境の境地に至った白眉剣龍殿が怖気づいておるわけではあるまいしの。長い間座っておったから足でも痺れておるのかの?」


 二の足を踏む本座に挑発的な言葉を向ける師匠。

 どうやら先ほど揶揄われた仕返しのチャンスと見たようで、年甲斐もなく大いに煽ってくる。まあこれはこれで中々可愛らしい。

 だが同時にその言動から推察するに、師匠の感知からしてもこの先に危険はないようである。


「……ふむ。男には引けぬときがあるとは言うが、どうやら今がその時のようだな」


 危険がないと分かってしまえば、あとは本座の気の持ちよう。

 さっさと覚悟を決め、止まっていた足を前に出す。

 目的地は隠し洞窟の入り口から覗く奥地の広場である。


「ほう?」


 足を踏み入れて初めて気づいたのだが、この隠し洞窟の通路は真円状の円柱型となっているらしい。

 通路の壁は磨かれたかの如く滑らかで僅かな傷一つついておらず、近くにあれほど大きな生物が住んでいたことを思うともはや信じがたいほどである。


「……とりあえず罠の類はないようだな」


「…………ふむ」


 とはいえその景観以外特に何か引っかかることはなく、師匠も何の反応も示さない。

 いや、シショウペディアが反応しないとなれば、武功の産物であろうか?

 だが何をどうすればこのような穴を長年崩壊せぬ形で掘れるのだろう。いっそガラス化していれば火を使ったと分かりやすいのだが、実際この通路にはそのような気配はない。


「これは……」


 さして長くもない通路である。そんなことを考えながら少しばかり歩くことで奥に見えていた広場へとたどり着いた。


 そこにあったのは床に刻まれた足跡と壁一面に残る武功の痕跡。

 そして宙に浮く不可思議な血の玉とそれに突っ込まれた一振りの剣であった。



◇◆◇



「……前衛芸術か?」


 宙に浮く血玉を貫くようにして存在する一振りの高貴な剣。

 さながら岩ではなく血の塊に突き刺さった、アーサー王伝説の選定の剣である。

 そしてその一見前衛芸術作品の土台に思える()()こそ、先ほどから本座の心胆を寒からしめる恐ろしい気配の出どころであった。


「ん?……んん??」


 しかし本座の視線を奪ったのは凄まじい気配を発する血玉ではなく、突き刺さっている剣の方であった。

 この剣の装飾、どうにも今朝見た夢の中で転がっていたあの若者の剣の残骸に酷似している。

 無論、夢の中の剣が粉砕されていたのに対し、ここにある剣はそうではないという差異はある。しかしその剣の残骸に残った鍔の広さや握りの長さ、そして特に鮮明に記憶している柄頭に刻まれた特徴的な文様があまりにもそっくりなのである。


「師匠、これをどう見……師匠?」


 いつも通りふよふよと飛んで本座についてきていた師匠は、視線を前衛芸術へと向けたまま固まっていた。その美しい(かんばせ)を未だかつてないほど驚愕に染めながら。

 そして皆にも承知の通り、この師匠は常に瞳にハートを浮かべる特殊眼を保有している。驚愕&ハート眼……勘弁してほしい、もはやギャグである。


「師匠! 師匠!!!」


 そして本座としてもこの前衛芸術のことは気になるが、敬愛し尊敬すべき師匠をそのような顔のまま置いておくわけにはいかない。

 急ぎ何度も声をかけ、師匠を正気へと引き戻す。


「…………」


 顔は元に戻ったが返事がない。ただのしかばねのようだ……コホン、どうやらこの前衛芸術の解析に集中しているようだ。

 まあ無理にこちらを向かせる必要も無かろう。


「では師匠、そちらは任せるぞ」


 というわけで本座は諦めて床と壁に残る武功の痕跡を解析することにした。


 ちなみにであるが、件の前衛芸術には本座の鑑定眼ではまるで歯が立たない。後ほど師匠の解析が終われば教えてもらうことになるだろう。

 あえて何か言及するのであれば、化境に至り性能が上がったはずである【黒龍六眼】であっても調べられないほどの特別な一品(二品?)であるということだ。


「さて床は歩法で、壁は……掌法か?」


 壁と床に刻まれていた武功の正体、それは歩法と掌法である。

 どちらも相当古い痕跡であるにもかかわらず、その痕跡自体は全く劣化していない。

 痕跡に刻まれた武威が当時の状態を維持しているらしいのだが、それは化境に至った今の本座であっても容易ではない。どうやら相当な達人によって刻まれたもののようだ。


「どちらも凄まじい『極覇』であるが、歩法の方はどこか見覚えがあるような……いや動きそのものではなく、武功から感じる武威に既視感があるのか」


 この二つの武功は両功法ともに極めて強い『覇』の性質を備えた『極覇』の武功である。

 どちらも『絶世』と称して何ら問題のないほどに優れた武功であるが、特に壁にある掌法に関しては、今の本座であっても前半部の半分となる三招式しか理解が及ばない。

 これらを刻んだ者が何者なのかは知らないが、あるいは現在の【武天九星】を凌駕するほどの達人であることは間違いがないだろう。

 ……否、もはや白を切るのはやめるべきであるか。


 本座の推測が正しければ、これを刻んだ達人は始天魔祖師である。

 そしてその前提があればこの歩法への既視感の正体にも見当がつく。

 この歩法の正体。それはかつて一度だけ見た【天魔武芸】。


 【天魔君臨歩】である。


「あの時、父はほんの僅かしか足を上げていなかった。言うなれば構えを取っていなかったのだ。すなわちあれは歩法版の『剣決』、『歩決』。……補欠のようで聞こえは悪いが、ともかくそれゆえに動きそのものではなく武功に込められた武威に既視感があったのだな」


 『剣決』とは構えを取らず剣の軌跡だけで招式の力を発揮する技術。

 どのような姿勢からでも招式を繰り出せるという利点も存在するが、その他にも武功の正体が露見しにくいという利点が存在する。

 歩法の『剣決』が『歩決』で良いのかは知らぬが、本座が痕跡から読み取れる動きで判別できなかったのはそれゆえだ。


「では掌法の方は同じ【天魔武芸】である【阿修羅(あしゅら)滅天掌(めってんしょう)】か? だが噂に聞くかの掌法は全六招式のはずなのだが……」


 歩法の方がひと段落ついたところで、今度は掌法の方へと集中する。

 先ほども言ったように極めて強い『覇』の性質を備えた『極覇』の武功であるが、同時に『流』や『透』、『幻』や『散』の妙理までもが含まれている。

 しかし同じ【天魔武芸】と仮定すれば、噂に聞く【阿修羅滅天掌】とは違いこの武功の招式は全十二式である。

 やはり別物であろうか? しかし後半の六式が失伝していたという可能性も考えられるわけで……。


「――ん? 今、何か見えた気が……」


 同一物かあるいは別物かという確証を得ることができず、出口なき悩みへと陥りそうになった瞬間。

 壁に刻まれた掌痕の中に錯視を利用した文字が隠されていることに気づいた。


「【太初(たいしょ)滅世(めっせい)輪廻掌(りんねしょう)】?」


 隠されていた文章によると、この武功の名は【太初滅世輪廻掌】。

 件の【阿修羅滅天掌】は、始天魔祖師が俗界に来てからこの武功を基に作り上げた派生武功であり、その本質は復讐のための阿修羅のごとき怒りである。

 あるいは【太初滅世輪廻掌】を境地の低い肉体でも無理なく扱えるように調整した武功と言い換えても良いのかもしれない。

 つまり【太初滅世輪廻掌】とは【阿修羅滅天掌】の源流なのだ。


「やはりここは始天魔祖師が俗界へと追放された場所なのか……?」


 隠された文章を読み取り、つい口端からこぼれ出たその言葉。

 その言葉に解析はしつつも耳は傾けていたらしい師匠が反応した。


「し、始天魔祖師の追放の地? ではここは『始天魔(してんま)堕天廟(だてんびょう)』なのじゃな!?」


「……いや、なのじゃなといわれてもな?」


 『始天魔堕天廟』とはなんだ?

 残念ながら、その存在を知らぬ本座にはこう言うことしかできぬぞ。


 知らん……何それ……怖……。


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