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第58話 【樹海の王者】<上>

◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 天魔仙跡:白蛇(はくじゃ)原始樹海(げんしじゅかい) 第六公子 白眉剣龍(はくびけんりゅう) 日月慶雲(じつげつけいうん) ◇◆◇



 この世界、この日月慶雲という人間に生まれ落ちてから早十二年。

 初めて感じる明確な『死』の気配に、本座は思わず笑い声を上げてしまった。


「フハハハハッ!!!」


 無論、今日に至るまで苦戦したことがないというわけではない。しかし潜魔館での序列戦や教官たちとの比武は元より、三ヶ月ほど前に繰り広げた三人の巨魔との生死決も、今にして思えばどこか余力を残した戦いであったことは否めない。

 本座は未だ、真の『死地』に身を置いたことがないのだ。


「しかし白蛇よ、貴様は違うな! 感じるぞ、その力! 本座をして死力を尽くさねばなるまい! 少し早いが礼を言わねばならんな! ハハハハハッ!!!」


 全長10メートル近い鎌首をもたげただけでも見上げるほどの巨躯。

 さらに【万重轟毒湖】の中層に存在する『百重水』を物ともしない頑丈な体躯。

 そして感じ取れる気の境地は確実に本座のそれを上回っている。霊物に境地が存在するのかは知らぬが、あえて人間の武功境地に合わせるのであれば、これは化境の境地と言っても差し支えないだろう。


 そしてこの咆哮と共に撒き散らされる覇気。

 まさしく【樹海の王者】に相応しい。


「シャ、シャアァ?」


 しかしふと気づけば怒り心頭であったはずの白蛇が、少したじろいでいるように見える。

 なんだ、歯向かってくる生物は初めてか? それとも本座の笑い声に籠った内功に驚いたのか?

 ……まさかとは思うが、本座の笑みが怖いということはあるまいな。それでは【樹海の王者(笑)】になってしまうぞ?


「まあ何でもよいか。まずは一手だ。後輩たる本座、日月慶雲が【白蛇原始樹海】の主・白蛇殿に学ばせて頂こう。――ハッ!」


 武者震いか。あるいは恐怖か。

 白蛇から発される気に反応し、身体の奥底に生じた緊張は多少の冗談を口にすることで振り払い、裂帛と共に剣を振るう。

 展開する一手は上乗武功を超える超上乗武功【寒霧月女剣法】の第一招式『寒氷初月』。【法宝・鋭寒】と並ぶ母・日月神女のもう一つの形見であり、本座が習得した剣法の中でも十指に入る絶学の一つである。


「…………ほう?」


 しかして剣糸を纏った本座の一撃は、白蛇の美しい白鱗に弾かれ、甲高い音を響かせた。



◇◆◇



――キィィィンッ!


 次に繰り出した招式は【寒霧月女剣法】の第五招式『幽霧(ゆうむ)葬月(そうげつ)』。

 先ほどの小手調べとは違う全力の一撃。

 白蛇の鼻面を狙った剣撃はまたも容易く弾き返され、白蛇は微動だにしていない。何の痛痒も与えていないことは明らかであった。


 当然であるが、本座も超絶頂の境地に至った武人として鱗や頭蓋骨の上を滑らせるようなヘマはしておらぬ。先ほど同様、ただ純粋に鱗の硬さを持って弾かれたのだ。


「これでも傷一つ付いておらぬか……。――フッ、想定内よ!」


 『剣膜』や『刀壁』、あるいは『護身罡気』のような防御術があるわけでは無いにもかかわらず、本座の全力の剣糸を以てしても傷一つ付いていないという異常事態。しかしこの事態、本座は予測していなかったわけではない。


 霊気を宿し凡物を超越した生命体である『霊物』。

 その特徴としてまず挙げられるのは体内に保有する『内丹』と、他と一線を画す『知能の高さ』である。


 まず『内丹』とはその霊物が生きた歳月の証であり力の源泉。これを発生させた霊物は長い年月をかけて内丹を大きくし、本能的により高い境地を目指していくことになる。

 そしてもう一つの特徴である『知能の高さ』。これは一般に『霊智(れいち)』が芽生えると表現され、その言葉通り芽生えた知性は歳月によって成長していく。その知能の水準は霊物の生物種にもよるのだが、例えば齢百を超える蜘蛛の霊物が人の言葉を解したという逸話も存在する。


 まさに双方ともに凡物を超越した霊物の証なのである。


 些か話が長くなってしまったが、今回本座が重視しているのは後者――『知能の高さ』である。

 齢百余年の蜘蛛の霊物が人の言葉を解したように、長い年月を生きた霊物の中には、人類に匹敵する……否、凡百の人間を容易く凌ぐ知能を有する者さえ存在する。

 さらにそうした一部の老練な霊物の中には、ただ歳月を重ね肉体に霊気を溜め込むだけではなく、自ら思考し自発的に厳しい環境や適した土地へと身を置くことで研鑽を重ねる、まさしく『西遊記』の孫悟空がごとき人外の修行者も存在するのである。


「【万重轟毒湖】……。まさに毒の聖地であり、肉体の鍛錬にもこの上ない霊地だ。ここに住まう者が毒を持たず肉体を鍛えておらぬなど、天華蜜蜂の蜜ほども甘い想定よ……なぁっ!」


 いつか父・天魔より下賜された蜂蜜の名を出して啖呵を切りつつ、毒牙をむき出しにして襲い来る白蛇の噛みつきを避ける。

 流石は蛇の霊物。普通の蛇ですら全身筋肉と言われているのだ、その霊物となれば何をか言わんやである。超絶頂達人の快剣をも上回る凄まじい速度だ。


「――シッ!」


 その速度に対抗せんと、今度は別の剣法の招式を展開し白蛇の鱗を破らんとする。

 今度の剣法は【凌光(りょうこう)龍月(りゅうげつ)剣法】の第四招式『月煌(げっこう)天龍(てんりゅう)』。

 万剣冷家の正当な独門武功である【真辰(しんしん)月輪(がちりん)剣法】の派生武功にして、光すら超える『極快』の妙理を宿した超上乗武功である。


――キィンッ!


「……フン、だろうな。――ぬっ!?」


 またしても容易く弾かれる本座の剣。薄々と感じてはいたのだが、そもそもこの鱗を破るには速度では相性が悪いらしい。

 今度は横なぎに振るわれる頭を下がって避けつつ、白蛇との距離を開け戦闘の考察を続ける。


 蛇はもともとその長い胴体に対して頭が極めて小さい傾向にある生き物だが、流石に全長10メートル近い個体ともなると、その頭は人の頭二つ分ほどの大きさにもなる。


 それが100キロを超えているであろう体重を乗せ、剣糸すら弾く硬度を持って襲い来るのだ。

 ……うむ、例え本座の十二成に至った【覇体恒星身】であっても無事では済まぬな。


「しかし【寒霧月女剣法】と【凌光龍月剣法】。どちらも超上乗武功なのだがな。まさか傷どころか跡すら残らぬとは……。まあ良かろう。武功(手段)は売るほどにある。本座が有効打を見つけるのが先か、貴様が本座に攻撃を当てるのが先か。根競べと言うではないか!」


 先ほど稼いだ距離を風神のごとき歩法で瞬く間に食いつぶし、再び剣の間合いまで肉薄する。

 次に展開する剣法は【万鈞(ばんきん)墜山(ついざん)剣法】の第七招式『崩岳(ほうがく)千重(せんじゅう)』。巨山のごとき【重】を宿した重剣である【万鈞墜山剣法】の奥義であり、いわゆる絶招(ぜっしょう)と呼ばれるものだ。

 『鋭』と『穿』を主とする【寒霧月女剣法】、そして『極快』の妙理を宿した【凌光龍月剣法】が弾かれた以上、おそらく『柔』や『幻』の妙理では同様の結果となることは想像に難くない。


「しかし昔から相場は決まっておるわ! 『骨には打撃、鱗にも打撃、迷わば最後は打撃武器』とな!」


 まあ当然であるがそんな言葉は存在しないし、そもそも重剣は打撃武器ではない。圧し潰すように叩き切る招式が多いだけで立派な剣法である。

 まあそれはともかく。


「フッ!」


 軽身功によって鍾乳石が下がる天井すれすれまで飛び上がり。


「ヌンッ!」


 重身功によって重剣の招式にさらに重さを増加させ。


「ハァッ!!!」


 幼いころから積み上げた膨大な内功と、【覇体恒星身】の要訣『地殻(ちかく)万力(まんりき)』・『恒星(こうせい)爆力(ばくりき)』・『金剛(こんごう)覇体(はたい)』を存分に発揮する。


――ガギィィィッ!!!


 絶大な威力と化したその一撃は白蛇の頭部を強かに打ち付け、その巨躯を大きく()()()()()()ことに成功した。


「ッ!?!? ジャアアアアアッ!!!!!」


 否、成功したと思っていた。


「なっ!?」


 尋常ではない力を発した『崩岳千重』の反動。それ自体は【覇体恒星身】で受け止められたとしても、白蛇の鱗に弾かれたことで生じた慣性はほんの数秒ながら確実に本座の自由を奪った。

 そして本座が死に体となったその数秒。

 それを害虫ごときに()()()()()()()【樹海の王者】が見逃すはずもなかった。


「――ぬっ!? ――くっ! ――ハッ!」


 残像が発生するほどの速さで噛みつきを繰り返す白蛇と、空中で体をひねり、なんとか嚙みつきを避け続ける本座。

 本座の【超感覚】であっても、虚像と実像の判断に数瞬の遅れが生じている。既に何度皮膚をえぐられたかわからぬな。単なる身体能力の産物ではない。『武』的に見て素晴らしい技術だ。


「……?」


 いや違うな、これは……幻覚毒か。

 出所は首にある毒腺だな。極めて粒子の細かい毒が噴き出ている。まさか【萬毒不侵】の境地に至った本座を僅かとはいえ侵すとは……これまた実に素晴らしい。


「しかし種が割れてはそこまでよ!」


 死に体となった肉体の制御を取り戻し、着地と同時に意識的に【毒仙龍魂道典】を働かせることで、肉体に残ったほんの僅かな毒を解毒する。これで耐性もできた。もはやその毒は効かぬ。


「これで――ッ!?」


 解毒により、実像をはっきりと捉えられるようになった本座は、その軌道を冷静に見極め余裕をもって回避する。

 そして再び攻撃へ転じようとしたその瞬間。不意に、妙な気配が意識を掠めた。


「(気配……足元っ!)」


 焦燥に駆られ咄嗟に視線を落とす。

 そこには千を優に超える蛇が互いに絡まり合いながら本座の肉体へ這い上がってくる光景があった。


「幻覚!? バカなっ、すでに解毒して――否、毒ではない!」


 今度は魂力へと意識を向け、自らに掛けられた原始的な幻術を破壊する。幸いにして術の強度はそれほど高くは無かった。


「フゥ……」


 予想外の一手と言える幻術の緊張と脱出により、思わず息をつくほどに気が緩む本座。


「ジャ?」


 しかし白蛇にとっては幻術が破られたことこそ予想外だったようで、嵐の如く降りかかってきていた攻撃も一時的に止まっている。なんとも恥ずかしいことであるが、相手の経験不足に救われた形だ。


 幻覚毒に加え、魂力による幻術。どうやら白蛇は絡め手の類も得意であるらしい。それを見抜けなかったのは本座の不徳である。まさか魂力による幻術を展開してくるとは予想外だったが、一度体勢を整えてしまえば【天賦・三頭千魔】の『冷徹無欠』と魂力の基本防御でどうとでもなるな。


「どうした? 何百年と生きていそうな図体であるが、幻術を破られたことは初めてか?」


 冗談を口にしながら白蛇の様子を窺うと、あちらもこちらの様子を観察することに終始している様子である。さもありなん、白蛇の視点では体験したこともない理解し難きことが起きているのだろう……丁度良いな。


「随分と拙い原始的な幻術だ。せっかくの機会よ、本座が見本を見せてやろう」


 先の幻術の感触では、白蛇の魂力段階は第一位階程度。先程術中に落ちたのは完全な予想外と言う形で不意を突かれたからこそだ。そして魂力第一位階程度の白蛇が、魂力第三位階にある本座の瞳術に抗えるはずもない。


「『瞳術(どうじゅつ)開眼(かいがん)』。【月欠無窮(げっけつむきゅう)】第一章・幻夢眼(げんむがん)


 繰り出すのは、意識のみを脱出不可能な迷路へと落とし込む【月欠無窮】第一章・幻夢眼の派生技。


「『派生技・迷々道々』」


 まあ如何に魂力で本座に劣ろうとも、この【樹海の王者】たる白蛇は化境の境地にある霊物。

 またすぐに抜け出してくるのだろうが、それでもこの派生技は時間稼ぎにはもってこいの技である。

 こちらも攻め手を考える必要がある。少しばかり時間を稼がせて貰おう。


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