第49話 【霊物】&【霊薬】捕獲採取ツアー
◇◆◇ 天魔神教 天魔仙跡:白蛇原始樹海 第六公子 白眉剣龍 日月慶雲 ◇◆◇
師匠が発見した軽自動車くらいの薄緑色の巨大な繭。
複数の木々に絡みつきながら宙に浮き、どこか玉のような光沢を放つそれは、糸一本一本を見ると薄緑色というよりも半透明な翡翠色と言った方が正確かもしれない。
しかしその大きさと色さえ無視してしまえばまさしく蚕の繭そのものであった。
「ホホホッ、あれは【霊物・碧霊玉蚕】の繭じゃ。この俗界ではかなり珍しい上物じゃぞ!」
師匠はその眼に宿る【瑶地重瞳】の輝きを増しながら、どこか高揚を感じさせる口調で言った。
……あれだな。眼の形が本当にハート型だからか、本当のところがどの程度の高揚なのか分からぬな。常にテンション爆上げ状態にしか思えぬ。
「ほう? ……ところで師匠。未だ逃避行の途中なのだが? まさかとは思うが、あの馬鹿でかい繭を採集していくなどと言わぬよな?」
いや、『上物じゃぞ!』ではないぞと思いながら言葉を返す。
本座の【覇君賢王システム】のことは既に師匠に伝えてある。というかサブシステム【師弟之縁】の働きで、本座の臣下同様に師匠本人にも簡易システムが表示されるようになっている。
ゆえにシステムの【倉庫】には生きている動物は入れられぬと知っているはずであるし、そもそも繭が木々に絡まっているゆえ、それらすべてを切り離さねば【倉庫】に入れることは出来ぬ。
時間がかかることはさておいても、追跡を避けるべき身でありながらここで痕跡を残すのはどうなのだ?
「何を言うておるのじゃ! 来るか来ぬかも分からぬような追手など捨て置け! 珍重な素材や高度な技術を目にすればおのずと心奪われる! それこそが術錬師魂じゃ!」
「……左様か」
「まったく、せっかく妾が直々に錬丹術を指南してやったというのに! 其方も術錬師なのじゃぞ? ちゃんと貴重な素材に興奮せぬか!」
めちゃくちゃである。これがうわさに聞く術錬師の暴走か。
しかしめちゃくちゃな物言いであるが、確かにそういう興奮もわからぬではない。
前世の記憶であるが、何に使うわけでなくとも逆鱗やら紅玉やらがドロップすれば嬉しいのは確かである。……何の話かは明言は避けるが。
「……そうだな、本座にも貴重な素材を集めることへの興奮は確かにある。師匠の下知に従おう」
こうして本座の逃避行は、なし崩し的に【霊物】&【霊薬】捕獲採取ツアーへと形を変えたのであった。
◇◆◇
「童よ、天蚕糸は知っておるかの?」
師匠の指示に従い繭の採取を行っていると、特に手伝うことなく浮かんで見物していた師匠が話しかけてきた。
「ん、天蚕糸? ヤママユガの糸のことか?」
本座は特に気にすることなく答える。雑用は弟子の仕事なのだ。
天蚕糸は広く知られる高級糸であるが、その元となるヤママユガはいわゆる普通の生物……凡物である。確か繊維のダイヤモンドと呼ばれ、独特の淡緑色をした繭を……そういうことか。
「なるほど。この繭……確か碧霊玉蚕と言ったか? 察するにヤママユガが霊物化したものか」
「ホホホッ。まあそう勘違いするのも無理はないのじゃが、残念じゃが少し違うの。ヤママユガが霊物化したものは青霊蚕じゃ。この碧霊玉蚕はその青霊蚕が長い年月を経て変異した上位個体。仙界であれば群生地もあるし養殖もされておるのじゃが、この俗界では見つかったことがまず奇跡じゃの」
「ほう……そういうものか」
仙界で養蚕の対象となっておるほど広く使われるとなれば、この俗界ではそれなり以上に重要な代物なのだろう。師匠が上物と称したもの良く分かる。しかしそれ以上にこの糸がどういう用途で使われているか気になるところだ。
「それでこの碧霊玉蚕の糸……碧霊玉糸とでも言うのか? 仙界では何に使われる糸なのだ?」
「ホホッ。まあ、釣り糸などにも使われることもあるのじゃが、主な用途は肌着じゃ」
「……肌着?」
「うむ。うまくすれば防御宝器にならぬことも無いのじゃが、主な用途は高級な肌着じゃ。肌触りも良いし伸縮性も申し分ない。それにちゃんとした術錬師が錬成すれば『刀剣不侵』や『毒呪不侵』の力を付与することもできるからの」
「なるほど、己が身を守る最後の砦と言うわけだな」
流石は仙界と言うべきか、肌着も一味違うらしい。
しかし、確か普通の天蚕糸であっても染色は難しいと聞く。どのようにして染色するのかは知らぬが、この半透明の糸で肌着を作るとなれば……。
「……」
一応言っておくが、本座の妄想の中の肌着着用モデルは師匠であった。恋人である冷仙月でなかったのは未だ十二歳である彼女に対して、本座の中のコンプライアンス委員会が働いたのだろう。
半透明な翡翠色の絹糸で織られたネグリジェを身に着けた師匠。
絶世の美女でありながら、同等の美しさを誇る従妹や恋人、母親とは違って、薔薇が咲き誇るような大人の色気をも兼ね備える師匠。
当然その体の豊満さも比べ物にならぬ師匠。
「……………………ゴホン」
いや思春期かっ! ……思春期だな。
いささか不敬な妄想を打ち消すためにも、【大試練・術道:第三位階到達】で得た【天賦・青華丹理】のことでも思い浮かべておくゆえ、興味がある者は見ていくがよい。なお、何をとは言わぬが『無理やりすぎる』などとは言わぬように。
〇【青華丹理】
<分類>:天賦
<概要>:青華の気に通じ、草木・霊薬の理を直観的に把握する乙木系の丹道天賦。天地に散る薬性の流れを『青き華』として捉え、配合・火力・転化の要点を自然と見抜く。安定した丹道成長を支える基礎型の資質。
<効果>:1.青華観薬 2.丹理調和 3.青気養丹 4.錬丹悟道
〇【青華観薬】
<解説>:霊薬の性質・相性を直感的に看破する。
〇【丹理調和】
<解説>:配合における不手際を軽減し、錬丹の安定性上昇させる。
〇【青気養丹】
<解説>:低〜中級丹薬において暴走・失敗を抑制し、品質を安定化させる。
〇【錬丹悟道】
<解説>:丹道に関する理解の蓄積速度が持続的に上昇する。
◇◆◇
碧霊玉蚕の繭を無事回収した後は、近隣に存在する珍しい素材を片っ端から採取することになった。
ただしこれには霊物の捕獲も含まれるため、本座に与えられた課題である『毒蛇に類する霊物の内丹』という目的にも沿うものである。……何が言いたいかと言うと、別に楽しんでばかりいたというわけでは無いということだ。……なに? 妄想? ……フッ、何のことだか分からんな。
屋久杉級の大きさを誇る枯れかけた巨木の洞で見つけた、体から放電を繰り返す青白いムカデの霊物【青雷蜈蚣】と、その巣の中心にあった【天材地宝・乙雷青樹】の苗。
天然温泉が湧き出る岩地で見つけた、尋常ではない熱気と毒気を放つ朱色をした蛙の霊物【炎瘴毒蟾】と、その縄張りに生えた【霊薬・紅陽苔】。
一瞬、蛇かと本座に期待させながらも、即座にそれを裏切ったトカゲの霊物【黒鉄蜥蜴】と、黒鉄蜥蜴の剝がれ落ちた鱗を食べながら、発する香りでトカゲの餌を引き寄せるという共生関係を築いていた霊物【長香瓢虫】(テントウムシの霊物の一種)。
そして偶然見つけたヘルクレスオオカブト。
残念ながら内丹を持つほどの霊物はちらほら程度で、本来の目的である蛇の霊物は未だ見つかっていないが、それでも一年近くを過ごすこの仙跡の地理の把握や温泉の発見など、情報も収穫物に含めれば大収穫も良いところである。
「――ところで童よ。先程獲ったその白黒の虫はなんじゃ? おそらく甲虫の類じゃろうが、それは霊物でもなんでもないじゃろう?」
「いや……つい少年の心が……」
思春期に少年から大人に変わる……といっても本座は未だ十二歳だ。神教の若者が冠礼する十五歳と比べてもまだ幼い。カブトムシは男のロマンだ。これぐらいはどうか見逃してくれ。
「――――ッ!?」
その時である。
手に入れたヘルクレスオオカブトへの言い訳を重ねようと、師匠の方へと振り向いた瞬間。
本座の視界の端には、白い蛇のものとみられる白鱗の尾が映った。
「なんだと……?」
本座は一瞬目を疑った。
【超感覚】による視界ではなく、肉眼が届く範囲の視野へと映った影であるが、本座の持つ全てを【超感覚】を集中させてみてもそこに生物の影はない。
――否、ぽっかりと穴が開いたかのように、不自然なほどに生き物の気配を感知できぬのだ。
「童よ、どうし……っ? ……ホホホッ、妙な気配じゃのう」
「師匠も気づいたのか。であれば本座の見間違いなどではないな」
師匠の【瑶地重瞳】は、いや、いわゆる特殊眼系の天賦は、基本的に視線を向けて始めて効果を発揮するものがほとんどである。
おそらく耳や鼻などとは違い、受動的ではなく能動的に動かすことでようやく機能する『眼』という器官が基となっているためだ。
ゆえにこそ、師匠は本座の視線を追って始めてその場所の異変に気付いたのは可笑しなことではないし、師匠が異変を感じ取ったということはさきほどのそれは本座の勘違いでもない。
「……ふむ?」
未だ件の場所に視線を向けて小首をかしげる師匠はどことなく少女的で可愛らしいが、それを愛でている余裕はない。
本座の【超感覚】に映らぬほどの異能。さらにここ【白蛇原始樹海】で発見した白蛇。
些か都合の良い考えやもしれぬが、かつて討伐された霊物の子孫と仮定するのは当然であろう。
「……師匠」
「うむ」
本座たちは急いで白蛇の後を追い始めた。




