第48話 【命牌】と【至黒麟龍環】
◇◆◇ 天魔神教 天魔仙跡:白蛇原始樹海 第六公子 白眉剣龍 日月慶雲 ◇◆◇
三名の巨魔を無事返り討ちにした後のこと、本座が次にとった行動は戦闘の後始末と逃走の準備であった。
先ほどは内功を惜しみなく使う三名の行動から短期決戦を目論んでいると推察し、その上で焔牙魔君による後詰めはないと判断したのだが、この推論自体になにか特別な確証があるわけでは無い。
ゆえに今この場に焔牙魔君を含めさらなる敵襲が現れる可能性を考えると、潜魔館からの転移先にほど近いこの場は長居するには些か以上に危険度が高い。少なくとも負わずに済むリスクを負うことになるのは間違いないのである。
「さて……」
天狼剣たちの死体はシステムの【倉庫】へと手早く収め、血痕などの戦闘の痕跡の隠滅も完了した本座は、【剣糸】や【剣罡】による攻撃の余波で伐採された木々を前に迷っていた。
散乱した木々を【倉庫】に収めるのは容易いが、結局この場が空き地となっているため、戦闘の痕跡を隠すという意味ではその行為にはあまり意味がない。というか木々を消滅させる手段があると知られるだけで終わる可能性が高いのである。
「……うむ、放っておくか」
本座が一瞬の思考を経て木々の放置を決定したとき、突如として背後に人の気配が生じる。
その人物が持つ力量を思えば、本座に気配を悟らせぬことなど朝飯前である。ゆえに隠すつもりのないそれは、わざと本座に気づかせようと発したものだ。
「ホホホホッ。見事じゃったぞ、童よ」
「師匠……」
その人物とは本座の術道の師、天桃琳師匠であった。
◇◆◇
ところで諸君らに置いては、【天外神魔大陣】に陣霊として宿っているはずの師匠がどうやって本座と同道しているのか……否、そもそも同道していること自体、未だ話したことがなかったと思う。
魂体であるがため外部からの力の供給が必要であり、ゆえにこそ俗界においては陣霊という形で存在を保っていた師匠。
彼女が陣を離れ本座について回ることができている理由はこれである。
〇【至黒麟龍環】
<分類>:霊宝
<ランク>:****
<概要>:黒龍の髭より鍛えられた【黒鱗環】が、麒麟の神獣卵殻を密かに吸収し変質・昇華した霊宝。黒の龍気に麒麟の瑞気と霊性が融け合い、『鎮魂』・『龍脈』・『内界』の性質を帯びるに至った。内部には独立した微小霊域が形成されており、器霊・残魂・魂体・神獣など半霊的存在を収容できる。静かに脈動するその霊域は所有者の魂と緩やかに同調し、外界の穢れを隔てる内界として機能する。
<効果>:【麟龍霊域】【祥瑞鎮守】【龍脈蓄元】【魂契護環】
〇【麟龍霊域】
<解説>:環内に小規模な霊域空間を展開。器霊・残魂・魂体・神獣など半霊体を収容・保護・育成可能。外界の干渉を大きく遮断する。
〇【祥瑞鎮守】
<解説>:麒麟の気運により、心魔の侵食を大幅に抑制。雑念・邪気・精神錯乱を自然に鎮め、悟性を高める。
〇【龍脈蓄元】
<解説>:黒龍の性質を受け継ぎ、霊力・真気の蓄積効率をさらに増幅(旧効果の上位互換)。蓄えた気は精錬され、質も向上する。
〇【魂契護環】
<解説>:魂と結びつき所有者を完全固定する。所有者の魂が揺らいだ際には護魂作用を発動する。
――もう察していると思うが、この霊宝の機能の一つである【麟龍霊域】こそ、本座と師匠と伴生神獣である麒麟が誰に見つかることも無く共に居られる理由である。
もし諸君らが『孵化したはずの神獣何処行った?』という疑問を内に秘めていたのであれば、これが答えになったことだろう。
この【至黒麟龍環】は、鑑定の概要にあるように【法宝・黒鱗環】が以前孵化した【神獣之卵】の卵殻を吸収して進化し霊宝となったものだ。
原型である【黒鱗環】は黒い蛇が自らの尾を咥えたような形とうろこ模様が特徴的な腕輪だったのだが、今回【神獣之卵】の卵殻を吸収したことで新たに麒麟の霊性が宿り、黒い鱗と白い鱗が交差して陰陽を象徴するような神秘的な形状へと変化している。
元々が本座の魂と繋がっていたためか、以前手に入れた【悟道円座】などよりも明らかに格が高そうな【霊宝】であるにもかかわらず、そのランク以外はすべての鑑定結果が読み取れる状態にあり、【黒鱗環】の時の鑑定結果で生じていた文字化けが『黒龍の残魂が宿っている』という内容であったということまで判明している。
……まあ、さらに黒鱗環に宿っていた龍の残魂はすでに桃琳師匠によって捕らえられて【天外神魔大陣】の新たな陣霊へと据えられたという裏話もあるのだが、そちらは今は置いておこう。
【至黒麟龍環】
これはおそらく生涯を共に歩む『伴生霊宝』だ。
◇◆◇
「随分と綺麗の終わらせたものじゃ。狙っておったのかの?」
突如として【至黒麟龍環】の内界から出てきた師匠は、悪さをした子供をからかうような口調で本座に問うた。その顔は一見まじめだが、よく見ると今にもニヤニヤと笑い出しそうだ。
「ホホホッ。先天真気とは武道を歩む者にとって、唯一魂力による精神攻撃を守る術じゃ。其方の防御を抜くだけであれば【逆穴魔功】だけで事足りたじゃろうし、最悪致命傷であった傷を治すために【爆血丹】を服用する必要があったとしても、先天真気まで燃やす必要はなかったはずじゃ」
「……」
「この三つを合わせて例に挙げ、その上で犬死になどと煽ったのは最後に瞳術を通しやすくするためかの?」
師匠の質問と言うには断定的な言葉に本座は肩をすくめる。事実その通りであったのだ。
そう、それこそがより強い状態の武人と戦いたいという本座の表の目的に巧妙に隠した真の目的。
とはいえ武学において凌駕することを望んだことも真ならば、強者を相手に経験を積みたかったということも嘘ではない。しかしその真の目的は、生死のかかった戦いの場で切り札とも言える魂力の功法……【瞳術】を確実に決めるための絶対的な勝ち筋を作ることにこそあったのだ。
「フッ、流石は師匠。明察であるがそこは言わぬが花であろう。――それよりもさっさとこの場を去らねばならん。移動するぞ」
からかうような師匠の言葉に本座は返事を返しながらも、言葉を言い終える前には走り出した。残りの痕跡を放置と定めたのであれば長居は無用だ。
「ほう? いや構わぬのじゃが、真に追手が来ると思うておるのか? 如何に潜魔館主とはいえ、送り出したばかりの潜魔を追うように自らも移動するとなれば怪しいどころではあるまいに」
木々の間を縫うように走り出した本座に、宙に浮きながら余裕で憑いて……ついてくる師匠は、今更といえば今更な質問を投げかけてくる。確かに焔牙魔君には夢瞳魔尊に行動が露見しないように動かなければならないという制約があることは事実だ。しかし……
「師匠の言うことはもっともだ。しかしな、本座が討ったあの三人の死が焔牙魔君に伝わっておらぬとも言い切れぬ。わかるであろう?」
「……なるほど、【命牌】じゃな。そうじゃの、あれは俗界にはあまり数がある物ではないが……まあ、気を付けておくに越したことは無いの」
【命牌】。
それは登録した者の命と結び付いた特別な牌であり、登録者が命を落とせば、その牌は壊れることで所有者に登録者の死を伝える役割がある。いわばメディカルモニターであり、仙侠版のビブ〇カードと言っても過言では無い。
そして今回の場合、もし仮に三人の巨魔の命牌を焔牙魔君が所有しているのであれば、この三人の死は既に伝わっており、怪しまれる危険性を冒してでも焔牙魔君自身がこの場に転移してくる可能性があるのだ。
「無論、疑似仙跡である潜魔館の核は夢瞳魔尊が掌握している以上、あからさまに怪しい動きをするようであれば、潜魔たちの演習場となる仙跡への転移など許されるはずがない。しかし――」
「――少々の時間をおいて適当な理由をつけてしまえば、多少怪しまれる程度で済むかもしれぬということじゃな」
左様、天狼剣はともかく、他の二人の巨魔は死んでからそこそこの時間が経過している。ゆえに今この時まで焔牙魔君が来ていない以上来る可能性は低いのかもしれぬが、それも怪しまれぬための手続きに時間がかかっているだけという可能性もあるのだ。
「……そういうわけだ。ではさっさと逃げるぞ。あの山を目指そう。これから十か月も過ごすのだ。洞窟などあればそれに越したことは無い」
本座は会話を終わらせ、樹海を走る速度を速めた。
その速さは驚くなかれ、足場の悪い樹海の中であっても時速五十キロを超えている。
秘笈書庫で見つけた数々の歩法に宿る妙理を利用しているのもそうだが、【大試練・武道:超絶頂到達】で手に入れた【天賦・流雲踏影】は軽身法系の天賦であったのだ。
〇【流雲踏影】
<分類>:天賦
<概要>:風の流れを読み取りつつ、雲のごとき軽やかさで身を運ぶ軽身法系の天賦。地を踏む瞬間と空に浮かぶ瞬間を滑らかに繋ぎ、連続した流動機動を可能とする。持久性と実用性に優れ、戦闘・逃走・追跡いずれにも適応する堅実型の身法資質。
<効果>:1.流風借勢 2.軽身流転 3.踏影無痕 4.綿延機動
〇【流風借勢】
<解説>:気流・地形を利用し移動速度と移動効率を上昇させる。
〇【軽身流転】
<解説>:加速・減速・方向転換時の負荷軽減および落下負荷軽減。
〇【踏影無痕】
<解説>:足音・気配の抑制および隠密移動性能を向上させる。
〇【綿延機動】
<解説>:連続移動時の消耗軽減および長時間の機動維持を助ける。
◇◆◇
「――童よ、少し止まれ。そこの木の裏を見よ」
しばらくの間黙って走っていると、突然師匠が足を止め本座にそう呼びかけた。まあ師匠は浮かんで移動しているので足はそもそも動いていないが、そこは比喩表現というやつだ。
「……なんだあれは?」
師匠に促され視線を向けた大木の裏。
そこには軽自動車ほどの大きさをした、薄緑色の巨大な繭があった。




