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第46話 幕間:【萬術天魔】・【天桃琳】<上>

◇◆◇ 天魔神教(てんまじんきょう) 潜魔館(せんまかん) 第八階層 秘笈書庫 第六公子 白眉剣龍 日月慶雲(じつげつけいうん) ◇◆◇



 師匠と初めて出会ったのは何でもないような一日だった。

 時期は序列大戦が終わって三ヶ月ほど経った頃。その頃には既に【潜魔序列】の首座を奪っていた本座は、比武で経験を積むよりも、連日秘笈書庫へと籠りきり武学の幅を広げることに邁進していた。


 師匠が現れたのはそんな時である。

 いつものように書物を読み漁っていた本座は、また新たに数冊の秘笈を読み終え『観想(かんそう)』の段階へと移っていた。

 『観想』とは秘笈の内容を基に想像の中で武功を繰り広げ、その動きに込められた武意やそこに秘められた『妙理』など、武功の核心を追求するために行う瞑想の一種である。


「……」


 いつものように結跏趺坐(けっかふざ)を組み『観想』へと集中する。

 幸いにして秘笈書庫の中にはいくつかの個人修練室があるので、この『観想』の最中に邪魔が入るようなことは無い。修練室の出入り口は与えられた角牌と連動しているのだ。


 今回読んだ秘笈は【二十四手梅花剣法】とその派生武功である【落花剣】と【七梅剣(しちばいけん)】。

 どれも正派の大門派、九派一幇のひとつに数えられる華山派(かざんは)の武功であり、特に【二十四手梅花剣法】に至っては華山派を象徴するような代表武功である。

 本来であれば魔道を歩む敵対勢力である天魔神教に存在するはずのない武功であるが、じつはこういった秘笈はそれなりに存在し、そのすべてがかつての幾度もの【正魔大戦】で奪い取ったものであるらしい。


「……ふう、流石は音に聞く梅花剣法だな。『幻』と『変』を極めた剣法。剣気放てば梅花咲き誇り、剣香立ち昇れば蝶を酔わせ青竹を飛び回る。やがて舞い落ちる花弁が恐ろしくも美……し……い?」


 『観想』の瞑想を終わらせ、その余韻とともに目を開いた本座。

 その()()()には瞳から桃色の光を発する絶世の美女の顔があった。しかもその瞳孔はハート型である。


 『恐ろしくも美しい』


 ……意図した結果ではないが、本座の心は今発した言葉と全くの同一であった。

 なぜなら、()()()にいる美女の気配は、本座の【超感覚】を持ってしても捉えることが出来なかったのだ。


「……」


「……」


 ちなみに()()()というのは比喩ではない。彼我の顔の近さは距離にして八寸(約24cm)ほど。正に言葉通りの目の前である。


(わらべ)よ、(わらわ)の弟子にならないか?」


 謎の美女はさらに顔を三寸ほど近づけて唐突に言葉を発した。近い。


 不思議な存在であった。

 その像は視覚に映れども、その温度を触覚に伝えず。

 その声は聴覚に捉えども、その匂いは嗅覚に伝えず。

 いうなればそこにあって、そこにいない。

 そんな不確かな存在であり、如何なる時でも【超感覚】系の天賦を働かせている本座が、実際に目で捉えている今この時でさえその気配は微塵も感じられない。

 本座の意識は混乱の極致であった。


 そんな中新たに言葉が発せられ、さらにその意味を読み取ろうと本座の思考は一時的に麻痺することになる。


 一瞬の空白。


 その時、その隙を突くように本座の脳裏に浮かんだ言葉が、『今時こんな惚れてますアピールの眼のヒトおる?』という欠片も脳を使っていないような文字通りの愚考であったことは一生口には出せぬ。

 思想の自由を誰が責められようとて、それでもなお墓場まで持っていくべき秘密である。



◇◆◇



「……どちら様であられるかな?」


 一瞬の忘我から回復した本座は謎の美女にそう問いかけながらも、既にその正体には見当がついていた。

 ここ潜魔館の第一階層の闘技場には、初代天魔である始天魔から現天魔である我が父まで、歴代天魔の肖像画がずらりと飾られている。さながら国技館に飾られる優勝力士たちの優勝額のようにとでも言えばわかりやすかろうか?

 そしてその並べられた肖像画の中でも数少ない女性の天魔たち、謎の美女はそのうちの一人とそっくりなのである。本座には珍しい(へりくだ)ったような物言いもそれゆえだ。


「ホホホ。童よ、其方には三度(みたび)の質問の機会を与える。見事、妾が気に入る質問を申せば、妾のすべてを授けよう。天地を覆すとさえ称された瞳術(どうじゅつ)丹道(たんどう)宗師(そうし)と認められた錬丹術、そして【聖火】を呪術として利用する【阿修羅(あしゅら)破天(はてん)】。どれも俗界のみならず仙界であっても格別の代物じゃぞ?」


「……」


 謎の美女は上品に笑い、本座を誘惑するかのように一つの提案をしてくる。

 まあ内容自体は仙侠系の作品でよくあるやつだな。しかし毎度思うのだが、弟子にしたいと申し出てきた側が試練を出すのはどうなのだ? いや確かに垂涎と言っても過言ではないような内容ではあるが……。


「ホホホホホッ。察するに妾の正体については既に感づいておろう? その上で聞くが、最初の質問は『どちら様であられるかな?』で良いのじゃな? 三度の内に試練を成せねば相応の代償もある。そちらは気にかからぬかの?」


「…………フン。この一連の流れ、なかなか秀逸であられるな」


 意地が悪そうな視線で問いかけてくるが、本座はそれに答えず自身の思考をまとめるための独白を口にする。

 格が違う相手ゆえか【鑑定眼】はおろか【計略看破】なども含めた【黒龍六眼】自体が通じぬようであるが、それでもあからさまな策謀の気配は感じとれる。

 ゆえに一つ一つの言葉を何の警戒もなく捉えてはならない。確実に何か理由があるのだ。


「まず気配を悟らせぬ唐突な出現で動揺を誘い、自身の美貌と異眼を以てその動揺を深めさせる。さらに誘惑するかのような語り口と心乱れるような魅力的な提案で混乱を深め、その視野の狭窄を引き起こす。そしてここにきて自らの選択を疑わせ、焦らせるような問いかけ。これらすべては一つの繋がりの上にあるのだ」


「……ほう?」


 美女は興味深そうに……または面白そうに眉を上げ本座に続きを促す。

 面と向かって美貌などと称するのはいささか恥ずかしいが、今この時ばかりは致し方あるまい。なにより機嫌を取っておくに越したことは無いのだ。


「此度の質疑の試練。それに気に入られるような答えは唯一つのみであろう。そして一度取り下げた答えが自らの中から再び上がることは無い。ゆえにこそ、その物言いが本座を焦らせるそれなのだ」


「フフ……」


「先ほどの質問であるがその通りだ。最初の質問は『どちら様であられるかな?』で構わぬ。――どうだ?」


 そう本座が断言すると謎の美女は相好を崩し大きな声で笑い始めた。


「ホホホホホホホッ! 見事じゃ童――いや日月慶雲よ。わざわざ三度の機会を与えたというのに一度で看破するとは。ほんに可愛げのない奴よの」


 謎の美女は重力を無視するかのように宙を舞い、目尻に涙まで浮かべて笑い転げる。いささか挑発するような物言いになってしまったが、幸いにしてそれを気にするような陰湿な性格ではないらしい。

 一応最後の方は苦言のようにも聞こえる内容であったが、声は朗らかであったゆえ心配は無かろう。


「フフ、フフフフ。妾が何者か、か。ふむ……何やら察しておるようじゃの。良い機会じゃ。其方の予想でも良い、話してみよ」


 時間にして五分ほど笑い転げたのち、美女は再び問いかけてきた。

 先ほどの反応から察するに既に満点合格はもらえたようだ。となればここから先はどれだけの加点を得られるかと言ったところだろう。こちらの手の内が探られるのは業腹だが、まあ師匠(仮)の機嫌を取るという意味であれば多少明かしても勘定はそう悪いことにはなるまい。


「【萬術天魔(ばんじゅつてんま)(てん)桃琳(とうりん)祖師――」


「……ふむ」


「――が作り出した分霊(ぶんれい)では?」


「っ!?」


 今度は目を丸くして驚く師匠(仮)。

 絶世の美女がこのような小娘のような表情を見せるというのはなかなかに可愛らしい。


「ほう! ほうほうほう! 良く分かったの慶雲よ! なかなかに的を射ておるぞ!」


「……」


 今度は子供のようにはしゃぎ出す。先ほどの大笑いといい、今回のはしゃぎっぷりといい、意外というかなんというか、落ち着きとは程遠い性格であるらしい。……だが『なかなかに的を射ておる』、か。完璧な正解でない以上、何かが違うのであろうな。


「しかし何故(なにゆえ)わかったのじゃ? 俗界の者が何の知識もなく思い付くようなことでは無かろうに……そうか、其方はたしか妾も知らぬ錬魂法(れんこんほう)を修めておったな。そこに似たような秘術が含まれておるのじゃな?」


「……ご賢察恐れ入る」


 ほんのわずかな情報から答えを導き出す様は、なるほど、確かに偉人と称されるに相応しいものである。まあここにいるのは分身のような者らしいが、実際の本体と思考能力まで変わるわけでは無いのだろう。……多分。


 本座が『分霊(ぶんれい)』という答えに至った理由。それは本座の修める錬魂法、【明月(めいげつ)錬魂法(れんこんほう)】の『星光分霊(せいこうぶんれい)』の存在である。

 『星光分霊』は星辰の霊光を凝縮し魂の分身を練りだす【明月錬魂法】第八成段階の秘術。

 【明月錬魂法】は、一成段階の『魂力強化』に始まり、二成段階の『水晶碧魂(すいしょうへきこん)』、四成段階の『精神浄化』、八成段階の『星光分霊』と続き、十成段階の『明月天魂(めいげつてんこん)』へと至る。ここから繋がる功法もあるようなのだが、未だに七成程度で八成段階の『星光分霊』すらも悟れておらぬ本座にはまだ先の話である。


「それはどのような錬魂法なのじゃと聞きたいところじゃが、いい加減質問に答えてやらねば愛想が付かされてしまうの。ホホホッ」


「……フン」


 本座は肩をすくめて鼻を鳴らし、黙って話の続きを促す。

 しかし愛想が尽きる、か。こちらの機嫌を気にするとは、幸いにして弟子にならないかという問いは冗談の類ではないらしい。

 それに例え弟子に成れずとも、これからもそれなりに喋る程度の関係が築くことができればその影響は計り知れない。


「ホホッ、では心して聞くがよい。――妾こそ神教守護せし【天外(てんがい)神魔大陣(しんまだいじん)】の陣霊(じんれい)にして、【萬術天魔】天桃琳の()()()の一つ、【見欲(けんよく)魂体】じゃ!」


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