16
「エルちゃんっ!!」
静かになったこの部屋で最初に声を荒らげたのはソワラスだった。
「ふんっ、先程私が失敗するだのなんだの言っていたが所詮死に損ないの戯言だったか」
「ふ、ふ、ふざけるなぁあああ!!!」
次に激情に駆られたのは剣の達人の片割れ、ラル
すでに自身の獲物を構え、いつでも学園長の首をはねることができる状態である。
「まあ待て、ラル=レスチール」
「待てるわけないじゃない!」
「なら、今そこから誰か一人でも動いたらあそこにある骸を消し飛ばす」
「なっ!!」
「私としても消し飛ばしたりなんかしたら私自身の目的も果たせなくなってしまうのだが、致し方あるまい」
「なんなのよ!目的って!」
「ラル、一旦落ち着きなさい」
「なんでよソワラス!皆もなんでそんなに落ち着いていられ…」
「落ち着いているわけないじゃない、私たちだって今にも暴走しそうで危ないわよ」
「だったら私たちならエルム君に何かされる前にアイツを殺れるじゃない!」
「無理ね、いくら私たちでもそれは絶対にできないわ」
「さすが聖女、さすがにわかるか」
「当たり前よ、その魔方陣は普通ではないことぐらい」
「魔方陣が普通じゃない?どう言うことお姉ちゃん?」
「普通じゃすまされないかもしれないわね、あれには4種類の魔方陣が組み込まれてるわ」
「4種類!?」
「そうね、あらかた術は、私たち側には風属性上級、衝撃風、エルちゃんには火属性最上級、響炎砲学園長側にはテレポート、そして土属性最上級、圧壊結……ってところかしら?」
「で、でも!魔方陣なら魔力を通して起動させないといけないのでは!?」
「魔力なら今も…流れてるわ…エルちゃんから……」
「エルム君から流れる?……血液……ってことですか……」
「ほんとにさすが聖女だな、お見通しってことか」
「でも学園長も本当に性格悪いわね、時間差のある魔術を繋げるとか……」
「これなら最低でも私だけは逃げることが可能だからね」
「ゲス野郎が!」
「ゲスなことでも目的を達することができるのならいくらでもやるさ」
「だったらその目的とやらをそろそろ話してくれないかしら、あんな状況のエルちゃんなんて見ていられないのよ」
「そうだな、私はエルム=ギールがこの学園に入学してくるまでずっとある研究をしていたのだよ」
「研究?なんの……」
「ッーー!?まさかっ!!?」
「おっ?そこの竜人はわかったようだな」
「……回復、治癒魔術での人体影響……」
「ほとんど正解だ。
正確には回復、治癒魔術の攻撃魔術への転換だ」
「それはっ!!絶対にダメ!!」
唯一その学園長の研究の意味を理解しその危険性を知っているセルナはそれを完全否定する。
しかしそれを無視し学園長は話を進めていく。
「たまたま入学式の前に見たあの瞬間のことが忘れられないよ!」
「あの瞬間?」
「ふっ、ラル、ニル、その時君らは一緒にいただろう?」
「……チンピラに襲われそうになったとき……?」
「そうだ、あの時に助けに入ったエルムはそのチンピラから助けるどころか派手にやられてしまっていた。」
「何でお前がそれを…」
「見ていたからだよ、それだけだったら別に気にも止めずに私は学園へ向かっていただろう…が、エルムは魔術を使った。
それも、私が待ち望んでいた回復魔術を!!
しかも、そいつはこれから私の学園に入学してくるなんて!!」
「その時からエルム君を!?」
「そうだ!ニル=レスチール!新たな校則を作り、それによって私の研究はおおいに捗ったよ!!」
「新たな校則?」
「……お父様に報告があった通りだったようね、理事長、貴方がエルちゃんを道具としか見ていない、そして、なにかをやろうとしているようだって」
「だが、もう遅い!おそすぎたんだよ!!
さあ、始めようか!!
掛級、骸従!発動!」
発動されたのは下に設置されていた魔方陣ではなく、いつのまにか天井に磔にされているエルムを中心として仕掛けられていた掛級化された魔術だった。
通常の骸従は対象(死体)に触れて自分の魔力をその体内に送り込み死体を自由に操ることができる。
しかしそれだけなのであれば骸従の下位魔術、死体操作で十分であるはずなのだが理事長が欲していたものはエルムの魔術、しかし死体操作ではただ死体を自由に操ることができるだけ、しかし骸従は死体を自由に操りさらに魔術などを使わせることができるという魔術である
その魔術の特徴である発動時に魔力を直接流し込むはずなのだが掛級化された骸従はその魔方陣擬きから黒い靄のようなものが溢れだしその靄がエルムの身体に流れ込んで行く。
「ダメなのに!そんな研究のために!!よりによってエルム様にそんなことをさせるなんてっ……」
セルナの顔に悲痛な色が目にとれる
そんなセルナはエルムの過去の一部がとても鮮明にフラッシュバックしていた……
―それは10年前の事件―
セルナがエルムと一緒に過ごしていくのをやめた、いや、やめざるをえなくなる事件だった。
そして、エルムが生まれてからこれまでに起こった16の悲劇の中の6回目となる悲劇
とある狂喜に取り付かれた一人の魔術研究者が引き起こした央都連続誘拐事件、そして、その実態は治癒魔術を応用した人体改造のための素材(子供)と治癒魔術師の確保であった。
そして、素材となるために誘拐された子供の中にはセルナも入っていたのだ。
その日もいつものように二人で外で遊んでいた
ソワラスは才能を開花させ大会を優勝するなどの功績を称えられ親と共に王から召集を掛けられ城に行っている。
「今日はどうやって遊ぼうか―!」
「私はエルム様のしたいことがしたいです!」
「えー、うーん、じゃあ!お姉ちゃんみたいな魔術師になるためにまた魔術のれんしゅーをするー!」
「はいっ!!」
「えっと、今日は……お姉ちゃんいないから『水属性の魔術を練習しよ!』」
「みずぞくせーですか?」
「そー!」
「わかりましたー……でも、大人の人がいないと……」
「だいじょうぶだよ!、お姉ちゃんもやってたらしいし!」
「そう、ですね!!」
「じゃあ、『僕』からいくね!!霧!」
水属性下級魔術、霧
魔力を微細化させて周囲に撒き散らし、その魔力に水属性という概念をつけ、霧によって自分を見えづらくする魔術である。
下級でも比較的に難しいとされている。
しかし上級には、濃霧という霧の上位互換も存在する。
「どーおー?そっちから見えづらくなってるー?」
「えっと、少しだけ見えづらいですけどまだエルム様が見えますー!」
「うーー!!またしっぱいだぁー!!お姉ちゃんがやったときはもっと凄かったのになぁ…」
「今度は私の番です!!水操作!」
水属性下級魔術水操作
これはその名前の通りで、水を少しの間操ることができる魔術。
しかし、一定以上動いている状態の水は操作できない。
例えば川や海の水等はできない。しかし、水溜まりやコップに入ってる水などあまり動くことのない水は操作できる。
この魔術は手頃で簡単なことから魔術師入門として大変人気のある魔術だ。
そして、今回操作したのは……
「エルム様の霧です!!」
「ああっ!」
「それをエルム様の周辺にまとわりつかせて……」
「まえが、前が見ずらい~」
「エルム様ダーイブ!!」
「ぐえっ!!」
「エールム様ー!!」
「セリィー、霧で服がペタペタするー」
「私もです!!」
「むむむ……まあいっか!!アハハハ!」
「アハハハハ!」
そんな何気ない日常を過ごしていた時だった。
ザッ
近くで足を鋭く止める音がする。
そしてそれに続くように
ザッ
ザッ
ザッ
ザッザザザザッ
ザザザザザザザザザザザザザザッ!!
「うえええっ!?なに!?」
「エルム様!!」
「なんの音!?」
「うーー!怖いですーエルムさまぁ!!」
そしてまとわりついていた霧が晴れると、そこには何百人もの黒いフードを被った人たちが立っていた。
すると、その先頭の人がフードをとってこういった。
「さあ、エルム=ギール様、お迎えに上がりました…ヒヒッ!」
そして、悲劇は始まる。