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第十三話 プレート奥地へ



 巻き角の少女に別れを告げると、

 僕たちは教会堂を離れた。


 アレクは見送りと称して

 休憩を続けるつもりのようだった。

 その必要は特になかったけれど、

 あの荒れた集団に戻るのが

 億劫なのはよく分かっていたので、

 僕はその申し出を断らなかった。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 教会堂を出て数分――


 レイシャの件に話題が戻る。

 するとアレクは愚痴を挟みつつ、

 からりとした口調で言った。


「クインダの言うことなんて

 気にする必要はねェぜ。

 とにかく縛り上げてでも

 ここまで連れて帰って来れば十分さ。

 鉄壁殿の腕なら難しいことでもねェだろ」


「それはそうだろうがそれじゃあ、

 あの彼女の意見とは逆にならないか?」


「何が悪いってンだ?

 ああいう時は言い返すほど

 面倒事が増えるだけだから、

 ちょいと黙っていただけのことさ」


 アレクは笑う。

 さきほどまでの悄然とした様子は、

 欠片も残っていなかった。

 言っていることはそれなりだが、

 彼女のいないところでしか、

 それを言えないというのはどうだろう。

 フレアも少し呆れ顔である。


「あいつはいつもそうだが

 レイシャに甘すぎるンだよ。

 うまく言えねェンだがな、

 俺はクインダとは違って

 こういう時に甘やかすってのは

 その方がよくねェ気がすンだ。

 子育ての方針の違いって奴だな」


 確かに方針は違うようだ。

 しかしあの少女もアレクも、

 レイシャをまるで自分の子供のように

 言うところはなぜかそっくりだった。


「それはともかく商人どもとの交渉は

 お前だけで本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫も何も、

 欲張らなけりゃいいだけのことじゃねェか。

 確かに金はほしいが

 ないと困るってほどでもねェ。

 本当に必要なものは質を考えなけりゃ

 自分たちの手で全て用意できるんだ。

 んなもンのために争うなんて馬鹿げてやがるぜ」


 その無欲の宣言はどこか演技じみていた。


「その通りだとは思うが、

 その姿では冗談にもならないな」


「てめェらはいつもそう言うぜ」


 アレクは鋼鉄の大地を杖でかつりと突いた。

 その姿を再度見直してみる。


 獣を象る突起を持つ毛皮の帽子。

 金属片で過剰装飾された外套。

 ねじくれた古木のような骨の杖。


 感想は全く変わらなかった。

 その奇矯さにはある種の主張がある。

 アレクの身につけているものは全て、

 高価な材料をふんだんに使っている。


「戒律の否定。

 浪費の肯定。

 滅びへの愛。

 物質性への信仰。

 破壊と消費の衝動。

 その悪趣味な姿の意味は、

 それらを誇示する命知らずの無謀さだ」


 アレクは僕の言葉に低く笑った。


「そいつはテメェらの勝手な解釈だ。

 俺の考えたことじゃねェ。

 まあそれで売れるってンなら

 文句はねェけどな。

 他のことは何だろうとどうだっていいぜ」


 とぼけたものだ。

 だが当人が何を言おうと関係はない。

 それがネオブッディズムの文脈の中で

 構想されているのは明らかであり、

 ネオブッディズムの世界を生きる者は

 その姿の意味をそう読み取るしかなかった。


「それに戒律だ何だと言うけどよ、

 俺の作ったものを着て

 本当に罪に問われたってェ話は

 とんと聞いた覚えがねェぜ。

 衣装一つで何の問題が起きるってンだ。

 安全で確実に儲けられるからこそ、

 商人どもだって気楽に手が出せるンだろ?」


「戒律に違反しているのは本当だ。

 だが放置されているのも確かだ。

 ……乱れるままに任せている。

 そう表現していいかもしれないな」


「意味が分からねェ」


 アレクは肩をすくめた。


 その時だった。


「あ、アレクさん、

 こんなところで何してんスか!

 仕返しの策を練ってたんじゃないんスか!」


 教会堂へと向かう変異持ちと遭遇する。

 外套を着た運び屋姿の少年だ。

 アレクは吼え返す。


「何が仕返しだ、バカ野郎!

 仕事が終わったンなら飯食って寝ろや!」


「アレクさんは甘いことばかりっス!

 さあ、みんなのところに行くっスよ!」


 だが少年は意に介さず、

 アレクの黒装束を引っ張り始めた。


「ああ、ああ、分かった、分かった。

 この野郎を村の外まで送ったら戻るから、

 先に教会に行っとけ、な」


 少年はうさんくさそうに僕を見て、

 それから頷いた。


「絶対っスよ!」


 少年は足早に教会堂へ向かっていく。

 その背中には奇妙な弱々しさがある。

 それは無意識の怯えだ。

 その卑屈さは人の間を生きる変異持ちに

 共通するものだが、

 ここでは彼らにだけ見られるものだった。


 その理由は何となく分かる。


 アルテミスの変異持ちそのものは、

 他のプレートの変異持ちと違い、

 人間に対する劣等感をほとんど持っていない。

 それを支えているのは、

 おそらくこのアルテミスプレートの安全性だ。

 高位の魔物の襲撃の頻度の低さが、

 高品質な武具や薬品の必要性を低くしている。


 彼らは人間との交易を最低限に抑えていた。


 それは確かに不便さを呼ぶ。

 だがそれが何だと言うのか。

 最低限の肉体的要求が満たされていれば、

 人は生きることができる。

 貧しい暮らしそのものを受け入れるのは、

 難しいことではない。

 本当に受け入れがたいのは蔑みの視線だ。


 アルテミスの変異持ちは

 人間の経済に組み込まれることを拒み、

 そうすることで、

 変異持ちを罪人とみなす世界観を拒んだ。


 それは間違いではない。

 この生活の形式は独立しており持続可能だ。

 それは既に異なる一つの現実である。


 だがそれは同時に人間の力の軽視と、

 それに関わる者への蔑視に繋がった。


 自由商人の下で

 運び屋として働く青年たち――


 彼らの鬱屈の源は一つではない。

 彼らは人間との直接の関わりを持って、

 その蔑みと嫌悪を受け続けている。

 だが彼らに苦痛を与えているのは、

 人間だけではない。


 変異持ちの中にも階層秩序は存在する。


 集団の中の個体には差異があり、

 それによって与えられる役割も異なる。

 その中で最も高位にいるのが狩人で、

 最も低位なのが運び屋だ。

 このアルテミス修道会では、

 狩りの才のある者は狩人となり、

 知の才のある者は聖職者となり、

 手先の器用な者は細工師となる。

 どちらでもないものは

 その他の細々とした仕事に就き、

 その全てにありつけなかった者が

 人間と関わる役割を引き受ける。


 彼らは集落の中でも外でも、

 蔑まれる立場となっていた。


「ラッカード、何考えてやがる?」


 少年を見送った後、

 アレクは僕を睨む。


「随分慕われているようじゃないか」


 アレクは特別な存在だ。

 自由商人と関わる変異持ちの中で、

 この男だけが、

 人間と対等の立場にあり、

 同時に修道会でも地位を維持している。

 この男だけが、

 運び屋たちと境遇を共有しながら、

 蔑みを逆に嘲笑える強さを備えていた。


「それが何だってンだ?

 確かにマシュー爺さんとも人間とも

 それなりに繋がりはあるが、

 全部ただ付き合いがあるってだけだ。

 期待されたところで

 何ができるってェ訳じゃねェンだよ」


 飄々として掴みどころのない言葉だ。


「だが僕を送れば戻るんだろう?」


「暴発されたら

 その方が面倒が増えちまうからな。

 ことを起こして不利なのは

 俺たちだってことがなぜ分からねェのか」


 アレクはため息をついた。


「まあ、文句言っても始まらねェ。

 当たり前の人間はお前のように、

 可能な選択肢の間で何が望ましいのか、

 常に妥当な判断ができるわけじゃねェ。

 分かりやすい道しるべが必要なンだ。

 そしてそれが俺だってんなら、

 役割を果たすだけさ」


 僕にそんな幸運はないのだが、

 訂正するほどのことでもない。


「では、どう導く?」


「簡単なことさ。

 相手にしなければいい。

 関わらなければいいのさ」


「だがアレク、お前は関わっている。

 運び屋も関わらずにはいられない」


「そりゃただの取引でしかねェ。

 利益を交換し合うだけの関係さ。

 馬鹿どもの相手なんぞ

 まともにする必要はないってこと。

 声ではなく、ただの雑音。

 そう思えばいい。

 相手を金のなる木だと考えれば、

 少々の騒音ぐらいは我慢できるってもンだろ?」


 アレクは笑った。



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 門への道をしばらく歩いていると、

 女たちの慌ただしい動きに出会う。


「これは……」


 香辛料の匂いがした。

 水場の傍に設けられた炊事場では、

 保管庫から運び出された塩漬け肉や植物が、

 調理の下拵えの真っ最中のようだ。

 隣の大食堂では飾りつけが進行している。

 何らかの儀式の道具と思しき細工物が、

 教会堂の方から順次運び込まれている。


「新入りを歓迎する宴の準備だな」


「あの子供か」


「知っているのか?」


「子供を捨てに来た親と、

 道ですれ違ったからな」


 僕の言葉にアレクは

 苦みのある笑みを浮かべた。


「捨てに来た、か」


「そうだろう?

 それとも預けに来た、

 とでも遠回しに言った方がいいか?」


「そこまでじゃねェよ。

 言い方を変えたところで、

 事実は変わらねェしな。

 だが少なくともこうは言えるンじゃねェか」


 僕とアレクは門へと歩み続ける。

 アレクはゆっくりと言葉を続けた。


「確かにあいつらは俺たちを

 自分の子供、己の分身だとは認めなかった。


 だがそれでいいンだってな。


 同じように生まれたってェだけで

 同じ存在だと言うことはできねェ。

 結局のところ、俺たちは違う存在なんだ。

 それだけのことなのさ。

 違う存在が同じだと思うから

 話がややこしくなる。

 こうして離れて別々に暮らし、

 お互いに関わらなければそれでいいんだ。


 確かにあいつらはひでェ奴らだ。

 俺たちを八つ当たりの的ぐらいにしか

 思ってないのかもしれねェ。


 それでも俺は人間そのものを恨んじゃいない。


 この村は俺たちが

 人間と距離をとって生きるためにある。

 だが人間の中に生まれた俺たちが

 ここまでたどり着くためには、

 最低限でも一人の人間の助けが必要だ。


 つまりだ、

 今ここにいるということは、

 少なくとも奴らのうちの誰かに

 生きていていいと認められたってことだ。

 生きていてほしいと望まれたってことだ。

 それで十分じゃねェか」


 それは口先だけの慰めだ。

 皮肉めいた口調はそう示唆している。

 だが僕にはアレクが

 それを本当に信じていると感じられた。

 しかしそれは何を意味するのだろうか。


 アレクの言葉が止み、門に到着する。


「じゃあな、道中気をつけろよ」


 僕は頷き返す。


「ああ。後は頼んだぞ、アレク」


 背負った荷物の位置を直すと、

 僕らはアルテミスプレートの奥地へと出発した。



       第三章  アルテミス三界  了




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