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第十二話 盗賊疑惑とレイシャの理由



 集落の中をしばらく歩くと、

 巨大な建造物が視界に入る。

 要塞化された遺跡、

 修道会の中心――教会堂だ。


 その門の前には昨日と同じように、

 多くの変異持ちがたむろしている。

 武器をとって訓練をする狩人。

 手近な材料で小物を作る子供。

 それを見守り時に教える老人。

 その間を通り抜けて奥へと向かう。


 広いエントランスから暗い廊下へ、

 廊下からその先の明るみに出ると、

 一気に視界が開ける。

 中庭だ。

 その中心には円形の泉がある。

 草花が茂る浅瀬には

 水遊びをする子供たちの姿があった。


 外周を囲む回廊をしばらく歩く。

 林の向こうに見えてきた水上舞台では

 外套の集団が騒いでいた。

 随分と荒れている。

 喚いているのは変異持ちの若者たちで、

 囲まれているのは狼面の青年アレクだ。

 激高する集団を宥めようとしているが、

 うまくいっていないようだった。


 僕の姿を目に留めたアレクは

 こちらを指差して話を中断する。

 しばらくの押し問答の後、

 アレクは騒ぎの輪から出て来た。


「話し合いは中断してよかったのか?」


 僕は尋ねた。

 アレクは吐き捨てる。


「幾ら話しても堂々巡りに決まってる。

 それにお前にしても、

 用もなく来たって訳じゃねェンだろ?」


「もちろんだ」


「なら何の問題もねェよ」


 喧騒から離れるように僕らは歩き、

 中庭の隅の静かな一角で足を止めた。

 泉を望む眺望のよい位置だ。

 僕らは手頃な廃材に座り込む。


「聞いたぞ、ラッカード。

 レイシャの奴を捕まえてくるだとか、

 マシュー爺に大口を叩いたンだってな!」


「僕が言った訳じゃない。

 手ぐらいは貸すつもりだけどな」


「ってこたァこいつは

 鉄壁殿の意見なのかよ?」


 アレクは視線をフレアに向ける。

 その声音には刺があったが、

 フレアは反応せず、ただ頷いた。


「はい」


 アレクは肩をすくめる。


「まあ気の済むようにやりゃいいさ。

 で、俺に何の用だ?

 ラッカードを使うことなら

 断りはいらねェぜ。

 その腹黒野郎がいたとしても、

 こちらはどうにもならねェ状況だからな」


「……何かあったのか?」


「大したことじゃない。

 どこぞの自由商人の積み荷が

 盗賊にやられたらしいンだが、

 その盗賊の中に魔物憑きが

 いたとかいなかったとかでな。

 実際どうだったのかは知らねェが、

 ともかく全てを俺たちの

 陰謀にしようって流れになってやがる」


 アレクは軽く言う。

 だがその口ぶりほどに内容は軽くない。


「どういうことだ?」


 僕は強い調子で尋ねた。

 アレクは説明する。


「単純に言うとだ、

 俺たちが盗賊に扮して隊商を襲い、

 品物を奪った上で、

 それで遅れた予定を口実にして、

 運び屋として更に余計な金を

 要求しているってことにしてェ訳さ。

 そしてこう繋げる訳だ。

 そんな卑怯な手管を使う邪悪な魂と、

 交わす言葉は持ち合わせてねェってな!」


「もちろん渡す金もない、と」


「そういうことだ。

 てめェらも罪人同然のくせして、

 全くよく言えたもンだぜ。

 こうなっちまったら、

 もうまともな話はできねェよ。

 大損コいた商人どもは目の前真っ赤で、

 事実と嘘の見極めもついてねェし、

 つけるつもりがねェ。

 乗っかる奴らは最初から話にならねェ。

 そいつらに見えているのは、

 最初から自分の利益だけだ。


 俺たちの方も話にならねェのは確かだ。

 身に覚えのない盗賊働きを

 自分たちの仕業だと決めつけられて、

 どいつもこいつも怒り狂ってやがるからな。

 このまま放っておけば、

 馬鹿どもが本当に強盗働きを始めちまって、

 商人どもの嘘が本当になっちまう。

 お互い冷静に話せるようになるまで、

 少しばかり時間が必要だぜ。

 その頃には何もかもうやむやだろうけどな。


 いつものことさ。

 居直りを許しちまった時点で、

 もう俺たちに打てる手はねェンだ」


 アレクは肩をすくめる。

 その認識は悲観的だが妥当なものだった。


 自由商人の間にも

 互いの信用を守るためのルールはある。

 だがそれは商人同士の関係を縛るだけで、

 変異持ちとの間に適用されることはない。

 魔物憑きは人ではないからだ。


 それにアレクはその盗賊が

 仲間ではないと決め込んでいるが、

 そうとは限らない。


 はぐれ者の変異持ちが

 関わっている可能性は否定できない。


 火のないところに煙は立たない。

 全くの嘘をつくのは困難だ。

 そこには商人の関係者だけでなく、

 運び屋や傭兵もいたはずだからだ。


 盗賊集団の中心はまず人間だろう。

 だがその中に変異持ちが、

 混じっていた可能性は十分にある。


 自由商人からすれば、

 修道会もはぐれ者も同じ魔物憑きだ。

 両者が共謀しているように見えても、

 仕方のないことだった。


 だが仮に盗賊に変異持ちがいたとしても、

 商人の言い分に従う理由にはならない。

 問われているのは正しさではないからだ。


 柵の外のルールは裁判官を持たない。

 商人と変異持ち、

 雇い主と労働者。

 どちらの影響力がより強いのか。

 そこにあるのはただの力の較べ合いだった。


 この場で力が強いのは明確に商人の側だ。

 だが交渉では強者が必ず勝つ訳ではない。

 打てる手は幾らでもある。

 策を練り始める僕の思考を読んだように、

 アレクは言葉を重ねた。


「ラッカードよ、

 余計なことを考えンじゃねェぜ。

 この状態で人間が何を言おうと、

 疑心暗鬼を呼ぶだけだ。

 口先で俺たちを騙そうとしてる

 商人どもの手先じゃねえのかってな。

 お前の策略がどれだけキレていても、

 誰も従わなけりゃ意味はねェだろ。

 最悪お前の方が

 後ろから刺されるかもしれねェぜ?」


 確かに策を打つには

 信頼できる駒が不可欠だ。

 だが……


「人を動かす方法は他にもある

 とか言わンでくれよ。

 それこそ最低の悪党じゃねェか」


 アレクは迷惑そうに言う。


「こんなことはよくあることなんだ。

 落としどころはお互いよく分かっている。

 やる気があるとこ悪いが俺たちのことは、

 よろしく放っておいてくれ」


「……そういうことなら」


 僕は頷いた。

 アレクは緊張を解く。


「それが一番さ。

 レイシャを見つけられたら

 愚痴でも聞いてやってくれ。

 仲間内では不謹慎ってことになって、

 口に出せないこともある。

 あいつの悩みはどうにも毛色が違う。

 だが部外者になら言っても構わんだろうし、

 少しは共感してもらえるかもしれねェ。

 腹の中を全部吐き出せたら、

 あいつも少しは覚悟が決まるだろうよ」


「覚悟?」


「マシュー爺から何も聞いていないのか?」


 アレクは意外そうに問う。

 僕は答えた。


「あのレイシャという女が

 修道会の重要な役職の後継者で、

 継承の儀式の予定があるとは聞いた。

 あいつが逃げ出したせいで、

 儀式に関わる客を待たせているともな」


「間違っちゃいねェが……」


 アレクは口ごもる。

 その様子に確信する。

 老人の言葉にはやはり不足があったようだ。


「正確なところを知りたい」


「私からもお願いします」


 僕が言い、フレアが続ける。

 アレクは少し躊躇った後、

 観念したようにため息をついた。


「いいけどよ、大した話でもねェぜ」


「それでいい」


 アレクは言った。


「結婚さ。

 その儀式っていうのは、

 客とレイシャの結婚式なんだ。

 レイシャはそれが気に入らねェンだよ」


 アレクは口を閉ざした。

 何か続きがあるのかと待ってみたが、

 アレクは黙ったままだった。


「それだけなのか?」


 僕の問いにアレクは頷く。


「他に何かあるかって言われても、

 特に浮かばねェな」


 拍子抜けだった。

 僕が想像していたのは、

 修道会という組織が隠している

 迷信深い残酷な因習だった。


 結婚相手の強制というのは、

 確かに本人にとっては

 大問題なのかもしれないが、

 貴族の社会でも学僧の社会でも

 婚姻を道具として使うことは

 特に珍しいものではなかった。


「よっぽどひどい相手なのか」


 僕は尋ねる。

 アレクは笑った。


「容姿も知性も腕っぷしも上の上さ。

 優秀すぎること以外は、

 文句をつけるところがねェ相手だよ」


「それでも気に入らないってのか」


「そういうこった」


 意味が分からなかった。

 僕は既に興味を失いかけていたが、

 フレアは質問を続けた。


「どうして結婚が、

 重要な儀式になるのでしょうか?」


 その理由は想像できる。

 あの老人は、

 フレアの両親が人間かどうかを尋ねた。

 それはつまり、血統の確認である。

 その背後にあるのは

 親と子の類似性の問題だ。


「そりゃレイシャの子供の男親を

 選ぶってことだからな」


 アレクは静かに答える。


「子供、ですか?」


 フレアは目を細める。


「あいつが就く予定の役職ってのは

 前任者の子供が代々継いできた。

 親から子へ、子から孫へってな。

 レイシャの相手を選ぶってことは、

 子供に引き継がれる

 魂の色を定めるってことで、

 事実上の次代選定だからな。

 そりゃ重要な儀式なのは当たり前だぜ。

 まあ選定はもう終わっていて、

 後はセレモニーをするだけなんだがな」


「それは誰が選定したのですか」


「誰がっていう話でもねェよ。

 強いて言うなら

 教会法の定める基準によって、

 修道会長どもが判定するってところだな」


「教会法の定める基準、というのは?」


「そりゃ……何だろうな、

 色々あって一言じゃまとめられねェが、

 能力、行動、容姿、血縁、何もかもだ。

 教会法の言葉を借りれば、

 己の魂の徳を

 最もよく示した存在ってな感じだな」


「そこに彼女の意思は

 介在していないのですね」


 アレクは苦笑いする。


「当然だ。

 仕方のねェ話さ。

 好みで選ぶ問題じゃねェからな。

 言っておくが、

 相手もそんなに変な奴じゃねェぜ。

 クソ真面目そうな奴だったが、

 悪い奴じゃねェのは確かだし、

 さっきも言ったことだが、

 毛並みは最高だ。

 レイシャもあれで、

 根がお堅いのは似たり寄ったりだ、

 諦めて一緒になりゃあ、

 それなりに幸せになれるだろうよ」


「しかし彼女は嫌がっているのでしょう?」


「あいつの趣味が特殊すぎるんだ」


 アレクは肩をすくめて言う。


「あいつが自分から気に入る男なんぞ、

 ベルトの修道会全てを探し回っても、

 一人もいやしねェンだ。

 相手してられるかよ」


 僕はその声に混じるものに気付く。

 そこには奇妙な二重性があった。

 心底呆れ返りながらなお見捨てられない。

 そんな感覚だ。

 強いて言うなら、

 それは肉親への感情に近かった。


 その時だった。


「アレク、何の話をしてるの?」



 ◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇



 それは囁くような声だった。

 背後からだ。

 僕は振り返る。

 回廊に立っていたのは、

 質素な衣服を身につけた小柄な少女――

 眠そうな目をしたレイシャの側仕えだった。

 ゆったりした袖のないワンピースを着て、

 四肢はもこもことした毛で覆われている。

 頭の両側には

 渦を巻くような角が伸びていた。

 その手のカゴには

 干した木の実が四つあった。


「……アレク、聞いているの?」


「ク、クインダ、

 差し入れを持って来てくれたのか?」


 アレクは作られた平静さで言う。

 だが少女は表情を変えない。


「レイシャの話、してたよね」


「ラッカードたちが

 あいつを追いかけるって話だからな」


「知ってる。

 私が教えたことだよ?

 で、何の話をしてたの?」


「そりゃ、その」


 アレクは不器用に言い訳を始めた。

 何が起きているのだろうか。

 僕は傍観しつつ、状況の整理を試みる。


 僕たちはアレクから

 レイシャについて情報を収集していた。

 だがこのクインダという少女は

 それが気に入らないらしく、

 特に話をしたアレクを責めているのだ。


「僕が無理に頼んだんだ」


 僕は少女に言う。


「分かってます」


 少女は小さく頷く。


「問題はアレクの口の軽さです」


 眠そうな目から感情は窺えない。

 アレクを一睨みして、

 少女は僕を見上げた。


「マシュー様の言葉は

 確かに曖昧で不足がありました。

 しかしそれは隠したのではなく、

 己の言うべきことではないと

 お考えになったからです。

 レイシャにはレイシャの思いがあります。

 そして、それはあの子自身が

 自分の望んだ相手に話すべきこと」


 そしてアレクに再び向き直る。


「少なくともアレク。

 知っていたとしても、

 あなたが自由に話していいことじゃない」


 アレクは黙り込んだ。

 それなりに真剣に反省しているようだ。

 これ以上の情報はもう出て来ないだろう。

 だが十分なものは得られた。


(あなたを止めておけばよかった)


 フレアは消沈した声音で言う。

 少女の言葉に感化されたのか。

 僕は返す。


(彼女の言うことは気にするな。

 老人の言葉だけでは、

 僕たちは確実にどこかで躓いていた。

 正しくあるために失敗するよりも、

 間違っていても成功する方がいい。

 僕はそう思う。

 お前だってそう思うから、

 僕の頭の中に爆弾を埋め込んだんだろう?)


(ろくでもない人です、あなたは)


(お前もだよ)


 僕たちは一瞬顔を見合わせ、

 すぐに視線を逸らし合った。

 ふと小柄な少女と目が合う。

 少女は僕とフレアの様子を見て、

 少し迷うと手元のカゴに目をやり、


「よろしければ、食べますか?」


 一つを取り上げた。


「いただこう」


 少女の差し出した木の実を受け取る。

 かじってみた。

 甘みが凝縮されてなかなかにうまい。


「フレアさんもいかがですか?」


「いただきます」


 フレアは木の実をかじると笑う。


「ほどよい甘さですね」


 食通ぶった言い草だ。

 そもそもこいつに味覚なんてあるのか。


「手間をかけていますから。

 この実がなる木はか弱くて、

 放っておくとすぐに枯れてしまいますが、

 しっかり手をかけてやれば、

 美味しい実を結びます。

 私たちはそれを得るために、

 この滅ぶべき木を生かし続けています」


 そして僕とフレアを交互に見る。

 渦巻く角を持つ少女は静かに言う。


「レイシャは強い子です。

 竜属としての美しい姿、

 戦士としての大きな力。

 曲がったことを嫌う心。

 魔物憑きでありながらその名声は高く、

 傭兵の間でも一目置かれています。

 ですがそれらのものの大半は

 生まれながらに持っていたもので、

 自らの力で得たものではありません。

 あの子には力はあります。

 しかし自由はありません。

 あの子の未来は定められており、

 それは完全な義務となっています。

 あの子はそのために生かされている。

 その魂の連鎖に絡まった運命を

 振り払いきることは不可能でしょう。

 しかしどう向かい合うかは

 選ぶことができます。

 私はレイシャに、

 できることなら

 納得して生きてほしいと思います。

 そのために、

 あなたがたには何も知らずに

 彼女と向かい合ってほしかった」


 少女はふと肩を落とす。


「と言っても、これは私の勝手な望みです。

 少し言い過ぎました」


 その言葉には不可解な部分もあったが、

 僕の心にも十分に響くものだった。

 だが応えることはできない。

 僕には僕の目的があり、

 そのためにはレイシャを

 利用しなければならないかもしれないからだ。

 破ることになると分かっている言葉を

 口にしたくはない。

 だがフレアはそうではないようだ。

 一歩踏み出すと告げる。


「可能な限り、力を尽くしましょう」


 このロボットは一体何がしたいのか。

 訳が分からなかった。

 だがその言葉に迷いはない。

 それが僕には苛立たしく、少し羨ましかった。


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